タイ出張2011年04月-週末旅行(I)-アユタヤ(1)-バンパイン宮殿と日本人街跡

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タイの世界遺産アユタヤに行ってみたいと思っていました。

今回の出張で打ち合わせの時間がずれ、午前中に自由時間ができたので大急ぎでツアーを申し込みました。
午後3時にはホテルで会う約束なので時間が限られていますがアユタヤにぜひ行きたいとインターネットで探しました。
午後4時ホテルというツアーを見つけ、象に乗るオプションをはずしてタクシーで帰れば間に合うと見込みをつけ申し込みました。
入場料・昼食込みで950バーツ(このとき1バーツは実際は2.8円位だったので2,660円)と安く思いました。
決済も済み7時45分ピックアップとの連絡がメールできました。
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さて、当日。

早めに起きて、朝食をたっぷりいただきます。
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部屋に一旦戻ってアユタヤのある北方面を遠くを眺めると雲が出ています。
4月はかなり暑い時期なので曇っていたほうがいいかなと思いました。実際そうでした。
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7時40分にバスが来ました。マイクロバスです(写真はアユタヤで撮ったもの)。ドライバーとタイ訛の日本語が話せるタイ人のガイドさんです。
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私が最初で、新婚カップルと2人のレディーをそれぞれのホテルでピックアップして総勢5人で出発です。
朝のバンコクは活発な動きです。
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社内でまず注意事項がありました。
まず、服装チェック。寺院を廻りますのでノースリーブや短パン・ミニスカート、踵のないサンダルは禁止です。全員合格。
寺院での常識的な振る舞いを要求されること、特に頭の位置、仏像の前ではそのお顔より低くするようにとのことでした。日本人で首の無い仏像の上に顔を出して写真を撮ったひとが警察沙汰になったことがあるそうです。

1時間もかからずにバン・パイン宮殿です。アユタヤの20km南にありますがここも世界遺産に含まれるそうです。
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アユタヤの王、プラーサート・トーン(1629-1656)が夏の離宮を1632年にこの地、チャオプラヤ川の中洲(バンパイン島)に建造しました。しかし、ビルマがアユタヤを1767年に陥落して以来は廃墟だったそうです。
現在の建物は19世紀後半、「王様と私」で有名なチャクリ王朝のラーマ4世、5世によって造営されたものです。ほとんどの建物はラーマ5世のときに完成しています。国王の夏の住居や迎賓館として現在も使用されているとのことでした。ラーマ5世は「即位するとすぐに欧米に視察旅行をしてタイの立ち後れを実感し、チャクリー改革と呼ばれる数々の改革を行った」(Wikipedia)。西洋文化が入ってきてその建築方式を取り入れた宮殿です。ガイドさんが「西洋かぶれのところが有った」と言っていました。しかし、この王による西洋化によりイギリスやフランスはタイを植民地化せず、王政が続いたことを忘れてはなりません。

入り口でチケット。ツアーなのでガイドさんから渡されました。地球の歩き方によれば100バーツ(280円)だそうです。
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入り口を入るとゴルフ場でも見るカートが並んでいて客寄せしています(上の写真にも写っています)。見学するとわかりますが広大な敷地であり、暑い中を歩くのは大変なときには便利でしょう。1時間300バーツだそうです。

長い池沿いに歩いていくと菩提樹を後ろにしたラーマ5世により1880年に建てられたクメール様式の仏塔(prasat)、ホー・エン・モンティアン・テラワット(Ho Hem Monthian Thewarat)が見えてきます。この地に離宮を造営したアユタヤ27代の王プラーサート・トーンに捧げられたのだそうです。
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菩提樹の裏にも石碑が建っていました。
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池に沿って進むと、ラーマ5世により1876年完成した黄金のプラ・ティナン・アイサワン・ティッパアート(Phra Thinang Aisawan Thiphya-Art)が見えてきます。池に浮かぶタイ建築様式の美しい優雅な建物ですです。バンコクの王宮にあるラーマ4世のアーポーン・ピモーク・プラサート(Phra Thinang Aphonphimok Prasat)の模倣だそうです(後日の王宮の観光で紹介します)。
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ちなみに宮殿の建物は「プラ・ティナン」始まりますが「王の住居」という意味です。写真で後ろの左にあるのがプラ・ティナン・ワローバート・ピマーン(Phra Thinang Warophat Phiman)です。ラーマ5世の住居でネオゴチック建設だそうです。謁見の間などがあるそうです。屋根つきの廊下で右の白い建物に繋がっています。実は右の建物が玄関(Thewarat Khanlai)です。

ここは格好のカメラスポットです。また、池には魚や亀がいてそばでパンを売っていました。

振り向くと池にかかる橋がありヨーロッパ風の景色が広がっていました。右手の建物はコロニアル建築のSaphakan Ratchaprayunです。
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プラ・ティナン・ワローバート・ピマーンの玄関を過ぎると、プラ・ティナン・ウッタヤーン・プーミサティアン(Phra Thinang Uthayan Phumi Sathian)が現れます。1877年に完成しラーマ5世が好んで滞在されたそうですが、1938年に小改築中に火災で木造の建物は焼け落ち、現在の建物は1996年に再築されたものだそうです。当時の建造物は裏にある(後で見学した)ゴチックの塔が残っているだけだそうです。
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さらに進むと手入れされた西洋風の庭があります。ブーゲンビリアなどのタイの南国の花もありますが剪定された象、兎などの木の芸術品が可愛いです。コブラもありました(写真を撮るのを忘れました)。
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華僑から寄贈されたた1889年に完成した宮殿、プラ・ティナン・ウェーハート・チャルムーン(Phra Thi Nang Wehart Chamrun、明天殿)です。
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靴を脱いで中を見学することが出来ます(写真禁止なので入り口だけ)。内部の床には美しい藍の模様のタイルが敷き詰められ冷やりとします。調度品は中国から持ってきたものでしょう、絢爛でした。サイドの廊下にラクダの骨で作成した細かく巧みな彫刻が展示されていました。
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明天殿に行く途中から右手に見えていた1881年に完成したプラ・ティナン・ウィトゥン・タサナー(Phra Thinang Withun Thasana)に移動します。天文学に興味のあったラーマ5世が物見台兼天文台として建造、ポルトガル様式だそうです。ここも、靴を脱ぎのぼることが出来ます。少し急なラセン階段を3階まで上がれば眺望が最高です。
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遠くに僧の集団が見えました。修行中でしょうか、国家安泰を念じていたのでしょうか。
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帰りはプラ・ティナン・ワローバート・ピマーンの裏を通り、ゴチックの塔を見て出入り口へ。
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中にはお土産屋などがありましたがジュースカウンターを発見。マンゴージュースをいただくことに。80バーツでした。暑かったのでこれでクールダウンです。
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ラーマ4世が最初にこの地で手がけたというワット・ニウェートタム・プラワット(Wat Niwettham Prawat)と呼ばれるルネッサンス風の仏教寺院行って見たかっですが時間の関係でパスだそうです。

バスに戻り日本人街跡へ。途中、バンコクへ向かう列車に会いました。
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10分少々で着いた日本人街跡は降りて入り口で記念写真だけです。
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いよいよ、アユタヤに向かいます。

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次へ(アユタヤ(2)-ワット・ヤイ・チャイ・モンコン)    [週末旅行目次]
by AT_fushigi | 2011-05-28 22:20 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)
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