タイ出張2011年04月-週末旅行(I)-アユタヤ(2)-ワット・ヤイ・チャイ・モンコン

日本人街跡から10分もかからずにワット・ヤイ・チャイ・モンコン(Wat Yai Chai Mongkon、別名ワット・チャオプラヤー・タイ)に到着です。

このワット・ヤイ・チャイ・モンコンは、東南東に2km程度離れたアユタヤ島の外にあります。

アユタヤ王朝の創設者ラーマーティボーディー1世(ウートン王)は国内統一のため上座部仏教(小乗仏教)を国の宗教としました。1357年、王はセイロン(現スリランカ)での修行から戻った僧達のためにこの寺院を建立しました。
16世紀に入り、隣国ビルマの侵略に悩まされるようになり、1569年にアユタヤ王マヒントラーティラートの時にビルマのバインナウンに敗れてしまいます。これに対し、1592年にスパンブリーでアユタヤ王朝19代ナレスアン王が象に乗っての槍試合でビルマの皇太子を敗り、ビルマ軍との戦いに勝利します。
この戦勝記念に建造されたのがこの寺院の中心となる大きな仏塔(チェディー)です。そしてこの塔を「チェディー・チャイ・モンコン(神聖な勝利)」と名付け、これが寺院の名前となりました。
高さは72mありますが、1569年にアユタヤを占領したビルマ王が建てたワット・プー・カオトン(Wat Phu Khao Thong )の仏塔(ビルマ語でゼディ)より高くしようとしたがうわずかに及ばなかったとのことです。
そして、1767年にはビルマ王シンビューシンによってアユタヤ王朝が滅亡し、アユタヤの町は徹底的に破壊されました。この時この寺院も焼き討ちされ、すべての仏像も破壊されました。
その後廃墟として放置されましたが、1951年から政府の基金によるアユタヤの修復の一環でこの寺院も修復され1987年に完了したそうです。
また、この寺院は遺跡としてだけではなく実際の宗教の場です。このため、ほかの寺院遺跡が仏像破壊のまま修復されたのと異なり、寄進によりチェディーの廻りに百体以上の仏像が設置され往時を忍ばせるようになりました。ここにある仏像は最近のものです。現在のGoogle mapは2006年撮影となっていますが、拡大するとhセディー後部の仏像以外にチェディーの周りに仏像は無くずらり並んだ仏像はそれ以降の最近のものであることがわかります。

閑話休題

北の駐車場にバスは到着しました。チケットはもらえませんでしたが20バーツとチケット売り場に書いてありました。

入場するとすぐ目の前に修復されたチェディーが2基見えます。奥のチェディーが中心にある72mのチェディーです。
手前のチェディーは土台の部分が新しいレンガですが上部は明らかに焦げています。破壊され転がっていた上部を起こし、新しい土台に再構築したようです(土台も三角の模様のあるところは焦げています)。
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左手に入り、涅槃仏。ウィハン・パラプッタサイヤート(Wihan Phraphutthasaiyat)という名称のようです。タイで3番目に大きい涅槃仏だそうです。もちろん最近設置されたものです。理由はわかりませんが頭が南に向き(常識的には北枕)、お顔も東向きです。仏僧の黄色の衣を纏っています。でもちょっと好みではないかもしれません。かつては建物の中にあったそうですが、ビルマ王軍に破壊され、柱と一部の壁が残されるのみです。壁が焦げています。
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さて、注目の72mの大チェディーです。右から、左から、正面からの写真です。その大きさに驚きます。また、そのこげた表面に争いの痕跡も残っています。
両サイドにある仏像はもちろん最近設置されたものですが、かつてそれを覆っていた建物は破壊され、壁の一部が残っているだけです。
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正面中央にチェディーの上部に上がれる階段があります。急な階段ですが、もちろん、上りました。
階段の途中で撮った大チェディーに向かって右の仏像の頭部です。
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途中回廊への階段がありますが、そのまま上ると部屋があります。
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中には数体の仏像と真ん中に井戸があります。仏像は金箔が貼られていますが、金箔は部屋の入り口付近で20バーツで買うことができます。
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井戸は5mくらいの深さで中の壁面のちょっとした出っ張りの上にコインを乗せることができると良い事があるということではないかと思いました。
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部屋を出ると来た階段が見下ろせます。
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階段を少し下りて上部回廊に行きます。少し上ります。前の人についていって、左回りにしました。昔は上部回廊には木の屋根があったそうです。
登ってすぐのところ。大チェディーに向かって右の仏像の頭部と下の景色です。入り口近くのチェディーと周りを取り囲む整列された仏像群が見えます。
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大チェディーを囲むようにチェディーが配置されています。全部破壊されています。
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上部回廊の景色。
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大チェディーの向かって左の仏像の頭部と沙羅の木、そして正面にある本堂です。
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下に下りると、ここが聖域であることを示す、大チェディーを方形に囲む回廊があります。、この回廊も屋根がありましたが今は柱と後ろのレンガの壁が残っているだけです。回廊には仏像がぎっしり並んでいます。もちろん最近寄進されたものです。この整然と並ぶ仏像が仏教国タイを感じさせます。
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ある仏像に大家族の人形が置いてありました。
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これが最近再建された本堂です。本尊として金色のお釈迦さまがおられました(奥に写っています)。
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ここで感じたのはビルマに徹底的に破壊された町アユタヤです。しかし次の...はもっと衝撃的です。

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次へ(アユタヤ(3)-ワット・マハタート)    [週末旅行目次]
by AT_fushigi | 2011-06-01 00:31 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)
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