中国出張2010年09月-週末旅行-北京/頤和園(I)-「東宮門」入口

この日はとても良い天気でした。北京とは思われない青空でした。ホテルのスタッフにガイドブックの頤和園のページを指差してタクシーに乗りました。Vision Hotelから20分くらいだったと思います。
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高速を降りてしばらく行くとそれらしい雰囲気の町並みとなりました。
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午後2時15分ころに「東宮門」入り口に到着。そんなに人も多くなく一安心。閉演の5時まで3時間弱あります。「東宮門」は頤和園の正門。見難いですが門の両側に獅子の青銅像が置かれています。「清漪園」のころのものだそうです。
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チケット売場です。右の4箇所も含んだチケットが60元(900円、1元=15円で計算)。
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チケット売場にあった案内のリーフレットを買ったのですが役に立つようなものではありませんでした。
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「「頤和園」という扁額の掛かった門から入ります。
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中に、案内図と世界遺産であることを示す碑が立っていました。
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Wikipediaから歴史を追うと

金朝: 1153年、海陵王が頤和園内の香山、玉泉山に金山行宮を設置。
元朝: 郭守敬が宮廷で使用する水源を確保の貯水池とした。
明朝: 1494年、弘治帝の乳母、助聖夫人羅により瓮山前に円静寺が建立。
        正徳帝は湖畔に行宮を建設し「好山園」と命名、舟遊びのため行幸。
清朝: 1750年、崇慶皇太后(孝聖憲皇后)の還暦を祝い乾隆帝が造営命令。
     1764年、清漪園が完成。西湖を昆明湖と、また、瓮山を万寿山と改称。
     1860年、第二次アヘン戦争で英仏の軍隊により消失。
     1895年、西太后の隠居所とすべく光緒帝の名により清漪園の再建。
        頤和園と改称、離宮とされた西太后の避暑地(夏の宮殿)に利用。
     1900年、義和団の乱で破壊を受けたが、1902年(光緒28年)に修復。
中華民国: 頤和園は清室の私有財産に。
     1924年、頤和園は北平特別市政府に接収。
中華人民共和国: 頤和園には中国共産党中央党校が設置。
     1953年以降、頤和園は公園となり一般開放。
     1998年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録。



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by AT_fushigi | 2011-06-10 22:44 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)
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