タイ出張2011年04月-週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-ワット・プラ・ケオ(III)-エメラルド仏



写真は英語とタイ語のWikipediaから借用しました。

以下、WEB情報をまとめた解説です。

エメラルド仏(Phra Kaeo Morakot or Phra Phuttha Maha Mani Rattana)は緑色の翡翠でできている、高さ66cm、幅48.3cmの仏像である。現在は王宮のワット・プラ・ケオ(Wat Phra Kaew)に納められている。
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ワット・プラ・ケオに祀られるまでには長い歴史があった。
伝説によればエメラルド仏はBC43年にインド・Pataliputra(現在のPatna)の高僧ナーガセーナ(Nagasena)が作らせたものと言われている。300年の間Pataliputraに安置されていたが内戦から逃れてスリランカ(Sri Lanka)に移設された。
AD457年ビルマ王Anuruthが仏教を広めるためSli Lankaに仏典とエメラルド仏を求め使者を送った。それは叶えられたが、帰路に船は嵐に会いカンボジアに流されてしまった。その後クメール(Khmer)王朝の物となる。
1432年クメール王朝と戦っていたアユタヤ(Ayutthaya)王朝が攻め入った際エメラルド仏もアユタヤに持ちされらた。その後、カムペーン・ペット(Kamphaeng Phet)、ラオス(Laos)、そしてランナ王朝(Lannathai)のチエン・ライ(Chiang Rai)に安置された。カムペーン・ペットとチエン・ライにあるワット・プラ・ケオに祀られたと考えられている。チエン・ライでは仏像は内戦の強奪を避けるため漆喰で覆われたと言われ1434年の落雷時に再発見されたとされている。
ランナ王朝のサム・ファン・ケーン王は仏像を首都のチェン・マイ(Chiang Mai)に運ぼうとしたが象が3度ラムパン(Lampang)に引き返すので仏像をラムパンに置くことにした。最終的に、1468年、仏像はチェン・マイのワット・チェディ・ルアン(Wat Chedi Luang)に安置された。
ランナ王朝に王として招かれたラオス王国ラン・サン(Lan Xan)王朝の皇子セタティラート(Setthathirath)は父の死後ラン・サン王朝をも継承した。1552年、セタティラート王はラン・サン王朝の首都ルアン・プラバン(Luang Prabang)に戻る際エメラルド仏を持ち帰った。さらに、ラオス王国の遷都でビエンチャン(Vientiane)に移された。
その後、ラオス王国は分裂し、仏像はビエンチャン王国の物となった。
タイのタクシン(Taksin)国王のトンブリー王朝将軍出会ったチャオ・プラヤ・チャックリ(Chao Phraya Chakri)はビエンチャン王国を攻め取り、1779年エメラルド仏を持ち帰り、ワットアルンに安置した。
チャオ・プラヤ・チャックリはラーマ(Ramaa)1世としてチャクリ(Chakri)王朝を開き、バンコクへの遷都を機に、1784年3月22日に仏像は現在の場所に移され、現在にいたっている。
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エメラルド仏は翡翠であるが、金でできた衣を装着している。この衣は国王(あるいは代理)しか着せることができない。旧暦4、8、12月の最初の下弦の月の時に交換される。3種の衣は夏、雨季、冬に対応している。
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by AT_fushigi | 2012-05-25 12:59 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)
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