中欧家族旅行2012年08月-第三日目-コルチュラ散策、含むランチ



コルチュラに上陸するとまず目の前にそびえる城壁が私達を圧倒します。
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この街は海にしゃもじを突き出した感じの得意な形をしています。なぜかGoogle mapではこの街の拡大図が表示されなかったのでコルチェラの町を紹介したHPから写真を引用させていただきました。
http://www.korculainfo.com/
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ついでに町の様式の解説を引用すると

===== 引用要約(元は英語) =====
”Architecture Old Town" ()
町は魚の骨のように路地が形成されている。これは市民から風や太陽の影響を減らし暑さや寒さから守るためである。...街の中心を通り東西にほぼ二分する南北の道は街の高い所を通り主な建物のある広場を繋いでいる。西に広がる路地は直線状に、東のそれは小さなカーブを描いている。これは冬の不快な北東風を避けるためである。
街の中心が高位にあるため全ての道は階段があり、唯一南門をはいったすぐの門と塔を結ぶ東路地だけに階段が無い。
”History" (http://www.korculainfo.com/history_korcula.htm)
4世紀には人が住んでいた記録があるが10世紀にヴェネチアの支配を受けるようになる。歴史的な出来事はコルチュラ法令(Statute of Korčula)が1214年に初めて起草されたことで、自治を守るようになると町は発展し13世紀から15世紀にかけて黄金時代を迎える。城壁、塔が街を囲み現存する主な建築物はこの時期に建造された。
地中海貿易の衰退とともに力を失い、フランス、オーストリアの支配を受けながら戦後はユーゴスラビアの年となった。
===== 引用要約(元は英語) =====

旧市街への入口南門です。門にはヴェネチアの象徴である「翼を持つライオン」が掲げられここがヴェネチアの支配下になったことを示しています。
門の右側の城壁はドブロヴニク並みに高くかつてはこの高さまで城壁があったと思われます。かつては木製の跳ね橋が入口に掛かっていたとのことですが先ほどのHPの古い図版を見ると階段はあるので階段を上った先に跳ね橋があったと思われます。
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ちなみに、この1708年の図版によれば街は塔を結ぶ高い城壁に囲まれておりこの城壁はこの後破壊された物です。誰が破壊したのか調べてみたいです。
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門の中に入ると南北を貫くメインストリートにつながっています。最初の階段が直ぐ見えます。前方に聖マルコ大聖堂の塔が見えます。
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メインストリートを進むと聖マルコ広場があり聖マルコ大聖堂がそびえています。丁度工事中でした。
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広場を突っ切り真っ直ぐ進みます。途中の西の路地から海が覗いているのを楽しみながら歩きます。
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しばらくしてお目当てのレストランを見つけたのですが有名人らしい人の写真が張ったあったのと暗い部屋に気後れして通り過ぎました。っと、反対側にレストランがあったので勢いで入りました、と言っても西側の骨の路地に並んでいるテーブルに座ったのでした。”KONOBA MARETA"だそうです。
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後で厨房をのぞくとマンマが調理していました。まさにそういうお店でした。
座った席の後ろの木の扉が古風で面白かったです。
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白ワインを頼むと何も載っていないブルスケッタとヨーグルトソースが出てきました。これが美味しくてぺろりと食べてしまいました。
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前菜に蛸サラダとカプレーゼ。
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メインはお勧めの魚のソテーです。
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食事の席からこの西の路地の下の方にスクータを止めたので思わずパチリです。
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これは南北のメインストリートの先の海です。対岸の山まで見えます。
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メインストリートを途中で引き返しマルコポーロの生家に行ってみます。
ここにあったポーロ家はマルコポーロと関係ある、さらにマルコポーロはここで生まれたと言うことになっていますが定かではないそうです。怪しげなのと展示も大したことが無いことはNHKのTV番組で確認済なので外観写真だけ取ってお終いです。
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愛嬌のあるマルコおじさんが土産物屋で笑っていました。
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この記念館の下を通り東の路地を海まで抜けました。
そこは海岸から沖まで本当に美しい海でした。感動してしまいます。
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海岸線に沿って歩くとお城の塔の跡があります。城壁が破壊されて塔だけ残っている姿は哀れです。
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ぐるり回って、先ほどKONOBAから見えたスクータを発見しました。この階段の上にお店があったのでした。
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ここが一番古そうなトンネルのある路地です。
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西の港に出ました。コルチュラの出入は南門とこの港だけでした。今は整備されて広くなっていますが古地図ではここの南西部が開かれた港でした。実は狐の嫁入りで小雨が降っているのですが...風が出て波も立っています。
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港につきものの猫ちゃんです。耳が立っています。猫ははしっこくて写真を取らしてくれません。
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旧市街の南西の角の塔まで来ました。ここで旧市街に入り南門を目指します。
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南門の旧市街側です。この向こうに階段があります。
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左の東方向は唯一階段の無い路地が城壁に沿って通っています。
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右の西方向は何やら怪しげなので行ってみました。
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小屋があってポスターがあります。
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ここがコルチュラにのみ残っていると言う「モレシュカ」の小屋だったのです。
モレシュカはイスラム王の黒い王からキリスト教の白い王が妃を奪い返すために戦う剣舞で、最後は白い王が妃を助け出して終わるそうです。地中海で広くぞんざいしていましたが現在はコルチュラだけに残っているそうです。本来は7月29日に行われる行事だそうですが観光化して週に2回開催されるとのことでした。
なんかタイの踊りに似ていなくもないと思います。
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最後に南門を仰いでコルチュラを後にします。
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上陸した港に行くと丁度団体さんのチャーターした船が来て出るところでした。船の側に行くと団体さんが乗船したところで舳先にある椅子に座れというので指示に従いました。帰りも15KNでした。

コルチュラの海岸沿いの城壁が遠ざかります。
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波しぶきをかぶるかもしれないと言う危惧は裏切られ快適にオレビッチに向かいます。
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オレビッチに着きました。
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[2012.08.11]

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by AT_fushigi | 2012-10-09 17:11 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)
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