中欧家族旅行2012年08月-第十日目-チェコ・プラハ、カレル橋



トラムの通っている道路まで降りてきました。
c0153302_9381596.jpg

目の前の芝生の公園にチェコの国旗をモチーフにした第二次大戦記念碑(1938-45)がありました。
c0153302_9382376.jpg

マーネスーフ橋のたもとに出るとヴルタヴァ川(Vltava、ドイツ語:モルダウ川、Moldau)の流れとカレル橋が見えます。
c0153302_93988.jpg

お城です。トラムの電線が一寸邪魔でしょうか。
c0153302_939565.jpg


橋の道路を渡った公園を川沿いに歩くと、ヴルタヴァ川の川岸に下りる道があります。
一寸した砂浜があり川の水に触れます。涼んでいる人が多くいました。
c0153302_9395526.jpg

目の前を観光船が通ります。
c0153302_940255.jpg


この後、カフカ博物館に行ったのですが写真が残っていません。余り印象にもない内容だったと思います。
カフカ博物館前で見かけたマンホール。
c0153302_9402374.jpg

橋に向かって歩き、この細い坂を下ります。
c0153302_9404821.jpg


急に左にに塔が現れます。マラーストラナ橋搭(Malostranské mostecké věže)です。
c0153302_9414881.jpg

狭い路地を出たところは橋から続く賑やかな道路でした。
c0153302_9414479.jpg


マラーストラナ橋搭の門を通ります。
この門はカレル橋以前のユディタン橋の頃からありお城の要塞塔として建てられたそうです。税関と守りの役目を果たしていました。
c0153302_9424755.jpg

門を通ると観光客でごった返すカレル橋です。
c0153302_9425787.jpg


カレル橋(カルルーフ橋、Karlův most)は神聖ローマ皇帝カール4世が1357年から1402年に掛け建設した旧市街とお城を結ぶ橋です。
Wikipediaから引用
===== 引用 =====
橋の長さは515.7メートル、幅は9.5メートル。15のアーチの上に、砂岩の切石の橋桁が渡されている。また橋を守るために3つの塔が建てられており、とくに旧市街側の塔はゴシック様式の建築として名高い。橋の欄干には15体ずつ、合計30体の彫刻が並んでいる。その多くはバロック様式である。
===== 引用終 =====
3つの塔とは古いユディタ搭とカレル橋建設時に建てられた橋の両側の高い塔です。
これは新しい方の塔。左にちょっと移っているのがユディタ搭です。
c0153302_9442696.jpg

橋はまず川が曲がってできたと思われる砂洲に渡ります。この水路はその名残です。水車が見えます。
c0153302_9451246.jpg

振り向くと2つの橋塔とお城が見えます。
c0153302_946065.jpg

ヴルタヴァ川を見ると堰が設けられ水上運輸を支配していたことを伺わせます。堰の中央に通行のための関門があります。
c0153302_9461932.jpg


さて、カレル橋と言うと欄干の彫像です。
橋が造られた当時は十字架だけがあったと言うことです。今のほとんどの彫像は18世紀に30年戦争で荒らされた橋の再建時に寄進されたものです。
丁度日が高く南側の像は逆光で写真が上手く撮れませんでした。
そういうこともあり気になったのだけを紹介します。

お城から南列7番目、アッシジの聖フランチェスコ。両側に天使が立っています。
c0153302_9491298.jpg


お城から北列8番目、聖ヤン・ネポムツキー(Sv. Jan Nepomucký)です。一番有名かもしれません。
ネポムツキーは高位なプラハの司教だったのですがヴァーツラフ4世の怒りをかい拷問で1393年に亡くなります。その遺体はカレル橋から投げ捨てられます。18世紀に殉教者として聖人と認められます。
1683年に寄進で造られた最初の(十字架以外の)聖人の彫像で、18世紀に彫像が次々寄進される切っ掛けとなったそうです。
c0153302_9494881.jpg

像の下のレリーフのネポムツキーを触ると願いが叶うご利益があると言うのテカテカに光っていました。もちろん我が家も...
c0153302_9501920.jpg


お城から南列11番目、聖フランシスコ・ザビエル(Sv. František Xaverský)です。お馴染みの聖人です。
もちろんイエズス会の寄進で1711年製だそうです。
c0153302_951870.jpg

ザビエル像は4人に支えられています。「中国人、タタール人、ムーア人、インド人」だそうです。そのうちの中国人。
c0153302_9512376.jpg


お城から北列13番目、ゴルゴタの丘のキリスト(Kalvárie, sv. Kříž)。
十字架に磔になったキリストの銅像が一番古い彫像で1629年作だそうです。それ以前にはここには橋の建築当時から十字架あるいは磔刑のキリストの像があったと考えられているようです。なお、両側のマリアとヨハネの像は1861年製だそうです。
c0153302_9514979.jpg


お城から南列13番目、ピエタ(Pieta)、 ゴルゴタの丘のキリストの反対側で古くから十字架あるいは磔刑のキリストの像があった様ですが1695年にピエタ像が置かれたとのことです。1848年の失敗に終わったプラハ市民によるオーストリアに対する独立蜂起の際砲撃で破壊され1858年に今の像が再建されたとのことです。
ピエタ像の燭灯には錠が付けられていました。韓国や中国でよく見る光景ですが心無い仕業だと思います。
c0153302_952524.jpg


橋ももうすぐ渡り切ります。その前にお城を振り向いてみました。
c0153302_9525757.jpg


旧市街橋搭(Staroměstská mostecká věž)に着きました。
この塔はボヘミアの反乱ので1621年処刑された27人のうちの12人の生首が晒されたそうです。1631年に反乱の残党によって火葬・埋葬されるまで続いたそうです。
ヨーロッパにはこういうおぞましい話がありますね。
この塔は登ることが出来る様で下にチケット売り場がありました。私達はパスしました。
c0153302_9532960.jpg

c0153302_9532148.jpg


塔の門をくぐると右手にカレル4世(Karla IV)の像が立っています。1849年にプラハ・カレル大学創立500年記念に造られ右手にあるのは大学創立許可書だそうです。
その向こうに聖アッシジのフランシスコ教会(Kostel svatého Františka z Assisi)、1685年建設が見えます。
c0153302_9541531.jpg

広場をみて左手は聖サルバトール教会(Kostel Nejsvětějšího Salvátora)はイエズス会の教会です。
c0153302_9544037.jpg


さて、お土産屋などでごった返すカレル橋通りを進みます。
c0153302_955157.jpg

途中橋塔を振り向くと壁に黄金色の聖人が祀られていました。謂れは不明です。
c0153302_9551420.jpg

c0153302_9554793.jpg


次のプラハのテーマ「プラハの春」に向かいます。


[2012.08.18]

次へ(第十日目-チェコ・プラハ、ヴァーツラフ広場)    [目次]

 
by AT_fushigi | 2013-08-20 09:26 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://atxfushigi.exblog.jp/tb/20642075
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< 中欧家族旅行2012年08月-... 中欧家族旅行2012年08月-... >>