中欧家族旅行2012年08月-第十日目-チェコ・プラハ、ヴァーツラフ広場



さて、テーマの「プラハの春」は特に難しいことではなくヴァーツラフ広場を見てみたいと言うことです。
若いころに衝撃的だったソ連軍のプラハ侵攻とそれにまつわる話、ビロード革命などこの広場がチェコの歴史の大事件に何度も出てくるからです。そして2011年に東京都写真美術館で開催された「ジョセフ・クーデルカ プラハ侵攻1968」展が行きたい願望を高めてくれました。

広場の名前となっている聖ヴァーツラフ(Sv. Václava)はチェコの守護聖人であり民族の英雄で、ボヘミア公ヴァーツラフ1世(Václav I、 907 - 935)のことです。彼はキリスト教を受け入れたころのボヘミアに生まれ、信仰深い祖母に育てられますが、母は信仰に反対という混乱した時代に生きました。その典型的な逸話がプラハ城の東の葡萄畑のワインの話です。信心深かった彼は土地を貰いうけ葡萄を育てワインを作りお城の修道院に届けます。これを母は反対しますが隠れて届けたと言うことです。結局、母を追放しキリスト教を広めそれをバックに国内を支配しました。
しかし、最後はキリスト教を良しとしない勢力が立てた弟に殺されます。ヴァーツラフ1世は自分の建てた聖堂(後に聖ヴィート大聖堂)に安置されます。
その後色々な奇跡の伝承と共に人々の信仰を集めます。人々は彼をキリスト教の騎士として讃えます。殉教者として聖人となり、今は命日の9月28日はチェコの祝日です。

現在のヴァーツラフ広場はカレル1世(Karel I.、在位1346 - 1378)の時代に馬市場として作られ馬広場(Koňský trh)と呼ばれていました。
1678年聖ヴァーツラフの石像が建立されました。
1848年のオーストリアに対する独立蜂起の際にはこの石像の下にプラハ市民は集まったそうです。この時聖ヴァーツラフ広場(Svatováclavské náměst)と改名されたとのことです。
1912年に今の聖ヴァーツラフ像(socha sv. Václava)が石像と置き換えられ設置されます。
1918年像の前でチェコスロバキア独立宣言が読み上げられ、初代大統領となるトマーシュ・マサリクとチェコ軍団が広場を行進したそうです。
1968年の「プラハの春(Pražské jaro)」でも人々は広場に集まり改革を叫びました。8月20日にはソ連軍の介入でこの広場まで戦車が侵攻します。
1969年1月16日ソ連侵攻に抗議する21歳のヤン・パラフ(Jan Palach)は聖ヴァーツラフ像の元で焼身自殺しました。
1989年のビロード革命(Sametová revoluce)で共産主義が崩れ去った際も、何十万の人々はここに集まってきました。

なお、聖ヴァーツラフ広場から聖が外れたのがいつごろか調べても分かりませんでした。

ヨゼフ・コウデルカ(Josef Koudelka 、1938年1月10日 - )はソ連軍のプラハ侵攻の写真を撮り、西側に逃れP. P. (Prague Photographer)の名前で公表しました。そしてその写真で1969年匿名写真家としてロバート・キャパ・ゴールドメダルを受賞しました。

彼が属するマグナム・フォトのHPからの写真です。いずれも東京写真美術館で展示されたものそして本に掲載されていたものです。
侵攻直前のヴァーツラフ広場。広場正面の奥突き当り付近に聖ヴァーツラフ像があります。
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この写真は展示のポスターでした。
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この戦車にレンガを投げる老人の写真は足元の石畳の道路と共に印象に残ります。
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さて、前置きが長すぎました。それは今の広場の写真にその重要な歴史を写し出せなかったからです。

カレル橋から10分ちょっと歩いて広場のトラム停留所に着きました。道が込み入っていて迷ったと思ったので駅名を見てホッとしました。
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この広場にはまだ古い建物が残っています。アールヌーボーのGRAND HOTEL EUROPEは目立つ建物です。
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長い広場の真ん中に出ました。向こう奥にに聖ヴァーツラフ像とその背後に1890年に建てられた国立博物館(Národní muzeum)があります。
像に近づくと、焼身自殺したヤン・パラフの記念碑があります。
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聖ヴァーツラフ像と国立博物館です。
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実は行った日は月18日でソ連侵攻のあった8月20日の前々日でした。しかし、余り平日と変わらない様子でちょっとがっかりしたのでした。
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石畳は当時と変わらず人々を見ているのでしょう。
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[2012.08.18]

次へ(第十日目-チェコ・プラハ、ミュシャ博物館とユダヤ人地区)    [目次]

 
by AT_fushigi | 2013-08-20 17:24 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)
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