家族旅行2011年12月-欧州-南イベリア半島-第二日目-コルドバ・メスキータ



以前バルセロナ起点で旅行した時にコルドバ、グラナダ、セビリアは行っているので今回はその中からアルハンブラだけを再訪と決めていました。アルハンブラは事前にチケット購入が必要でしたので夕方の予約を取っていました。
いつもレンタカー手続きでは長時間待たされるので、今日はコルドバ移動、レンタカー、アルハンブラ以外考えていなかったのですが時間がありそうなのでメスキータに行くことにしました。出発前にテレビ番組で世界遺産として整備されたという情報があったのも動機です。
でもここで反論が。駐車場探しに時間を使いたくない。というのでタクシーで行くことにしました。2km位で公園をぷらぷら行けば丁度いい散歩ですが時間節約です。

タクシーの運転手に「メスキータ」と言うと頷いて発車、ここは英語が通じないので不安です。手元の地図でフォローしてしまいました。心配は不要で最短コースで着きました。降りて運転手の指さす方へ進むとありました。南西の角。
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ちょっと目立つal-Hakan IIが拡張した部分の扉。3枚の扉です。真ん中が王宮の門(Postigo de Palacio)でカリファが出入りした扉です。左右の扉は赤と白の飾りとなっています。奥から高尚な精神の扉(Puerta del Espiritu Santo)、聖イルデフォンソの扉(Puerta de San Ildefonso)だそうです。
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壁沿いに人の流れについていきます。冬ですが結構な観光客です。昔は大型ごみが積み上げてあったりで汚かったという覚えがありますが今はとてもきれいです。
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西側の司祭の扉(Puerta Deanes)から中に入ります。反対側の聖カタリナの扉(Puerta de Santa Catalina)からも入れます。
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入るとすぐにオレンジのパティオです。モスクだったころパティオで身を清めてモスクに入場したそうです。モスクだったころは写真右手の壁は無くパティオから直接中に入れたそうです。突き当りに聖カタリナの扉が見えます。
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パティオに入るとすぐアルミナール(Alminar、英語でミナレットMinaret)と言われる高さ54mの回教寺院の鐘楼の尖塔(Torre Campanario)がそびえているのが見えます。
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モスクに沿って歩くとラス・パルマス(Las Palmas)の扉があります。位置や装飾から考えて大聖堂の入口でしょう。
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パティオを挟んで反対側に鐘楼の尖塔が見えます。
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パティオを回ってみます。尖塔の下。
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一周してきて司祭の門あたりです。
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聖カタリナの扉に近くモスクの壁の前にチケット売り場があります。大人一人8ユーロでした。
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チケット売り場に貼ってあった警告。右上のマークが分かりにくいですが飲食品持ち込み禁止のようです。
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さて、世界遺産コルドバのメスキータの解説です。
キリスト教徒の国ではコルドバの大聖堂です。

Wikipedia「785年、イスラム教の寺院としてアブデラマン1世時代に建設された。その後、カトリック教徒が権力をにぎった1236年からは、内部に礼拝堂を設けたりカテドラルが新設されて、メスキータはイスラム教とキリスト教、2つの宗教が同居する世にも珍しい建築となった。」
Googlemapsからの上空からの写真。
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Wikipedia「もともとこの地には西ゴート王国時代に建設されたカトリック教会の聖ビセンテ教会が存在していた(略)。その後、イスラム勢力が北アフリカからイベリア半島に侵入し後ウマイヤ朝を建国すると、この聖ビセンテ教会はイスラム教のモスクとしても使用されるようになった。更に8世紀末にはイスラム教徒がキリスト教徒から聖ビセンテ教会を完全に買い取り、新たにモスクの建造を開始した。」

「歴代の王は、人口の増加と共にメスキータの拡張を図っていった。外壁を壊し、多柱の空間を水平に拡張していった。最終的に、外周は約175m×135mの広がりとなり2万5千人もの回教徒を収容する規模まで達した。」
公式HPから拡張の様子を図式化してみました。
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「コルドバのモスクは10世紀末に拡張工事が行われ、数万人を収容することが出来る巨大モスクが完成した。しかし13世紀にレコンキスタによってカスティージャ王国がコルドバを再征服すると、コルドバの巨大モスクはカトリック教会の教会堂に転用される。」

「最終的には16世紀、スペイン王カルロス1世(神聖ローマ皇帝としてはカール5世、ただしスペイン国内ではカルロス5世とも呼ばれる)の治世にモスク中央部にゴシック様式とルネサンス様式の折衷の教会堂が建設され、現在のような唯一無二の不思議な建築物として成立を見た。」

さて、中に入りましょう。

[2011.12.30]

次へ(第二日目-コルドバ・メスキータ、イスラム教モスク部分)    [目次]

 
by AT_fushigi | 2014-01-23 06:04 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)
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