家族小旅行2016年05月-諏訪・木曽路・遠州-第三日目-御前埼灯台


「くれたけインセントラル浜松 」の朝食はビュッフェです。今日は夕食まで食事なしということにして、ホテルでお腹いっぱい食べて出発です。
今日は御前埼灯台と三保の松原へのんびり下の道で行くことにしました。

御前崎にある「御前埼灯台」は迷わずに行けたのですが無料駐車場が混んでいます。10分ほど待ったらお土産屋のおばちゃんがあそこに止められんかと声をかけてくれました。狭くて新車では怖いと家族が言うのを、ドアがあかないからと家族を下ろし、強行し無事駐車しました。
灯台へは一分。200円の入場料でした。
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まずは灯台の展望階まで階段で上がります。通路に出たとたん息が止まるほどの強風に襲われました。何とか踏ん張りながら進みます。ここは、帽子とか装飾品とかは下に置いてきましょう。
カメラも飛ばされそうで撮影も怖かったです。海に向かって右(西)は風に押された大きな白波が岸に押し寄せています。
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左も大波が襲っています。
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丸みを持った水平線を撮ろうと海に正対すると息ができなくなってしまいます。うまく撮れませんでした。息を確保しながら強風の中佇んでじっと波を眺めていると自然の息を感じました。それがなぜか心地よくじっと海を眺めていました。家族に促され下に降りました。もっと居たかったのに。
下に降りると「灯台まつり」の幟がちぎれんばかりとなっていて関係者が片づけを急いでいました。そのわきを通って「御前埼灯台資料館」に入ります。入口からの灯台が迫力あります。
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灯台の歴史などが展示されています。
  徳川幕府によって、「見尾火(みおび)灯明台」が作られた
  1874年(明治7年)5月1日に2年の歳月と巨費を投じてかけて洋式灯台の完成、初点灯
       「灯台の父」と呼ばれる英国人リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計
       回転式の第1等フレネル式レンズ(フランス製)
  太平洋戦争のためレンズや灯器が破壊され、灯塔にも損傷
  1949年(昭和24年)3月24日に、戦災復旧工事が完成
       ただし、レンズは第3等大型フレネル式レンズ
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ご存知、映画「喜びも悲しみも幾歳月」。1957年の作品で木下惠介原作・脚本・監督、佐田啓二・高峰秀子主演。このポスターで当時を思い出す人も多いのでしょうね。私の親の時代の話です。「イーストマン松竹カラー」はコダックフィルム使用ということでしょうか。
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入れるより苦労して車を駐車場から出して灯台から見えた海のそばの駐車場に向かいます。
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ここから見上げる灯台も一幅の絵です。
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三保の松原に向かいます



[2016.05.04]

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by AT_fushigi | 2016-07-02 01:12 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)
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