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ロンドンに続いてローマでも歌舞伎公演


先日ロンドン公演の情報をアップしましたが、ロンドンに続いてローマでも公演が開催されます。

「本年6月、市川海老蔵主演による「松竹大歌舞伎ロンドン公演」に続き、イタリア・ローマ公演を実施する運びとなりました。1996年以来14年ぶりとなるイタリア公演は、1732年に建設され、多くのオペラの初演がなされた由緒ある'アルジェンティーナ劇場'にて行われます。
演劇の都ロンドンに続き、歴史の都ローマにて、日本を代表する伝統芸能、歌舞伎への注目が集まります。 」

松竹HP
http://www.kabuki-bito.jp/news/2010/04/post_70.html

  松竹大歌舞伎ローマ公演
  イタリア ローマ アルジェンティーナ劇場 
  2010年6月21日(月)~22日(火))  2日間2回公演
  演目
    『義経千本桜』より 「鳥居前」「吉野山」「川連法眼館」
  配役
    佐藤忠信 市川海老蔵 / 源義経 大谷友右衛門 / 静御前 中村芝雀
  チケット販売情報はまだありません。


アルジェンティーナ劇場のHPにもまだ載っていません。
http://www.teatrodiroma.net/index_argentina.html


なお、ロンドン公演のチケット情報などは下記HPで。
http://www.shochiku.co.jp/kabuki_london2010/index.html





以下、以前ロンドン公演の案内のコピーです。

===========================

「歌舞伎ロンドン公演の案内が来ました」   (2010.02.05)


松竹の運営している歌舞伎のWEBSITE、歌舞伎美人(かぶきびと)メールマガジン 第173号は「松竹大歌舞伎ロンドン公演」のWEBSITE開設の案内でした。

http://www.shochiku.co.jp/kabuki_london2010/index.html

飛んでみると

松竹大歌舞伎ロンドン公演
  サドラーズ・ウェルズ劇場 Sadler's Wells Theatre
    Sadler's Wells Theatre & the Lilian Baylis Studio
    Rosebery Avenue, London EC1R 4TN
  2010年6月4日(金)- 6月15日(火)  全12回公演
  19:30開演 ※6日(日),13日(日)は16:00開演
  義経千本桜/市川海老蔵

凱旋公演
  <東京公演>
    2010年8月 新橋演舞場
  <京都公演>
    2010年9月 京都四條南座
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海老蔵以外の配役や料金、チケット販売情報もまだ、ありません。ヨーロッパの皆さんで歌舞伎に興味のある方は時々覗いて見てはいかがでしょうか。
by AT_fushigi | 2010-04-13 09:48 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(0)

歌舞伎ロンドン公演の案内が来ました


松竹の運営している歌舞伎のWEBSITE、歌舞伎美人(かぶきびと)メールマガジン 第173号は「松竹大歌舞伎ロンドン公演」のWEBSITE開設の案内でした。

http://www.shochiku.co.jp/kabuki_london2010/index.html

飛んでみると

松竹大歌舞伎ロンドン公演
  サドラーズ・ウェルズ劇場 Sadler's Wells Theatre
    Sadler's Wells Theatre & the Lilian Baylis Studio
    Rosebery Avenue, London EC1R 4TN
  2010年6月4日(金)- 6月15日(火)  全12回公演
  19:30開演 ※6日(日),13日(日)は16:00開演
  義経千本桜/市川海老蔵

凱旋公演
  <東京公演>
    2010年8月 新橋演舞場
  <京都公演>
    2010年9月 京都四條南座
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海老蔵以外の配役や料金、チケット販売情報もまだ、ありません。ヨーロッパの皆さんで歌舞伎に興味のある方は時々覗いて見てはいかがでしょうか。
by AT_fushigi | 2010-02-25 21:39 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(0)

2009年12月-KABUKI@京都南座


念願の京都南座、吉例顔見世興行です。

この日は午前中に、嵐山・常寂光院、大河内山荘を周り、午後から青蓮院の御開帳を見て南座観劇と欲張った日程。
夜の部です。京都恒例の顔見世ですが、チケットが取りにくい事と25,000円と高額なので中々勇気が要ります。

■ 公演

  京の年中行事當る寅歳「吉例顔見世興行」 東西合同大歌舞伎
  夜の部 午後4時15分~
    第一 天満宮菜種御供 時平の七笑
        /我當、進之介、亀三郎、亀寿、薪車、亀鶴、竹三郎、彦三郎
    第ニ 新古演劇十種の内 土蜘(つちぐも)
        /菊五郎、時蔵、菊之助、愛之助、権十郎、男女蔵、亀三郎、梅枝、
          團蔵、松緑、翫雀、梅玉
    第三 助六曲輪初花桜 三浦屋格子先の場
        /仁左衛門、玉三郎、左團次、翫雀、松緑、菊之助、
          愛之助、吉弥、宗之助、亀鶴、竹三郎、團蔵、東蔵、我當、藤十郎
    第四 石橋(しゃっきょう)
        /翫雀、愛之助

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■ 顔見世【かおみせ】とは (歌舞伎事典より)
-- 引用 --
 江戸時代の歌舞伎俳優は、各芝居小屋と1年契約を結んでいました。11月から翌年の10月までが契約期間です。ちょうど、球団と1年ごとに契約をする現在のプロ野球選手と同じ仕組みです。江戸時代の歌舞伎の一年は、11月から始まりました。
 顔見世とは、毎年11月の興行のことを指します。「うちの芝居小屋は、これから1年間この顔ぶれでやっていますよ」と観客に俳優の「顔を見せる」重要な行事なのです。顔見世の前にはさまざまな儀式がありました。また上演される作品には、『暫』を取り入れるなどの約束事も多くあります。観客もこの行事を楽しみにしており、初日前日の夜に徹夜をして入場することもありました。しかし幕末の頃から俳優の契約期間があいまいになり、顔見世はあまり行われなくなりました。
 現在でも顔見世公演はいくつか存在します。江戸時代とは違い、特別な儀式や約束事はありませんが、他の月よりも豪華な顔合わせで興行されます。中でも京都南座の12月公演は、最も歴史が古くて有名です。劇場正面には出演する俳優名が書かれた「まねき」と呼ばれる木の看板が掲げられ、通常の公演に比べ一層華やかな雰囲気にあふれています。その他、歌舞伎座の11月公演や御園座の10月公演も顔見世と称して上演されています。
-- 引用 --

■ 座館

南座は阿国歌舞伎発祥(1603年)の地、四条河原で7つあった櫓(歌舞伎小屋)の内で生き残った唯一の劇場。四条通りの南にあったので南座と言う。現在の建物は1929年に竣工し、1991年に外観を残して内部を全面改修し、最新設備を導入した。

通りの反対から南座正面。大屋根に、歌舞伎小屋の象徴櫓(やぐら)と梵天が掲げられている。
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お風呂屋さんでおなじみの唐破風(からはふ)を有する建物で桃山封破風造りと言うらしい。破風の軒下には、「吉例顔見世興行」独特の「まねき」が掲げられている。「まねき」は役者の名前と紋が「勘亭流」という独特の書体で書かれている。
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人でごった返した入り口に行く。まねきを下から見上げる。
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絵看板も演目が多いので圧巻だ。
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演目看板。
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入場する。

上手の様子。緞帳は「牡丹唐草段文様」というそうだ。見難いが2階席のところに提灯(ちょうちん)がずらり並んでいる。
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中央はもちろん緞帳が掛かっている。天井は「格天井」という格子状の文様。そして特徴的なのは舞台の上には唐破風があること。これは昔芝居小屋は舞台の上だけ屋根があったという面影を残そうと言うことらしい。
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下手。南座は歌舞伎座などと同じく3階席まである。3階席正面付近は大向こうと言われ、「〇〇屋」「待ってました」とか声が聞こえる席。大向こうの声が歌舞伎の雰囲気を盛り上げる。ここは安い料金なので、何度も見たいプロ級の観客が好んで座る席。もっとも顔見世始まって間もないこの日は1階からも多く声が掛かっていた。1回は1階席で見るのだろうか。
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舞台下手から観客席後ろまで延びた花道の出入り口、揚幕(あげまく)。南座の紋が染め抜かれている。
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■ 舞台

次々と豪華な役者が演じます。とはいえ、我當や菊五郎はちょっと苦手かもしれません。

私の目玉は仁左衛門、玉三郎の「助六曲輪初花桜」です。この二人の「助六」は、98年5月松竹座の仁左衛門の襲名公演だそうです。11年ぶりということです。そのころ、仁左衛門は孝夫を名乗っていて「孝玉コンビ」と言われていました。残念ながら、二人の「助六」は今回が最後かもしれないとも言われています。仁左衛門さんちょっと苦しそうです。
この二人以外の役者もこれでもかというくらいの豪華メンバーです。この演目だけでも京都まで来た甲斐のあったというものです。

幕が開くと、浅黄幕。吉原の夜回りが上手と花道から現れすれ違います。
っと、幕が落ちて揚巻(玉三郎)と白玉(菊之助)、意休(我當)が座っています。本当は花道からの花魁道中から始まるのですが、一演目あたりの時間の限られた顔見世だからでしょう。玉三郎の花魁のはくポックリ(三枚歯下駄)を斜めに傾けてまわしながら歩く姿を花道で観たかったです。また、酔って出てくる艶やかさも省略です。

しかし、聞きたかった「揚巻が悪態の初音」はさすが玉三郎、うっとりしてしまいました。きっぱりとした口調で高音で品格のある通る声。この花魁の「揚巻でござんす」という啖呵は玉三郎以外には考えられないくらいです。

これ以外にはくわんぺら門兵衛を左團次さん、新兵衛を藤十郎さんはピッタシはまっていました。しかし、二枚目の朝顔仙平役の愛之助はちょっと気の毒でもあり、似合わないかも。

顔見世は豪華役者が揃うので楽しいです。

最後は獅子の毛振りと大拍手の中今年の顔見世も閉じました。

■ その他

休憩時間にロビーに行くとご祝儀が並べられていました。玉三郎と仁左衛門など役者の名前と料亭や芸妓さんなど贔屓・送り主の名前が書かれています。玉三郎の衣装の製作を担当している佐々木能衣装のもありました。
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9時10分に幕が引くと一斉に出口へ。大混雑です。タクシーを拾えたが、運転手さんが無線で終わったことを知らせていた。渋滞するのでここを通らないようにするのだそうだ。

また来年これたらなあと...京都駅に向かいました。



[観劇・コンサート]
by AT_fushigi | 2010-01-21 00:15 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(0)

2009年11月-KABUKI@上海・蘭心戯院-昆劇


昆劇の質問をいただいたので解説です。後で観劇記録とマージします。

■ 昆劇について

私の知っている限り人民中国インタ-ネット版の解説記事が一番よかったと思う。マスメディアの記事なので無くなってはいけないので引用しておく。.....は私が勝手に削除した部分。


===== 引用開始 =====

『口承及び無形遺産「百劇の元祖」昆劇の魅力』


昆劇は、昆山腔、昆曲などとも呼ばれ、もっとも古い中国伝統劇の一つであり、
典型的な中国伝統芸術の代表でもある。
独自の魅力を備えた芸術のスタイルで、人々に広く愛されている。

「四方の歌は必ず呉門を祖とす」

昆曲と呼ばれるのは、江蘇省昆山一帯で誕生したことに由来する。昆山腔は、600年ほど前の元朝末期から明朝初期に生まれていたもので、当時の海塩腔や余姚腔、弋陽腔とともに、「明朝の4大声腔」と呼ばれる。明朝の万暦年間(1573~1620年)、昆曲の影響力は呉中(蘇州一帯)から江蘇省、浙江省の各地に及んだ。万暦末期に、「四方の歌は必ず呉門を祖とす」という現象が起こり、昆曲は明朝、清朝以来、戯曲の中でもっとも影響力を持つ声腔(歌の節回し)となった。.....
昆曲は川劇(四川省の地方劇)や?劇(浙江省の地方劇)、祁劇(湖南省の地方劇)、?劇(雲南省の地方劇)など数多くの戯曲の形成や発展に重要な影響を与えたため、「百劇の元祖」と尊ばれている。
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昆曲『牡丹亭』の杜麗娘(右・深窓の令嬢役)と小間使の春香(左・少女役)

完璧な芸術体系

昆曲には成熟した芸術としての表現の型がある。明朝の天啓年間(1621~1627年)元年から清朝の康熙年間(1662~1722年)末までの百数年は、昆曲が盛んに発展した時期である。この時期、昆曲の公演は活発になり、表現芸術はますます成熟し、唱(うた)・念(せりふ)や身段(しぐさ)、衣装、道具により工夫を凝らすようになった。役柄も細分化され、「生(男役)」「旦(女形)」「浄(敵役、暴れ者)」「丑(道化役)」などに分けられた。昆曲の芸術的な発展に伴い、役柄が細分化されたことで、より生き生きと人物が描かれるようになった。.....
宋・元以来の表現芸術をまとめ、系統的に「歌いながら踊る」という謹厳な表現スタイルを形成している。

昆曲の音楽と節回しにも特色がある。昆曲の音楽は「連曲体構造」、いわゆる「曲牌体」である。大まかな統計では、昆曲の曲牌(さまざまな曲調の総称)は1000種類以上あるという。よく使われるものとして、「憶秦娥」「山坡羊」「金梧桐」「二郎神」「点絳唇」「掛枝児」「転調貨郎児」などが挙げられる。.....昆曲の曲調は繊細かつ滑らかで、「水磨き調」と呼ばれ、心地よい節回しでしみじみと心を打ち、柔らかく悠々と響きわたるのが特徴である。
伴奏の楽器は曲笛を主とし、笙、簫、チャルメラ、三弦(蛇皮線)、琵琶などが用いられる。歌うときには声をコントロールし、リズムに抑揚や緩急をつけ、正確に発音することが求められる。拍子は一般に使われる「一板三眼(4拍子)」「一板一眼(2拍子)」「流水板(4分の1拍子)」「散板(自由な拍子)」のほか、「贈板曲(4分の8拍子あるいは2分の4拍子)」などがある。発音に対する要求は厳しく、平声、上声、去声、入声の1つ1つにこだわり、非常に工夫された音となっている。.....
昆曲には独自の舞台の様式がある。舞台の美術設計は簡潔かつ変化に富み、情趣を重んじたもので、装飾効果の高いものとなっている。衣装は華やかで、「間違った着付けをするくらいなら、破れた衣装を身に着けるほうがましである」という言い方があるほど、着付けにも一定のきまりやこだわりがある。さまざまな隈取りや兜、冠、靴のほか、舞台用の旗、テント、扇子、ハンカチなどの道具もある。また、役者は衣装の袖口につけた長い白絹の「水袖」でさまざまな踊りの動きを描き出すことで、舞台における表現力を高めることができる。
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1917年に昆曲『牡丹亭・驚夢』を演じた希代の芸術家・梅蘭芳

伝承と発展

昆曲に秘められた偉大な芸術的魅力は、すばらしい表現力を備えた役者たちによって、代々受け継がれてきたということにもある。彼らは民間のプロフェッショナルの劇団、封建時代の官僚のお抱え劇団、または一部の「素人」の役者たちである。
昆曲はこれまでの長い発展過程において、多くの優れた劇作家を輩出し、大量の伝統演目や代表的な「折子戯」(本来通して演じられるもの中から、独立して上演される一幕)を残した。初めての完全な演目は、劇作家の梁辰魚が創作した『浣紗記』である。.....その後、明代および清代に、王世貞の『鳴鳳記』、高則誠の『琵琶記』、高濂の『玉簪記』、湯顕祖の『牡丹亭』、沈璟の『義侠記』、李漁の『風筝誤』、朱素臣の『十五貫』、孔尚任の『桃花扇』、洪昇の『長生殿』など、数多くの代表的な伝統演目が生まれた。昆曲の脚本は一般的に長編で、1つの演目で5、60幕もあり、2、3夜連続で上演するほどの長さである。
.....独立して上演できるよう、さらに充実した豊かな内容の短劇の演目に作り変えたものがある。たとえば、『西川図・蘆花蕩』『精忠記・掃秦』『拝月亭・踏傘』『牡丹亭・驚夢』『長生殿・埋玉』『白蛇伝・断橋』『宝剣記・夜奔』などである。
そして、時の流れとともに折子戯が生まれた。その演出は昆曲の歴史に重要な役割を果たし、大きな意味を持つ。.....昆曲の演技やしぐさ、音楽、節回し、衣装、道具などの芸術スタイルは、これらの演目が上演されることで伝承され、今に伝えられている。

(中国芸術研究院研究員、博士指導教官 何玉人=文・写真提供)

===== 引用終了 =====
by AT_fushigi | 2010-01-20 16:21 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(0)

2009年11月-KABUKI@上海・蘭心戯場


玉三郎の上海公演期間に中国出張で上海に滞在することになり、ラッキーでした。ただ、出張が決まったのが2週間前でチケットを取るのが問題でした。インターネットや電話問合せなど調べましたが、結局、上海のスタッフに個人的にお願いすることになってしまいました。調べは、JTB・JALパックの観劇旅行の情報を役立てました。


■ 公演

  第11回上海国際芸術
  上海・蘭心戯場
  平成21年11月17日(火)~22日(日)
  開演:19:15
  「牡丹亭」より 「游園」「驚夢」「写真」「離魂」「叫画」「幽媾」「回生」
        /玉三郎(杜麗娘)、兪玖林(柳夢梅)、沈国芳(春香)、朱恵英(杜母)、呂福梅(石道姑)
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玉三郎の公式HPには開演時間19:30とあったのだが、直前に、入手したチケットで17:15を確認して事なきを得た。


■ 座館

夕食を早めに済ませて劇場に向かう。交差点に向かって入り口があり、渡ると人があふれていた。
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中を見るとちょっとしゃれた絵がかかっている。
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二階席には素敵な階段が。
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なかなか、劇場の入り口が開かない。その間、ロビーでは会話でワーンという感じ。チケットを切って貰ってホールに入ると花輪が並んで華やかな雰囲気が漂います。花輪には「TBS」と言うのもあり2010年TBS主催で公演があるようです。歌舞伎と違ってちょっとスノッブな感じです。入り口で聞くと最終調整中とのこと。なんだろう。
やっと開く。入り口は奇数席用とある。確かに座席表(下参照)を見ると左は奇数のみ。私の席は4列目の中央より少し右です。
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中は結構堂々たる造り。見回すと日本人は3~4割くらいと思われた。日本語も飛び交っていた。
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二階席の下の照明が素敵だ。
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■ 筋書

パンフレットは30元。日本語と中国語の台本があってそれぞれ5元と2元。また、縦が1m近い大きなポスターもあり10元。このポスターはお買い得。写真はホテルに戻って撮った筋書きと台本。
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■ あらすじ 

本来、20時間くらいの「牡丹亭」のうち7幕を選んで公演。パンフレットの中の解説を転記。


「牡丹亭」は、「還魂記」ともいい、明代の劇作家・湯顕祖(1550-1616)の代表作で、1598年頃に書かれました。中国の代々の役者によって、400年あまりも舞台で上演され、もっとも代表的な中国の伝統演劇の名作となっています。
物語は、南宋の時代、広東の貧しい書生の柳夢梅は、花園で娘と会う夢を見ます。同じ頃、千里も離れた南安府では、太守の杜宝の令嬢・杜麗娘が、「詩経・関雎」の一章を読んで、過ぎ行く春の空しさに胸を痛め、独り身を悲しんでいました。召使の春香に伴われ、春の花園に遊んだ杜麗娘は、園から戻り、夢にまどろむと、夢の中で柳の枝を手にした若者と出会います。二人は、花園の牡丹亭のほとり、太湖石のもとで結ばれます。春の夢から、ふと目覚めると、若者の姿はなく、杜麗娘は恋心を募らせて、病となり、日に日に痩せ衰えていきます。杜麗娘は、自らの絵姿を書くと、詩を書き添え、柳夢梅との縁を暗示するのでした。
杜麗娘の病は、いよいよ篤く、そぼ降る雨に月影かすむ中秋の夜、杜麗娘はいまわの際に、自らの絵姿を太湖石の下に埋めるように春香に言いつけ、母には自分を花園の梅の木の下に葬ってほしいと頼みます。杜麗娘は、薄れていく意識の中で、夢の中の恋しい人への思いを語りかける幻想とともに、はかなくこの世を去るのでした。
その後、金の兵が南に攻め込み、杜宝は朝命により辺境を守るため、一族とともに移り住みます。柳夢梅は、科挙の試験のため都に向かう途中、杜家の屋敷跡に宿を取り、庭の太湖石の下から杜麗娘の絵姿を見つけ、自分がかつて会った人が現実にいたことを知ります。昼に夜にと絵姿に語りかけるうちに、ついに花の神を感動させ、杜麗娘はこの世に蘇って、二人は晴れて結ばれるのでした。
このたび上演される中日版「牡丹亭」は、原作55編のから「游園」「驚夢」(「堆花」)「写真」「離魂」「叫画」「幽媾」「回生」を選び、この7編を通して、春の思いに戸惑う杜麗娘が、恋心を追い求め、生きては死に、死してはまた生き返るロマンチックな物語を描き出し、皆様にお届けします。

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■ 補足・感想等

フィナーレのカーテンコールがあった。主役の兪玖林さんと玉三郎さん。脇役で一番拍手があったのがちょっと道化役で舞台監督の呂福海だった。
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ところで休憩時間だが」「写真」「離魂」「叫画」の間に15分、10分入り、さすがに連続の休憩にはざわめきが起こった。理由がよくわからないが、間合いとしてまずいと思う。

終演後は雨がしとしとと降っていて急いでホテルに駆け込んだ。
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■ チケット入手顛末記+ホテル予約

2週間前に出張が決まったので、大急ぎでチケットを手配開始。まずは玉三郎の公式HPから中国の北京夢花庭園文化傳媒有限公司の日本語問い合わせ(上海)に電話を入れる。良い席があるということで申し込みを始めた。住所は東京といったとたん、日本からは電話では受付けられないとのことでWEBで申し込めとのこと。直前だからだろうか。アドレスwww.shwalker.comを教えてもらって申し込もうとしたら、賛助会員の申し込みしかない。
580元のチケット+特性スチール写真+パンフレットで1000元とある。
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価格・席表が検索で出てこなかった。JALパックの中国・昆劇鑑賞ツアーを調べていたら席表があった。
        黄色: 1,280元 (第一カテゴリー)
        赤色:  880元 (第二カテゴリー)
        桃色:  580元 
        緑色:  280元 
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580元の席は両サイド。JALパックでは第一、二カテゴリーのみということなのでこれは第二カテゴリー(赤)の前の席を手に入れようともう一度電話するも埒が明かない。しょうがないので現地のスタッフにお願いしたら簡単にチケットは取れた。
ちなみに、JALパックのHP。実際にはJTBが取り仕切っているようだった。
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JALパックの「ご宿泊ホテル」が「オークラ花園飯店」とあり劇場と「道路を挟んで向かいにある」とのことなので格安レートを探す。日系ホテルなので高いがそれでも朝食付きで12,040円(約900元)というのを探して予約。中国でも探しても同じ価格だったといっていた。


[観劇・コンサート]
by AT_fushigi | 2010-01-20 00:42 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(0)

2009年11月-KABUKI@歌舞伎座



11月は歌舞伎座は吉例顔見世です。通し狂言「仮名手本忠臣蔵」と言うことで昼夜通しで観に行くことにしました。10時間の長丁場です。本当は二日に分けて行けばいいのでしょうが時間調整しやすい昼夜通しとなってしまいます。


■ 公演

  歌舞伎座さよなら公演「吉例顔見世大歌舞伎」 平成21年11月1日(日)~25日(水)
  通し狂言 仮名手本忠臣蔵
  昼の部
    大序 鶴ヶ岡社頭兜改めの場
    三段目 足利館門前進物の場、松の間刃傷の場
        /富十郎、勘三郎、魁春、梅玉
    四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場、表門城明渡しの場
        /勘三郎、仁左衛門、段四郎、孝太郎、魁春、幸四郎
    浄瑠璃 道行旅路の花聟
        /菊五郎、時蔵
  夜の部
    五段目  山崎街道鉄砲渡しの場、二つ玉の場
    六段目  与市兵衛内勘平腹切の場
        /菊五郎、時蔵、東蔵、権十郎、段四郎、左團次、梅玉、芝翫
    七段目  祇園一力茶屋の場
        /仁左衛門、福助、幸四郎
    十一段目 高家表門討入りの場、奥庭泉水の場
        同 炭部屋本懐の場、両国橋引揚の場
        /仁左衛門、歌昇、錦之助、梅玉
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■ 座館

地下鉄メトロ東銀座の歌舞伎座出口を上る階段から混雑していた。朝は時間に余裕が無く、昼と夜の部の合間に写真を撮る。壊される建物なので多く写真を残したい。最終公演までのタイマーは着実に減っている(公演時点で後半年ほど)。
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「顔見世興行」は来月江戸時代の名残で、年間契約(11月~翌年10月)の役者のお披露目のため毎年同じ時期に開かれた興行。昔は決まりごとがあったようだが、今は豪華な出演者で華やかな公演が期待できる興行。現在は10月の名古屋・御園座、11月の歌舞伎座、12月の京都・南座で毎年開かれる。

顔見世では櫓(やぐら)が揚がる。上に梵天が2本立っている。櫓は正面には歌舞伎座の鳳凰紋、左右には「木挽町」「歌舞伎座」「きやうげんづくし」の文字。 「きやうげんづくし」は「狂言づくし」。歌舞伎の演目を狂言と言うが江戸幕府が歌舞伎の規制を行った際演目に「狂言づくし」という枠をはめたことが知られている。向かって右に赤幕に黒字で「吉例顔見世大歌舞伎」「仮名手本忠臣蔵」、左に青幕に白抜きで「歌舞伎座」と書かれた垂れ幕が揚げられている。
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建物の付近正面には「吉例顔見世大歌舞伎」の文字と演目の立て看板、左右には演目の盾看板が立てられている。
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入り口は混雑。入場幕には鳳凰紋が染め抜かれている。
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正面入り口に向かって左手に「一幕見自由席」の入り口がある。ここは歌舞伎鑑賞のプロたちが利用すると言われている一幕だけ見ることのできる席だ。好きな場面や役者だけ観るという分けだ。その列を追っていくと建物左側面に。
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その対面にいつも利用する弁当屋「歌舞伎茶屋」がある。いつもここでお弁当を買って、側の自動販売機でお茶を買って入場する。銀座三越地下階でお弁当を買うのが楽しみと言う人は多いようだが時間が無いので、ある意味現地調達。また、一人では歌舞伎座の中のレストランも利用しにくい。
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入場する。ロビーに入り(ロビーの写真は人が多い上に大きく写っているので無し)、振り向くと来月と再来月の演目が掲示されている。
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筋書きを購入して、席に着く。2、3階席のところに提灯がずらり並んでいる。鳳凰紋だ。
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花道からの出入り口。揚幕の模様も鳳凰紋。
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幕間に撮った歌舞伎座内部。また、ある幕間で上手に「ツケ」を出す木の台と座布団をとることができた。2本の木を打ちつけて見得の時などに調子をつける音を出すところだ。
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中央は1階からの吹き抜けを2階から撮った。2階席の通路やロビーは歌舞伎や歌舞伎座の関連の展示物が並べられ眺めるだけでも楽しい。
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開演5分前の柝(拍子木)の音が聞こえ席に戻る。

■ 筋書

後で

■ あらすじ (歌舞伎美人HPより引用)

[長いので飛ばしていただいてもかまいません]

昼の部
「大序」
 鎌倉鶴ヶ岡八幡宮。幕府の典礼の指導を司る高家筆頭の高師直(富十郎)は、将軍足利尊氏の代参の命を受けた弟の足利直義(七之助)を、饗応役の桃井若狭之助(梅玉)、塩冶判官(勘三郎)と共に出迎えます。直義は、討ち死にした新田義貞の兜の鑑定役に、判官の妻顔世御前(魁春)を呼び出します。以前から顔世に懸想していた師直が顔世に言い寄るところを、若狭之助が助けます。
 気分を害した師直は、若狭之助を散々に侮辱します。思わず刀に手を掛けた若狭之助ですが、塩冶判官に押し留められます。事件の発端が描かれ、開幕前の「口上人形」に始まる儀式的演出もみどころの、荘重な一幕です。

「三段目」
 師直への怒りが収まらない若狭之助。そんな主君の様子に危険を感じた桃井家の家老、加古川本蔵は、鎌倉足利館の門前で師直に賄賂を贈ります。師直は態度を一変させ、足利館の松の間で若狭之助に非礼を詫びると、怒りの矛先を塩冶判官に向けはじめます。更に師直は顔世からの返歌で自らの恋が叶わない事を知り、尚一層執拗に、判官に罵詈雑言を浴びせはじめます。
 あまりの屈辱に耐えかねた判官は、ついに刀を抜き、師直を斬りつけてしまいます。しかしそれも本蔵に抱きとめられ、師直に浅傷を負わせたに止まります。

「四段目」
 殿中での刃傷という大罪を犯した塩冶判官は、蟄居を命じられ、扇ヶ谷の館に籠っています。そこへ、上使の石堂右馬之丞(仁左衛門)と薬師寺次郎左衛門(段四郎)が訪れ、判官の切腹とお家断絶、所領没収という上意を伝えます。既に覚悟の判官は、国家老の大星由良之助(幸四郎)の到着を待ち望みながらも、ついに覚悟を極めて腹に刀を突きたてます。まさにその時駆け付けた由良之助と、最後の対面を果たした塩冶判官は、自らの腹切刀を形見にすると伝えて息絶えます。
 由良之助は血気にはやる諸士(友右衛門、孝太郎、秀調、松江、由次郎、男女蔵、錦吾、萬太郎、宗之助)たちをなだめ、すみやかに館を明け渡しますが、主君の腹切刀の血汐をなめて、仇討ちを誓うのでした。

「道行」
 戸塚の山中にやって来たのは、判官の家臣早野勘平(菊五郎)と、顔世御前の腰元お軽(時蔵)。主君塩冶判官が足利館で刃傷に及んだ折、かねてから恋仲の腰元のお軽との逢瀬を楽しんでいたばかりに、お家の大事に駈けつけられなかった勘平は、その申し訳に切腹しようとします。
 お軽は勘平を押し留め、自らの在所である山崎の里へ落ち延びることを勧めます。心優しいお軽の申し出に勘平も得心し、その場から立ち去ろうとするところへ、師直の家臣鷺坂伴内(團蔵)が手勢を引き連れ、ふたりを捕えにやって来ます。しかし武勇に優れる勘平はそれを打ち負かし、ふたりは山崎の里へと向かっていくのでした。

夜の部
「五段目」
 猟師となった勘平(菊五郎)は、山崎街道で塩冶浪人の千崎弥五郎(権十郎)に出会い、仇討ちに加わるための資金調達を約束します。同じ頃、勘平の妻となったお軽の父与市兵衛が、勘平の仕官の資金を用立てるため、園の廓一文字屋と、お軽の身売り話をまとめ、前金の五十両を貰って夜道を急いでいます。与市兵衛が稲叢に差し掛かり一息ついていると、山賊となった塩冶浪人斧定九郎(梅玉)が現れて与市兵衛を斬り殺し、その財布を奪います。そこへ猪が走り込んで来て銃声が鳴り、定九郎が倒れます。
 勘平が、獲物を追って現れ、暗闇の中を手探りで近づくと、自分が誤って人を撃ったことを知ります。慌てる勘平ですが、死体の懐の金に気付くと、それを抜き取り、その場を逃げ去っていくのでした。

「六段目」
 翌朝、勘平が家に戻ると、一文字屋お才(芝翫)と判人源六(左團次)がお軽(時蔵)を引き取りにやってきています。お才の話を聞き、昨日誤って撃ち殺したのが舅の与市兵衛だと思い込む勘平。お軽が去った後、与市兵衛の死骸が家に運び込まれ、うろたえる勘平を不信に思ったお軽の母おかや(東蔵)が勘平を責め立てます。そこへ不破数右衛門(段四郎)と千崎弥五郎があらわれ、不忠不義の金は受け取れないと、五十両の金を勘平に突き返します。 追い込まれた勘平は、自らの腹に刀をつきたて、自分の思いを吐露していきます。それを聞いた弥五郎が与市兵衛の死骸を改めると、定九郎が与市兵衛を殺害して金を奪い、その定九郎を勘平が殺したことが判明します。疑いの晴れた勘平は仇討ちの連判状に血判を押すと、息絶えるのでした。

「七段目」
 祇園の一力茶屋で遊興に耽る大星由良之助(仁左衛門)のもとへ、塩冶浪人達(松江、男女蔵)が訪れ、鎌倉への出立の時期を問います。遊女お軽(福助)の兄で足軽の寺岡平右衛門(幸四郎)も、仇討ちに加わりたいと願い出ますが、相手にされません。夜が更け、大星力弥(門之助)が顔世御前からの密書を携えてやってきます。やがてお軽(福助)と、師直に内通する元塩冶家老、斧九太夫(錦吾)に、密書を盗み読まれたことに気づいた由良之助は、お軽を身請けすると言って奥へ去ります。
 そこへ平右衛門が現れ、身請けの話は偽りで、実は由良之助が妹お軽を殺す心積りと悟ります。兄は自ら妹を手にかける覚悟を決め、お軽も兄に従おうとします。そこへ由良之助が現れて兄妹を留め、勘平のかわりにお軽に九太夫を討たせると、平右衛門が仇討ちに加わることを許すのでした。

「十一段目」
 由良之助に率いられた浪士達(友右衛門、錦之助、門之助、松江、男女蔵、萬太郎、宗之助)が師直の屋敷に討入り、師直の家臣小林平八郎(歌昇)らと激闘を繰り広げます。一同はやがて師直が炭小屋に潜むところを発見し、ついに師直を討ち取ります。亡君の墓前にその首を供えるため菩提所へ向う一行は、両国橋で営中守護の旗本、服部逸郎(梅玉)に出会います。服部は一行に通行を許し、見事本懐を遂げた浪士達を讃えるのでした。
 壮大なドラマの大団円に相応しい、爽快感に満ちた幕切れです。

■ 補足・感想等

この「忠臣蔵」は良く知られた話。しかし、普通の忠臣蔵を期待していくと戸惑う。だいたい筋はあっているのだが、大石内蔵助や浅野内匠頭、吉良上野介も出てこないし舞台は鎌倉や上方近くになっていたり。それは、江戸幕府が戦国時代以降の武家の事件を演じることを禁止したためだ。このため、討ち入り事件を太平記の時代設定にし、人の名前も変えてある。例えば、大石内蔵助は大星由良之助とか、浅野内匠頭は塩治判官とか。「おおいしくらのすけ」と「おおほしゆらのすけ」二文字違うだけ。塩治は赤穂(=塩)を治めるから。太平記なので判官。
ところで十一段第二場、番付けでは「両国橋引揚の場」となっている。上記の趣旨に反する。当日「花水橋引揚の場」に変更するとのお知らせがあった。文楽では花水橋、歌舞伎では両国橋となっているのだが理由や由来は分からない。

さらに、道行とか田舎の実家とか遊郭とか色気とか忠孝で死ぬとか人形浄瑠璃(文楽)の形式に合わせてある。また、幕府と擦った揉んだがあったらしく、現在の忠臣蔵のイメージの、仇討ちとかそういう武士に関するところは問題ならないように弱められている。刃傷もあっと言う間だし、討ち入りもこんなもんという感じ。対して一力茶屋とかお軽・勘平などのエピソードが長く語られる。
明治に入ってもっと史実に基づいた忠臣蔵にしようと新歌舞伎の「元禄忠臣蔵」(歌舞伎さよなら公演「三月大歌舞伎」)が作られた。こちらが現在普通の忠臣蔵のストーリーである。

そういう訳で「仮名手本忠臣蔵」は「元禄忠臣蔵」のような、「松の廊下」「赤穂城の評定」「討ち入り」などよりは世話話、人情話として観る事が肝要だ。大序で師直(史実では吉良上野介)にいじめられるのは塩治判官(浅野内匠頭)ではなく若狭之助だが後で十分賄賂を贈って事なきを得、大序で師直が塩治判官の妻「顔世御前」に言い寄るが後で断られて逆恨みするなど上方の庶民が喜ぶ設定になっている。一力茶屋とかお軽・勘平もどこか別の歌舞伎でも観たような気になるのはそのせいだ。単に忠臣蔵をベースにした話と思えば歌舞伎として楽しめる作品だ。

役者は豪華。
腹切りまででは、富十郎の師直がその憎くにくさを上手に表現していたのが最も印象に残る。見せる所での台詞も声も良かったと思う。若狭之助の梅玉も若々しさを出して好演(最近私の中で梅玉評上昇中)。顔世の魁春は師直に言い寄られる色香がありながら品格を保つと言う役にはまっていた。仁左衛門の石堂は堂々として、舞台が引き締まる。勘三郎の塩冶判官が印象薄い。のんびりした感じが最初役に合っていたが腹切までものんびりした感じになっていたように思う。幸四郎の由良之助は三月の内蔵助が残っている感じで「仮名手本」では違和感があった。

「道行」の勘平の菊五郎、お軽の時蔵は顔などは覚えているが後は...だが、「鉄砲渡し」、「二つ玉」、「腹切」の場では本領発揮、歌舞伎を楽しむことができた。唐突に感じた場面もあったが勉強不足を恥じるのみ。いまだに花道で2連発鉄砲の2発目を撃つ場面の理由が分かっていない。お才の芝翫と源六の左團次は待ってましたと言う感じ。

「一力」で由良之助を演ずる仁左衛門。遊ばせたらこの人の右に出る役者はいなのではないか。口に扇子を当てて出す流し目と目が合わないかと皆期待しているのではないだろうか。福助のお軽は遊郭の女になっていた。幸四郎の平右衛門は幸四郎らしく芝居がかって仁左衛門とは対照的。

「討ち入り」から「両国橋(花水橋)」は淡々と進む。歌舞伎は庶民のもの。「仮名手本」は普通の忠臣蔵より歌舞伎的だと思う。服部逸郎の梅玉が見得を切ってお仕舞い。

ところで「大序」の幕開けは変わっている。
人形の口上の後、幕が開くと役者が座ってじっと下を向いている。義太夫が「八幡宮の造営がなったので、足利直義...」と人を紹介するとその人が頭を上げて動き出す。最初は硬く人形のように。この演目が人形浄瑠璃(文楽)から来ていることを示しているのだそうだ。

ちなみに、仮名手本の仮名とはいろは四十七文字と四十七士を結びつけたものだが、仮の名で作られたと言う意味があるとの説も。


■ お弁当

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[観劇・コンサート]
by AT_fushigi | 2010-01-17 22:41 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(0)

2009年11月-KABUKI@新橋演舞場


11月は歌舞伎座「仮名手本忠臣蔵」を昼夜連続で観にいくので、他の芝居は諦めていました。しかし、この若手の芝居も見逃したくなく思っていました。特に菊之助は注目しているし、亀次郎も昔から好きなので...。予定表を見ていて発見した空いている午後を見つけていく決心をしました。一週間くらい前に申し込んだので良い席は残っていませんでした。お財布と席のAvailabilityと相談して2階2等席を予約しました。

■ 公演

  「花形歌舞伎」 平成21年11月1日(日)~25日(水)
  夜の部
    一、通し狂言 三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)
        序 幕 大川端庚申塚の場
        二幕目 割下水伝吉内の場、本竹お竹蔵の場
        三幕目 巣鴨吉祥院本堂の場、裏手墓地の場、元の本堂の場
        大 詰 本郷火の見櫓の場
        /菊之助、愛之助、松緑
    二、鬼揃紅葉狩(おにぞろいもみじがり)
        /亀治郎、菊之助、松緑
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■ 座館

どんよりとした曇り空だった。東京メトロ「東銀座」の駅から新橋演舞場に向かう。地下鉄の出口付近から見た演舞場裏。
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今年8月に横浜に移転し、閉鎖された日産本社を横目に見ながら進む。ショールームは工事用の蔽いがされていて日産の凋落を象徴しているようで寂しい。角を曲がれば劇場正面に着く。
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初めての2階席だ。舞台に向かって左の翼の根元の席だ。座ると大好きな加山又造の緞帳が掛かっていた(キッコーマンさんありがとう)。あの黒と銀色の波は独特だ。春の国立新美術館の展覧会を思い出す。
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幕間に撮った席から見た舞台と客席。ここからだと劇場全体が良く見える。しかし、花道を座っては見えない。乗り出せば見えるが隣の人への遠慮が必要だ。遅く予約したのだからしょうがない。
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■ 筋書

後で

■ あらすじ (歌舞伎美人HPより引用)

一、通し狂言
  三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)
 娘姿の盗賊お嬢吉三は、夜鷹おとせから百両を奪い大川へ突き落とします。通りかかったお坊吉三が百両を横取りしようと争うところへ和尚吉三が現れ、二人を仲裁し、三人は義兄弟の契りを交わします。助けられたおとせは昨夜契りを交わした十三郎と再会します。実は十三郎とおとせは双子の兄妹でした。和尚は大川端で手に入れた百両を父の伝吉へ届けますが、巡り巡ってお坊の手へ渡ります。お坊は、その百両を取り返そうとする伝吉を斬殺します。やがて追手のかかったお嬢とお坊は、吉祥院へ逃れますが...。
 河竹黙阿弥の白浪(盗賊)物の名作を、お嬢吉三に菊之助、和尚吉三に松緑、お坊吉三に愛之助という充実の配役に加え、土左衛門伝吉の歌六が舞台を引き締めます。 「月も朧に白魚の篝も霞む春の空...」など名調子のセリフに彩られた、刀と百両が人の手から手へ巡る因果物語をご高覧頂きます。


二、鬼揃紅葉狩(おにぞろいもみじがり)
 平維茂が従者とともに信濃国戸隠山を通りかかると、更科の前という姫君から酒宴に招かれ、盃を重ねるうちにまどろんでしまいます。この様子を窺っていた姫は、戸隠山の鬼女の本性を現し豹変。男山八幡の神女である八百媛の威徳により目を覚ました維茂は、鬼女達を退治するために山奥に分け入っていきます。
 美しい姫がのちに猛々しい鬼女となる変化に富んだ構成で、侍女たちも鬼となります。今回は市川猿之助の演出のもと、更科の前実は戸隠山の鬼女を亀治郎が初めて勤め、平維茂に松緑、八百媛に菊之助という配役で勢い溢れる舞踊劇をお楽しみいただきます。


■ 感想等

三人吉三巴白浪は歌舞伎美人のあらすじにもある「月も朧に白魚の篝も霞む春の空」で始まり「こいつは春から縁起がいいわえ」で終わる名せりふで有名だが全体が七五調で語られる。
伝吉の独り言など台詞で語られる入り組んだ人の関係は理解しがたい。筋書きを見て追いつくのがやっとだった。家に帰ってじっくり読んでやっと全容が分かった。不勉強で出かけたことを反省する。

訳あり悪人の吉三(きちざ)が三人登場する。「お嬢吉三」「お坊吉三」「和尚吉三」。この芝居は八百屋お七がベースになっている。そこで吉三郎の二文字を取って吉三。お嬢吉三は振袖を着た強盗だがこれが最後の櫓の太鼓を叩く場面でお七と重なるようになっている。また、「和尚吉三」が居ついた荒れたお寺は吉祥院という。などなど。

さて、この三人を中心に3つの家がかかわってくる。
安森源次兵衛。将軍様から庚申丸という刀を預かるのだが、悪人の海老名軍蔵が家来に盗ませる。ところが家来は刀を盗んだ帰りに吠え掛かってきた犬を庚申丸で切り殺すが、刀を川に落としてなくしてしまう。刀を盗まれた安森源次兵衛は切腹・お家断絶、息子は刀を探して行方不明。実はこの家来が伝吉、息子が「お坊吉三」。
土左衛門伝吉。夜鷹を取り仕切っている。大川に身投げなどの水死体が上がるたびに、引き上げて供養している(なので土左衛門伝吉)。子供は家に寄り付かなくなった「和尚吉三」とおとせ。おとせも夜鷹(現代では理解しがたいが)。実はおとせには双子の兄がいたが、双子は縁起が悪いと捨て子にしてしまった。
八百屋の九兵衛。一人息子が十三郎。ところが、本当の息子「お七」(女の子の名前で育てることはよくあった)は5歳のときにかどわかされてしまい、探しているときに見つけたのが赤ん坊の十三郎。-もうお分かりでしょう-十三郎は捨てられたおとせの双子の兄なのだ。そして、かどわかされた息子が「お嬢吉三」。
これが過去の人間関係だが途中途中で語られる浄瑠璃や台詞だけではとてもこの複雑な人間関係は分からない。

これに十三郎がおとせと枕を一緒にした時忘れてしまった百両と庚申丸が絡んで事件が起こる。
庚申丸の奪い合いと、十三郎を探すおとせから百両を奪いあう中で、三人吉三が出会い兄弟の契りを結ぶ「大川端」。百両は「和尚吉三」預かりに。また、庚申丸は「お嬢吉三」に。
大川に落とされたおとせを九兵衛が助け、伝吉の家に行くと身を投げたが助けられた十三郎がいる(ここで、九兵衛と伝吉から過去が語られる)。おとせと十三郎は恋仲になるが...双子の兄弟とも知らず。その後、「和尚吉三」が家に置いていった百両をめぐって「お坊吉三」は伝吉を殺してしまう。
吉祥院に「和尚吉三」を訪ねてきた十三郎とおとせの話から、三人はそれぞれの関係を理解する。道ならぬ仲になった双子の弟妹、十三郎とおとせを兄の立場で本当の理由を言わずに切り捨てる「和尚吉三」。父が盗まれた庚申丸を手に入れた「お坊吉三」と父に返す百両を手に入れた「お嬢吉三」。十三郎とおとせの首を「お坊吉三」と「お嬢吉三」の首と偽り追っ手から逃げる。
本郷縁まで逃げてきたが木戸が開いていない。木戸を開けるため振袖姿で櫓の太鼓をたたく「お嬢吉三」、追っ手に立ち向かう「お坊吉三」。「和尚吉三」もやってきて追っ手と争う中、九兵衛が通りかかり三人は庚申丸と百両を預ける。実は九兵衛は安森家所縁の者だったのだ。
そして、三人刺し違えて果てる。

開幕前や幕間ではひたすら筋書きを読んでいた。盛り沢山な内容で、頭を働かせながら人間や事柄の関係も複雑で追うのがやっとで疲れたが、結構楽しめた。台詞も浄瑠璃も結構聞こえたので助かった。
ただ、公演一週間たっていなかったためだろうか、松禄のテンポが気になった。もっと、周りとあわせればと感じた。

「鬼揃紅葉狩」は頭が疲れていたのでそのまま画像として楽しむに留まってしまった。


■ お弁当

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[観劇・コンサート]
by AT_fushigi | 2010-01-15 15:56 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(6)

観劇・コンサート・映画



2010年********************************************
 
[2010年コメント]
歌舞伎座が4月末で建替えのため休場となります。そのさよなら公演い乗せられて歌舞伎通いが止まりません。さよなら公演が終わると気が抜けるかもしれません


====  歌舞伎  ====

  2010年04月 「四月大歌舞伎」(御名残、豪華キャスト)@歌舞伎座

  2010年03月 「三月花形歌舞伎」(亀治郎)@南座
  2010年03月 「三月大歌舞伎」(玉三郎の女暫)@歌舞伎座

  2010年02月 「飛龍伝2010 ラストプリンセス」(つかこうへい)@新橋演舞場
  2010年02月 「二月大歌舞伎」(勘三郎、玉三郎)@歌舞伎座

  2010年01月 「初春花形歌舞伎」(海老蔵)@新橋演舞場
  2010年01月 「新春浅草歌舞伎」(亀治郎)@浅草公会堂



2009年********************************************
 
[2009年コメント]
2008年は出張が多く、あらかじめチケットを購入しなければならない劇場の公演へ出かける機会は少なかったです。行ったのは顧客と一緒の観劇を含め歌舞伎5公演のみでした。
2009年はどうでしょう。今年は歌舞伎に集中しようかなと思っています。出張の合い間を縫ってでかけます。予定が立たない事が多いのでおそらく一人観劇が多くなると思います。


====  歌舞伎  ====

  2009年12月 「吉例顔見世興行」(玉三郎・仁左衛門の助六)@京都・南座

  2009年11月 「牡丹亭」(玉三郎+昆劇)@上海・蘭心劇場 昆劇とは
  2009年11月 「仮名手本忠臣蔵」(昼夜通し)@歌舞伎座
  2009年11月 「花形歌舞伎」(夜の部 三人吉三巴白波)@新橋演舞場

  2009年10月 「芸術祭十月大歌舞伎」(夜の部 義経千本桜)@歌舞伎座

  2009年07月 「七月大歌舞伎 NINAGAWA十二夜」(ロンドン凱旋公演)@松竹座
  2009年07月 「七月大歌舞伎」(昼の部 五重塔、玉三郎・海老蔵「海神別荘」)@歌舞伎座

  2009年06月 「六月大歌舞伎」(夜の部 仁左衛門の「女殺油地獄」)@歌舞伎座
  2009年06月 「6月歌舞伎鑑賞教室「華果西遊記」@国立劇場(6月)

  2009年04月 「陽春花形歌舞伎」(海老蔵、「雷神不動北山櫻」)@御園座
  2009年04月 「四月大歌舞伎」(昼の部、「伽羅先代萩」)@歌舞伎座 

  2009年03月 「三月大歌舞伎」(昼夜連続、團十郎、仁左衛門、幸四郎の内蔵助)@歌舞伎座

  2009年01月 「壽 初春大歌舞伎」(仁左衛門、愛之助)@大阪松竹座
  2009年01月 「初春花形歌舞伎」(夜の部 海老蔵、獅童、猿之助一門)@新橋演舞場


2008年******************************************** 

====  歌舞伎  ====

  2008年09月 「新秋九月大歌舞伎」@新橋演舞場

  2008年05月 スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」@大阪松竹座
  2008年05月 「團菊祭五月大歌舞伎」@歌舞伎座

  2008年02月 坂東玉三郎「特別舞踊公演」(尾上菊之助、市川海老蔵)@大阪松竹座

  2008年01月 「雷神不動北山櫻」」(市川海老蔵)@新橋演舞場
by AT_fushigi | 2010-01-01 03:10 | 観劇・コンサート

2009年10月-KABUKI


10月の歌舞伎座・夜の部です。前回は7月に歌舞伎座と松竹座の2つの歌舞伎公演に行ったのですが8月9月と忙しく行けませんでした。
最近は歌舞伎では若手からベテランまで幅広い年齢層で人気役者がいる、黄金時代です。このためいく楽しみはあるのですが、よい席を取るのは大変です。土日曜は特に大変なので諦めています。
10月の歌舞伎座は希望日の夜の部は取れましたが昼の部は良い席が取れず諦めました。

丁度台風が上陸直前でした。
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■ 公演

歌舞伎座さよなら公演「芸術祭十月大歌舞伎」
  平成21年10月1日(木)~25日(日)
  昼の部
    一、歌舞伎十八番の内 毛抜(けぬき)
        /三津五郎、錦之助、松也、梅枝、巳之助、萬太郎、秀調、團蔵、東蔵、魁春
    二、蜘蛛の拍子舞(くものひょうしまい) 花山院空御所の場
        /玉三郎、松緑、菊之助、三津五郎
    三、心中天網島 玩辞楼十二曲の内 河庄(かわしょう)
        /藤十郎、時蔵、段四郎、東蔵
    四、音羽嶽だんまり(おとわがだけだんまり) 藤間大河初お目見得
        /菊五郎、松緑、藤間大河(松緑長男)、菊之助、権十郎、錦之助、萬次郎、
          團蔵、魁春、田之助、吉右衛門、富十郎
  夜の部 通し狂言 義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
    渡海屋・大物浦/吉右衛門、玉三郎、歌六、歌昇、段四郎、富十郎
    吉野山/菊五郎、菊之助、松緑
    川連法眼館/菊五郎、時蔵、菊之助、権十郎、秀調、團蔵、彦三郎
夜の部の「義経千本桜」を観劇。
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■ 座館

10月7日、この日は一日お休みを取って平日しかできない用事を済ませ、上野の国立博物館の「皇室の名宝―日本美の華」第一期と上野の森美術館の「聖地チベット -ポタラ宮と天空の至宝-」を見て、3時過ぎに築地に向かう。
この日は台風上陸の前日で雨が降り、風もあり、航空機などの欠航があった。このため美術館は空いていて作品鑑賞に集中できた。

歌舞伎座の当日券と一幕見のチケット売り場はごった返していた。
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歌舞伎座最終公演まで後206日。
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いつも通り看板の脇を通り中に入る。
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筋書き売り場。入り口入って左右にある。今回は筋書きと「歌舞伎座」写真集(2,500円)を買った。
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今回は良い席が取れた。席に着く。飛行機の欠航などで地方から来れなかった人たちだろうか、空席が所々にあった。
また、明日台風が上陸するので今日の最終の新幹線で帰ると言う人たちが7時ごろぞろぞろ帰った。気の毒なことである。

■ 筋書
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■ あらすじ (歌舞伎美人HPより引用)

三大義太夫狂言の一つ『義経千本桜』

「渡海屋・大物浦」
 摂津国大物浦の船問屋の渡海屋に先頃から逗留している山伏は、源義経の家臣、武蔵坊弁慶(段四郎)。兄頼朝に追われ都を落ちた義経主従は、大物浦から海路で九州を目指しているのです。そこへ鎌倉方の追手の相模五郎(歌六)と入江丹蔵(歌昇)が現れ、船を出すよう迫りますが、渡海屋の女房のお柳(玉三郎)に断られ、掴みかかろうとすると、現れた主の渡海屋銀平(吉右衛門)に追い返されます。
 出船の時刻となり源義経(富十郎)は家臣(種太郎、尾上右近、隼人、巳之助)と共に渡海屋を後にすると、鎧姿の銀平が現れます。実は銀平は平家の武将平知盛、妻のお柳は安徳帝の乳人典侍の局でした。二人は帝を娘のお安と偽ってこの地で育て、源氏に復讐する機会を窺っていたのです。知盛は義経を討ち取ろうと出陣しますが、大物浦で義経方に敗北。安徳帝を守護するという義経の言葉を聞いた局は自害し、知盛も体に碇を巻きつけ壮絶な最期を遂げるのでした。

「吉野山」
 その後、九州へ落ち延びるのを断念した義経主従は吉野の川連法眼のもとを目指します。
 佐藤忠信(菊五郎)に預けられた義経の愛妾、静御前(菊之助)はそれを知り吉野へと向かいますが、その道中で忠信とはぐれてしまいます。しかし、静御前が義経から形見として拝領した初音の鼓を打つと忽然と忠信が現れます。二人が屋島の戦いに思いをはせていると、鎌倉方の追手、逸見藤太(松緑)が手勢を引き連れて現れます。忠信は討ってかかる藤太達を蹴散らすと、静御前を伴い山中へと分け入っていくのでした。

「川連法眼館」
 源義経(時蔵)を匿う川連法眼(彦三郎)が帰館し妻の飛鳥(秀調>)に、義経を匿うために評定であえて、鎌倉方に味方すると言ったと告げます。義経が法眼の配慮に感謝をする所へ佐藤忠信(菊五郎)が参上します。義経は忠信に静御前の行方を訊ねますが、忠信は覚えがない様子。義経は忠信の謀反を疑い、家臣(團蔵、権十郎)に詮議を命じるところへ、忠信とはぐれた静御前(菊之助)が一人館へやって来ます。静御前は忠信の姿を見て驚きますが、同道してきた忠信とは別人のよう。道中で忠信を見失った時、初音の鼓を打つと現れると静御前から聞いた義経は鼓を用いての詮議を静御前に命じます。
 静御前が早速、鼓を打つと、忽然と姿をあらわす忠信。実は鼓の皮になった狐の子が忠信の姿となって鼓を守護していたのでした。親狐を慕う心情に感じ入った義経は、狐に鼓を与えます。喜んだ狐は、鎌倉方に味方する悪僧を館に引き入れ、狐の通力でさんざんに打ち負かすと、自らの古巣へと帰っていくのでした。

■ 感想等

まず、これを「通し」といっていいのだろうか。義経千本桜は知盛、維盛、忠信のうち三段目の維盛が抜けている。
二段目の知盛ではダイナミックな吉右衛門、きりっとした玉三郎の演技が光った。玉三郎は初演だったとは知らなかった。久しぶりに満足した舞台だった。
四段目の忠信は実は猿之助のを見ていたのでその違いも楽しみであった。猿之助の楽しませる演技の方が好きだが菊五郎のオーソドックスな演技も安心してみることができた。菊之助は玉三郎には敵わないがこれからが楽しみである。

■ お弁当

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[観劇・コンサート]
by AT_fushigi | 2009-10-21 22:57 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(0)

2009年07月-KABUKI(II)


7月のもう一つの歌舞伎。大阪は松竹座・夜の部です。

■ 公演

関西・歌舞伎を愛する会 第十八回「七月大歌舞伎 NINAGAWA十二夜」
  平成21年7月5日(日)~27日(月)
  夜の部 午後4時~
    NINAGAWA十二夜
        / 菊之助、時蔵、翫雀、錦之助、亀治郎、亀三郎、松也、権十郎、
           秀調、團蔵、段四郎、左團次、菊五郎
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十二夜は2007年歌舞伎座で初演、2008年新橋演舞場、博多座で再演、今年London公演。そして新橋演舞場と松竹座でその凱旋公演。
(London公演の模様。歌舞伎美人より)
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松竹座の千穐楽が200回目の公演になるそうだ。
松竹座7月は船乗り込みがある。役者が松竹座までお堀を船で練り歩く(練り漕ぐ?)。昨年は一般公募で当選した人や橋下知事乗っていたのですが今年は無かったようだ。
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■ 松竹座

赤のストライプが目立つ装飾です。看板も華やかに感じる。
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会場はいつもと違って若い人が多いように思いました。

■ 筋書

表紙はキラキラにデコレーションされ豪華な筋書き。
表紙は二折になっており開くと裏はロンドン公演の写真。
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蜷川幸雄の対談も。
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■ あらすじと舞台 (歌舞伎座ホームページから転載+私のコメント<>)

 航海中、嵐に遭い、難破して双子の兄斯波主膳之助(しばしゅぜんのすけ)(菊之助)と離ればなれになってしまった琵琶姫(菊之助)は、舟長の磯右衛門(段四郎)の助けで、男装して獅子丸と名乗り、大篠左大臣(おおしのさだいじん)(錦之助)に小姓として仕えはじめます。
 大篠左大臣は、大納言家の織笛姫(おりぶえひめ)(時蔵)に想いを寄せています。しかし、姫は左大臣の愛に見向きもしません。その上左大臣の使者である獅子丸に一目惚れしてしまいます。その獅子丸、すなわち男装の琵琶姫は、ひそかに左大臣を恋い慕っているものの、男の姿ではどうにもなりません。
 いっぽう織笛姫の叔父の左大弁洞院鐘道(さだいべんとういんかねみち)(左團次)は、何かと小うるさい家老の丸尾坊太夫(まるおぼうだゆう)(菊五郎)に目の敵にされています。坊太夫が姫に心を寄せていると知った洞院(とういん)は、恋人の腰元麻阿(まあ)(亀治郎)、右大弁安藤英竹(うだいべんあんどうえいちく)(翫雀)らと日ごろの仕返しにと一計を企み、その計画にまんまとはめ、坊太夫は散々な目に遭ってしまいます。
 その騒動の最中、嵐の中、海賊に助けられ、九死に一生を得た主膳之助が現われます。獅子丸と瓜ふたつの主膳之助の出現に、織笛姫、大篠左大臣、獅子丸の恋の思惑が絡んで、周囲は大混乱。さて恋の行方は――。


<幕が開くと前面は鏡。観客が写っている。サプライズ。舞台は鏡が多用されていて(ちょっと多すぎる気もしたが)印象深い。(ここにある写真の舞台にはすべて鏡があります)
猿之助のスーパー歌舞伎の影響を受けている。幕開けの花の場面は三国志を思わせる。嵐の船の場面は、早代わりとか波に流されるところとか、ヤマトタケルを思い出させる。
登場人物が多く、場面も多いのでついていくのがやっと。ほぼ忠実にシェークスピアの十二夜を取り入れているように見える。セバスチャンが斯波主膳、ヴァイオラが琵琶姫、オーシーノーが大篠左大臣、オリビアが織笛姫と役の読み替えも面白い。
エンターテイメントとして楽しめ、ロンドン公演が大成功に終わったのも肯ける。これが歌舞伎かという人も居るようだが、所詮歌舞伎は庶民の楽しみと思えば許容範囲。伝統芸能は現代を取り入れて生き残った物とすればスーパー歌舞伎同様チャレンジとしてまじめに捉えたい。>
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[観劇・コンサート]
by AT_fushigi | 2009-08-20 18:43 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(2)