カテゴリ:雑学( 3 )

中国の休日と端午節


中国の営業から6月14日から3連休との連絡と、技術の人から日曜日に会社を訪問するとの事を聞きました。

そういえば2月にも似たようなことがあったと思い出しました。

ググッて見ると中国の休日は以下のようです。
出典はhttp://www.scope-china.net/2010yasumi.html
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2010年 中国の祝日
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1.元旦:1月1日~3日休日,3連休。
2.春節:2月13日~19日休日,7連休。2月20日(土)、21日(日)は出勤
3.清明節:4月3日~5日休日,3連休。
4.労働節:5月1日~3日休日,3連休。
5.端午節:6月14日~16日休日,3連休。6月12日(土)、13日(日)は出勤
6.中秋節:9月22日~24日休日,3連休。9月19日(日)、25日(土)は出勤
7.国慶節:10月1日~7日休日,7連休。9月26日(日)、9日(土)は出勤

つまり、土日をつぶして連休を作っています。中国では民族や地域で異なる習慣で休日が県レベルで決められるようです。上記は中国国務院の国家発展改革委員会が決めた法定休日です。

つまり、来週の6月16日が旧暦の5月5日で端午節なのでそれに土日二日を振り替えて3連休にしています。土日というのはグレゴリー暦あるいはキリスト教の曜日ですからまだ旧暦が生き残っている中国では土日へのこだわりは無いのでしょうね。

ちなみに、調べているうち端午節は日本とは異なる意味合いを持っていることが分かりました。

中国駐日大使館の記事です。
出典はhttp://www.china-embassy.or.jp/jpn/zgbk/zyjr/t63252.htm

「農暦五月五日は端午節である。「端陽節」、「重午節」とも称されるこの祭日は中国古代の偉大な愛国詩人屈原氏記念から由来する。中国の唐の時代にはすでに「節分端午自誰言、万古伝聞為屈原」という詩句が歌われた。 紀元前340年に生まれた屈原氏は斉の国と携えて秦の国に抗争するという奇策をもって楚の国王に進言したが受け入れられず、讒言に陥られ左遷された。

紀元前278年五月五日、楚の国が秦の国に併合されたことを聞いた屈原氏は汨羅江に身を投じて亡楚に殉死した。当時、屈原氏の殉国を悲しく聞いた人々は舟を競い救いにかけたが失敗し、仕方なく棕の葉で糍を包んで川に投げ込んで魚を飼い、雄黄の酒を傾けて川に注ぎ悪竜を追いたて、屈原氏の遺体を全うとした。以来、端午節になって、ちまきを食べたり、竜舟を競ったり、雄黄の酒を飲んだり、香り袋を着けたり、よもぎを掛けたりするのが人々の習わしとなってきた。」

先月の出張でもうレストランで端午節の粽がメニューにあったのでいただきました。いわゆる中国の粽です。
端午節は英語ではDragon Boat Dayとも言うようです。上記の「竜舟を競って」にあたります。

日本の端午の節句はこの端午節が伝わったものですが男の子の日になっています。Wikipediaによれば蓬だけでなく菖蒲を立てるようになった。この「菖蒲」が「尚武」と同じ音なので鎌倉時代以降武家の家で男の子の初節句を祝うようになったのが始まりとのことです。江戸時代には裕福な家で、男の子の出世を願い、中国の故事の「鯉の滝登り」「昇竜」から「こいのぼり」が飾られるようになったようです。

調べることは面白い
by AT_fushigi | 2010-06-07 15:23 | 雑学 | Trackback | Comments(0)

お節

前にも書きましたが、昨年末は何もしないと言うことで当然「おせち」の準備もほとんどしていませんでした。子供もいるので「おせち」は買ってくることにしました(初めてです)。
正月にオープン。子供たちから「家のより豪勢」と評判は良買ったのですが...良いのか悪いのか。これに、家族が好きな、紅白歌合戦を見ながら調理した(と言っても塩抜きし皮をむいて漬け汁に漬けただけですが)数の子と買ってきた昆布巻きを加えて、お雑煮を作り新年の最初の食事としました。
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ところで、「おせち」はいつごろから始まったのでしょう。

おせちは「御節」、節は節句から来ているだろう位しか分かりません。また、正月はかまどの神様を祭るので火を使って料理をしてはいけないので、「おせち」料理ができたと子供の頃に聞かされていました。
さあ、WEB調査です。

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節句(節日)とおせち
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節日は節目の日ということで中国の暦に由来するがこれは時代時代で変化する。平安時代には宮廷で定められた節日とそのとき開かれた節会を五節会といい、節会では神饌(せん)を供え、宴会を開いた。
   元日節会:1月1日
   白馬節会:1月7日
   踏歌節会:1月14・16日
   端午節会:5月5日
   豊明節会:11月辰の日
この節会で出されたご馳走が「御節供(おせちく)」でこれが「おせち」の語源となっている。
上記は宮中の行事だが民間では3月3日、7月7日、9月9日も祭っていたと考えられている。
なお、江戸幕府は江戸初期に上役のところに挨拶すべき日として五節句を定める。
   人日の節句:1月7日
   上巳の節句:3月3日
   端午の節句:5月5日
   七夕の節句:7月7日
   重陽の節句:9月9日
このことにより節句を祝う習慣が広く民衆に広まると同時に、正月の御節供も庶民の間で広まった。この頃から「おせち」は正月に供されるご馳走のことをさすようになった。

このように江戸時代に民衆文化に「おせち」は受け入れられ、江戸時代後半に今のおせち料理が確立された。

中国では12月23日に出かけた竈の神様は12月31日に家に戻ってくる。中国ではこれを祝い、餃子を食し、子供に「紅包・圧歳銭(お年玉)」を与える。
これが日本に渡来し、日本に違った形で吸収される。
日本では正月は「歳神(としがみ)様」(=ご先祖様)を祭る日であった。初詣も氏神様の祀られた神社にお詣りしてご先祖様のご加護を願うもの、門松は歳神を迎えるための憑代(よりしろ)であった。
また、民間宗教として、様々な神様を正月に祭った。特に、水と火の神様は重要であった。これと「竈の神様」が結びついて三宝荒神様を始め各地に火と竈の神様(以下荒神様)が祭られる。
神社から「歳神様」と「竈の神様」のお神札を頂き、それぞれ神棚と台所に祀った。このため正月には火や竈を使わない風習ができた。
正月に食する「おせち」はこうして火を使わず食せるよう保存が利く作り置きの料理となった。これが女性にとっても得する風習だったので広まったのだろう。

さて、おせち料理の基本は「祝い肴三種」と煮しめである。「祝い肴三種」は関東と関西で異なる。
   関東:田作り、数の子、黒豆
   関西:叩き牛蒡、数の子、黒豆
どっちらも、豊作、子孫繁栄、魔よけ(まめに働きまめに暮す)である。以下に主な料理のいわれを記す。

   田作り : 肥料になる鰯が高級な肥料だったので豊作を祈る。
   数の子 : 卵の数が多く、子孫繁栄を表す。
   黒豆  : 「まめに働きまめに暮らせるように」との語呂合わせ。黒は魔除けの色。
   叩き牛蒡: 豊年を象徴する瑞鳥を表し豊作と息災を願う。
   蒲鉾  : 形が日の出に似ているので、お節に欠かせない。赤は魔よけ、白は清浄を表す。
   海老  : 長寿を表す。海老は腰の曲がった老人を連想させる。
   蓮根  : たくさんの穴がある形状から将来の見通しがきくとの縁起担ぎ。
   昆布  : 「喜ぶ」に「子生」と当てて子孫繁栄。
   伊達巻 : 派手な様子から。

このほか様々な料理がありお正月の楽しみとなっている。
by AT_fushigi | 2008-01-02 04:32 | 雑学 | Trackback | Comments(5)

Feuerzangenbowle と Glühwein

ニュルンベルグのクリスマス市で楽しんだ飲み物を調べてまとめてみました。特にGlühweinとの違いを知りたかったです。
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写真に有るように飲み物の名称は "Feuerzangenbowle" 。写真をよく見ると左に下記にある映画のポスターを見ることができます(右の女性の後ろ、紳士帽)。

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Feuerzangenbowle
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"Feuerzangenbowle"の直訳は「火ばさみのボウル」。ドイツでクリスマスや新年の時期に飲まれるパンチの一種。甘酸っぱく、スパイシーなものもあり温かい飲み物として冬にマグカップで供される。特にクリスマスマルクト(市)ではGlühweinと並んで定番の飲み物。
名前の由来は、パンチボウルの口の淵に渡した火ばさみ(ドンク)(Feuerzangen)に砂糖の塊を乗せ作ったことに由来する。
1943年に公開されたHeinz Rühmann 主演の映画"Die Feuerzagenbowle"(1944)は名作として名高くこれによりこの飲み物が一般に広まった。

レシピ
[材料]
赤ワイン 3-4本(=750mlx4)
アルコール分54%ラム酒 1/2-1本(=750ml)
円錐状に固めた砂糖:Zuckerhut(市販品)
オレンジジュース(好みの量:多いと甘くなる、レモンジュースを加えても良い)50-300ml
香辛料:クローブ、シナモン等(好み:味・香りを締める)
好みによってオレンジやレモンのピール

[作り方]
(1) フォイヤーツァンゲンボウルセットを用意。アルコールランプなどで温められるパンチボウル+火ばさみ(近年は細長いプレート)。
(2) 別の鍋で赤ワインを沸騰しないように温める。熱くなったらオレンジジュース、シナモン等の香辛料を入れ再度熱くなったらパンチボウルに移す。
(3) アルコールランプ、火ばさみをセット。火ばさみはパンチボウルの口の淵を直径方向に渡すように置く。プレートに円錐状に固めた砂糖(Zuckerhut)を乗せる。
(4) 砂糖にラム酒を浸み込ませる。火をつけ、砂糖を熱で溶かす(溶けた砂糖はプレートにある穴からボウルの中に滴下)。ラム酒がなくなるか、砂糖が全部溶けるまで繰り返す。

c0153302_0122860.jpg火ばさみは三角状のため、砂糖も円錐状となっている。伝統的に円錐状だが要は溶かすプレートに乗れば良い。ラム酒は50%以下では燃えないし60%以上では高熱で砂糖がカラメル化してしまい滴下しない。54%前後で選ぶ。このラム酒が暗がりで燃えるときの揺らめく青い炎が幻想的である。

近年は、レストランや居酒屋でラム酒の美しく青く燃える様子をサプライズとして見せるため工夫を凝らした演出や道具を見ることもできる。淵に砂糖を溶かす出っ張りを作り、カップに熱く温めた赤ワイン・オレンジジュース・香辛料の合わせたベースを注ぎ、出っ張りに角砂糖を乗せラム酒を浸み込ませ火をつけ溶かした砂糖を滴下させる、個人向けカップもある。

Feuerzangenbowleの起源は不明。パンチはインドの5種類の材料(アラック、砂糖、レモン、水、茶あるいは香辛料)を合わせた飲み物が起源で(パンチはサンスクリット語の5「パンチャ」が語源)、インドからイギリスに渡り(イギリスには1632年に記録あり)ヨーロッパに広まった。ヨーロッパではアラックの替わりにワインとブランデーを使った(アラックはココナッツの花汁(Toddy)を天然発酵させ、蒸留したリキュール、アラビア語で「汁」を意味するAraqが語源)。1655年ジャマイカでラム酒ベースのパンチが作られ世界的に広まった。Feuerzangenbowleはこれからわかるようにパンチでありその作り方を工夫したものと言える。

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Glühwein
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"Glühwein"の直訳は「輝くワイン」。名称は国で異なる(Wikipedia による)
  ドイツ:Glühwein(グリューヴァイン)
  オランダ:gloeiwijn
  英語:mulled wine(マルドワイン、砂糖や香料を入れた温めたワイン)
  イタリア:vin brulé
  フランス:vin chaud(ヴァン・ショー、熱いワイン)
  アルザス:vin chaud blanc(ヴァン・ショー・ブラン、熱い白ワイン)
  スペイン:vino caliente
  ルーマニア:vin fiert(沸騰したワイン)
  アルメニア:vino tinto(沸騰したワイン)
  ポーランド:Grzane wino (熱いワイン)
  スロバキア:Varené vino(沸騰したワイン)
  スロベニア:Kuhano vino(加熱されたワイン)
  ハンガリー:Forralt bor(沸騰したワイン)
  ロシア:глинтвейн ("glintwein")
  スエーデン:Glögg(グロッグ)
  ノルウェイ:Gløgg
  デンマーク:Gløgg
  フィンランド:Glögi
  チリ:Negado
  ブラジル:Quentão("big hot")
と呼ばれる。

各地で冬に飲まれる甘い温かいワインカクテル。甘酸っぱく、スパイシーなものもあり温かい飲み物として冬にマグカップで供される。特にクリスマス市では世界的な定番の飲み物。

レシピ
[材料]
赤ワイン 1本(=750ml)
砂糖 100g
香辛料:クローブ、シナモン
好みによりオレンジピール。
[作り方]
全部の材料をあわせ70-80度で10分ほど沸騰しないように熱く温める。材料の量などは決まったてはおらず個人で異なると言っても良い。また、国ごとに違いが有る場合もあり、例えばスエーデンのGlöggなどはアーモンドやレーズンを入れることもある。

低品質のワインの飲み方として温めて甘味や香料を加えることは古代(500 B.C.)から行われていた(品質の悪い紹興酒に砂糖を加えるのも同じと考えられる)。これが中世に冬の飲み物の定番として広く広まった。
by AT_fushigi | 2007-12-24 00:35 | 雑学 | Trackback | Comments(0)