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米国出張2009年03月


出張に出かける日にFEDEXの事故があり欠航になってしまいました。

当初予定

第一日:成田(NRT) --(NH008)--> サンフランシスコ(SFO) サンホセ泊
第二日:サンフランシスコ(SFO) --(UA838)--> サンディエゴ泊
第三、四、五日:お仕事、サンディエゴ泊
第六日:サンディエゴ --(UA118)--> サンフランシスコ(SFO) --(NH007)--> 成田(NRT)


米国出張2009年03月-第一日目-FEDEX機事故で欠航
米国出張2009年03月-第二日目-1日遅れで出発
米国出張2009年03月-第二日目-ホテルと周辺
米国出張2009年03月-第二、三、四、五日目-まとめてDinner報告
米国出張2009年03月-第六、七日目-サンフランシスコ乗換で帰国


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by AT_fushigi | 2009-03-30 11:31 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

観劇2008年03月-KABUKI-歌舞伎座 (III)


夜の部4時開場4時半開演です。
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一回外に出て夜の部の開場を待ちます。午後4時ごろ出て、夕食用のお弁当を買ったら間もなく開場となりました。夜の部も5列目と前でかつ花道から2列目という席でした。夜の部は團十郎、仁左衛門、幸四郎3人の大石内蔵助が楽しみです。
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■ 「南部坂雪の別れ」は團十郎の大石内蔵助。
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出だしは雪の泉岳寺。忠臣が3人泉岳寺に参る。雪の上を歩いていると言う演技が見もの。そのとき羽倉斎宮(我當)が現れ内蔵助を意気地なしの様に罵倒し、仇討ちの策があると言って忠臣を困惑させる。そこへ内蔵助が現れきっぱりと忠臣たちの行為や斎宮の言うことを切り捨てる。あくまで本心を打ち明けることない。
その後、内蔵助は内匠頭の未亡人瑤泉院(芝翫)を訪れる。ここでは見ている人は別れを告げにきたことを知っている。しかし、舞台では瑤泉院が何もしない内蔵助を責めるがあくまで白を切る内蔵助。最後は怒った瑤泉院が形見の品を断る。内蔵助は和歌を認めた書き物を託して屋敷を後にする。
屋敷の外で内蔵助は酔った斎宮から罵倒されるが反論もしない。斎宮が去ると残した書き物が血判状だったため内蔵助の決意を知った瑤泉院が窓から顔を出し内蔵助に非礼をわび別れを惜しむ。
團十郎の演技はあくまで大事のために自分を抑えた内蔵助を演じているがあまりにも平板であった様に感じた。難しい演技だとは思うのだが。逆に声が上がっている我當の羽倉斎宮が浮いて、対比等意味では良いのかもしれないが、全体的にまとまりを欠き工夫が欲しかったと思った。

■ 「仙石屋敷」は仁左衛門の大石内蔵助。
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討ち入りの場面はなく、本懐を遂げ泉岳寺へ向かう浪士たちの代表として吉田忠左衛門(彌十郎)と磯貝十郎左衛門(染五郎)が仙石伯耆守に口上を持って報告に訪れる。あくまで御政道の判断を仰ぐためである。仙石伯耆守(梅玉)が興奮した面持ちで現れ子細を尋ね、この後お城に報告する。
その夜、赤穂浪士46人は仙石屋敷で尋問を受ける。この問答が一つの山場となっている。問答によって、討ち入りの様子が浪士によって語られる。最後に内蔵助(仁左衛門)によって討ち入りが武士道に基づく御政道に則していることを答え、仙石伯耆守を感心させる。内蔵助が上野介を討つだけでなく、いろいろな所に思慮を働かしていたことが語られる。
問答の後、上意があり浪士たちは分割され大名家にお預けとなり花道を去っていく。
舞台にこれだけの人数が並ぶと壮観だ。広い歌舞伎座だからできることかもしれない。

■ 「大石最後の一日」は幸四郎が大石内蔵助。
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細川家預かりとなった内蔵助(幸四郎)は周辺の人たちの厚遇に感謝していた。そこへ細川内記が対面に訪れ内蔵助に言葉を求めた。内蔵助は「初一念」と言う言葉を今回の討ち入りを思いを巡らしながら伝える。
浪士の面倒を見ていた堀内伝右衛門(歌六)が内蔵助を別室に招き若者と会わせる。若者が女であることを見抜くとこの若者はおみの(福助)と名乗り磯貝十郎左衛門(染五郎)の夫婦の約束に至るいきさつを語る。この恋物語を聞いて内蔵助は磯貝十郎左衛門を呼ぶ。磯貝十郎左衛門は混乱するが、内蔵助は懐紙に潜ませた琴の爪について問いただす。これを聞いたおみのはそれだけでうれしいと言う。
そこへ上意の使いが着き、表情で切腹の沙汰を伝える。上意が切腹と悟って若い二人を思い苦悩する幸四郎の顔が良かった。しかし、おみのが自刃し、磯貝十郎左衛門の迷いも消える。
花道の向こうで名前が呼ばれ浪士たちは次々切腹の場に進む。最後の内蔵助が呼ばれ、初一念を貫いたと言って満足げに花道を切腹の場に向かう。

新歌舞伎は静養の影響を受け台詞で物語が続き通し6編は非常に重く疲れを感じたが、終了時には満足感で満たされた。また、このような豪華キャストもさよなら公演ならではあり良い機会を得たと思った。
昼の部は3列目、夜の部は5列目と前のほうの席だった。役者に近いのは良いが、歌舞伎座は横に広いので一つ視野の中に全体を見るのは難しい。首が痛くなってしまった。
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夜の部は花道から2番目の席。浪士たちが行き来したので目の前を役者が通り息遣いまではっきり聞こえ、ちょっと興奮してしまった。花道奥の「揚幕」は歌舞伎座の定紋「鳳凰丸紋」。
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■ お弁当
「南部坂雪の別れ」の後30分のお弁当休憩。お弁当は昼夜の切り替え時外の傍の店で買った1,000円の幕の内弁当。お茶を忘れたが館内では高いので劇場の外の自動販売機に走った。
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by AT_fushigi | 2009-03-29 18:46 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(0)

緊急事態

今日から米国出張のはずでした。が...
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結局欠航、明日発つことになりました。UAは飛んだのですが満席で乗れませんでした。
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この日はWBCが終わったら事故のニュースが流れてきていろいろ問い合わせるも状況つかめません。12時過ぎに14時に決定との情報。でもそのころはNEXに乗っているかなあと。
で、出かけたのですがNEXが強風で運転見送りになっていました。しょうがないので普通に乗りました。
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欠航、満席が明確となり、展望台へ。封鎖されていました。強風のためでしょう。写真を撮って自宅に戻ります。
by AT_fushigi | 2009-03-23 23:01 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(6)

観劇2008年03月-KABUKI-歌舞伎座 (II)

昼の部、午前11時開演。
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■ 「江戸城の刃傷」

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新歌舞伎の特徴であるが事件そのものよりそれにかかわる人間模様や心理描写が中心に語られる。ここでも江戸城松の間の刃傷そのものはなく、吉良上野介も登場しない。舞台は刃傷に及んだ直後、その様子を見ようとする場面から始まる。
松の廊下の刃傷沙汰で無念にも失敗した浅野内匠頭(梅玉)は申し開きもせず田村家預かりになる。この深い無念さを内にこめた梅玉の演技が見ものだった。この品格ある浅野内匠頭は必見。
城内で評議が開かれ、多門伝八郎(彌十郎)の理路整然とした反対にも拘らず喧嘩両成敗の御政道は通らず、内匠頭切腹、浅野家断絶、赤穂城明け渡しが言い渡される。この伝八郎の迫力ある反対も聞き所。
田村家で切腹の上意が言い渡される。浅野内匠頭が5万3千石大名であるにも拘らず相応しくない家の外での切腹など不当な扱いに怒る多門伝八郎は浅野内匠頭の忠臣、片岡源五右衛門(松江)を庭木の陰に控えさせ最後の別れを果たさせる。伝八郎がそれとなく源五右衛門に気づくように仕向ける場面、それで慌てて文を残す内匠頭はみどころ。最後は辞世の句を読み上げて幕が閉じる。
切腹前に上野介の容態を聞いたとき、致命傷では無かったと聞いてがっかりする内匠頭に対し、伝八郎が年寄りなので傷は浅くとも回復は難しそうなことを言って慰める場面も打たれる。

■ 「最後の大評定」

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内匠頭が切腹した一ヵ月後、赤穂城の明け渡し期日が迫り、お城では家臣が籠城か開城かで揺れ動いている。
家老の大石内蔵助(幸四郎)の玄関先。嫡男松之丞(巳之助)は評定を決めない父を心配している。そこへお城を追われ下野した一徹者の井関徳兵衛(歌六)子息紋左衛門(種太郎)が内蔵助の次男と娘を追いかけて現れる。お家大事と駆けつけた徳兵衛を指差したという因縁をつけて。この場を納めて玄関先でお酒をいただくことに。強情ものの徳兵衛とおどおどしたしかし健気な紋左衛門親子の対比が見もの。
舞台は大石邸内部へ。態度をハッキリさせない内蔵助にやきもきしながらも主人を信じる妻おりく(魁春)の毅然たる態度が光る。日和見の年寄り家臣を送って内蔵助(幸四郎)が現れるが思うところが有っての事とうろたえる事無いように申し付けるところが次の展開を予測させる。
玄関先に戻り、登城する内蔵助に徳兵衛は藩士と共にすることを申し出るが断られる。二人は幼少のころからの知り合いであり、徳兵衛の気持ちをよく知る内蔵助が苦悩して断る場面。

城内。最初の評定に300人いた家臣も55人に減っていた。江戸からの上野介が浅傷ですでにほとんど回復との知らせを受け内蔵助は最後の大評定を開く。その場で内蔵助はその心中を明かさず一同に血判を求める。堀部安兵衛などは当初血判を保留するが内蔵助の心に主人の仇を討つ決心を感じ血判を押す。内蔵助が血判を迫る場面、開城するが各位は浪人となって生きることと言う言葉に仇討ちを汲み取るところが見せ場。
城外に出た内蔵助の前で切腹する徳兵衛に「天下の政道に反抗する」と決意を語り、無言で花道を去っていく。良く知るがゆえにその短気という欠点の後の憂いを絶つため仲間に加わることを拒否する内蔵助も、死を前にした友にはその心を語ったのだ。

幸四郎の内蔵助だが台詞が謡うようで弱々しく感じた。種太郎の紋左衛門は良く演じていたと思う。


■ 「御浜御殿綱豊卿」

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御浜御殿は今の浜離宮であり、綱豊卿は後の将軍家宣。当時は綱吉に将軍職争いで負け遊蕩に耽っていた。
御殿のお庭。兄から手紙を受け取った綱豊(仁左衛門)の寵愛を受けているお喜世の方は、兄富森助右衛門が浜遊びの見物を願い出てると申し出て綱豊に許される。綱豊は富森助右衛門が赤穂藩縁のものであることを知っており、今日の遊びの訪問者が上杉であり同行する吉良上野介の面体を確認するためと見抜いていた。こういうお大人の遊びの場面の仁左衛門はその色気のある目など秀逸である。
御殿の間。綱豊は学問の師、新井白石(勘解由)を呼ぶ。勘解由(富十郎)に浅野家再興について問う。しかし、武士道と言う観点から忠義を全うする仇討ちをさせたいと本心を語り勘解由から「しかり」との返事を貰い決意する。この富十郎は声に張りが無く台詞もこなれておらずどうしたのだろう。
綱豊は富森助右衛門(染五郎)を呼ぶ。下の席にこだわる富森助右衛門と綱豊の緊迫した丁々発止のやり取りが昼の部の最大の見所。その中で綱豊が内蔵助の京都での放蕩は世間の目を欺くためであると指摘したのに対し、助右衛門が殿様の放蕩も現将軍綱吉の嫉妬を買わないための偽装であると言い切って綱豊が刀を持って立ち上がる緊迫した場面が最高潮である。最後に綱豊が浅野家お家復興の請願は仇討ちの根拠をなくすと指摘して会見は終わる。この場面は仁左衛門の魅力たっぷりでファンならずとも満足いく演技であった。若い染五郎も声に不満があったものの感情の起伏の表現が好感持て頑張っていた。
最後の場面で上野介と確信した富森助右衛門が面をつけた踊り手を斬り付けるが、実は綱豊であった。綱豊は軽率な行動を叱り諭し舞台へと向かう。大義を持った仇討ちでなければならないのだ。
この編では、世間の目を欺く綱豊と内蔵助の二人を対比させ、新井白石を登場させ、富森助右衛門とのやり取りで赤穂浪士の状況を語り、仇討ちを武士道の名の下で正当化していく道筋が語られる。

ここまで昼の部。
如何にも殿様の梅玉の浅野内匠頭、不公平に怒り滔々と御政道を語る彌十郎の多門伝八郎、緊迫した仁左衛門の綱豊と染五郎の富森助右衛門が見所であった。

「江戸城の刃傷」の幕が降りて30分の休憩。通路で売っていた弁当をいただく。850円。暖かいお茶100円。
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昼の部が終わり一回外へ。15分もすると夜の部が開場だ。開場を待つ人だかりの中に身をおいてみる。役者の話が耳を通り過ぎていく。ボーとしている間に開場となった。


以下夜の部へ続く

[観劇・コンサート]
by AT_fushigi | 2009-03-22 14:38 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(0)

観劇2009年03月-KABUKI-歌舞伎座


歌舞伎に行くようになってから10年になりますが、初めての新歌舞伎でした。通しと言うことで昼と夜の部を続けて観ました。これも初めてです。昼夜切り替え時に15分ほど外に出ましたが、朝11時から夜9時まで歌舞伎座で過ごしました。疲れましたが有意義な一日でした。ますます歌舞伎が好きになりました。
少しでも雰囲気を感じていただけたらと思います。

■ 演目と役者

歌舞伎座さよなら公演、「三月大歌舞伎」
-- 演目:「元禄忠臣蔵」
   昼の部 江戸城の刃傷  /梅玉、彌十郎、進之介
       最後の大評定  /幸四郎、歌六、家橘
       御浜御殿綱豊卿 /仁左衛門、芝雀、染五郎
   夜の部 南部坂雪の別れ /團十郎、我當、芝雀
       仙石屋敷    /仁左衛門、彌十郎、染五郎
       大石最後の一日 /幸四郎、福助、染五郎
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独立行政法人日本芸術文化振興会「歌舞伎への誘い」によれば新歌舞伎とは、
------ 引用 -----
明治から大正にかけて、「狂言作者(きょうげんさくしゃ)」とよばれる歌舞伎専門作者ではなく、欧米の演劇や小説の影響を受けた外部の作者による作品が、近代的な演技・演出法に基づいて上演されるようになりました。理由として、「演劇改良運動(えんげきかいりょううんどう)」の影響で外部の人々が歌舞伎に関わりやすくなったことや、河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)の死後、有力な狂言作者が育たなかったことなどが挙げられます。これらの外部の作者による作品は、それ以前のものと区別して「新歌舞伎」とよばれます。代表的な作家としては、坪内逍遥(つぼうちしょうよう)・岡本綺堂(おかもときどう)・真山青果(まやませいか)・長谷川伸(はせがわしん)などが挙げられます。
------ 引用終 -----

終わってみればNHK大河ドラマや映画の時代劇から連想される歌舞伎のイメージがそこにあった。実際に歌舞伎を見るまでに持っていたイメージである。格調高い台詞で劇が進行する。また、大石内蔵助など実在の名前が使われている(江戸時代は戦国時代後期以降の史実を劇にすることを禁止していたため、それ以前に舞台を移し、役も由良之助のように別名となっていた)。古典歌舞伎の荒唐無稽は影を潜め、踊りやとんぼを切るなどのいわゆる「歌」「舞」「伎」要素は排除されている。猿之助のスーパー歌舞伎が古典の良さを継承しながら京劇を取り入れるなど新しいジャンルを築いたのとは異なる。それでも日本人の心に訴える演目が多く歌舞伎の近代化の中でのジャンルとして認められている。

「元禄忠臣蔵」は真山青果作で最初に最終編の「大石最後の一日」が1934年に歌舞伎座で初演され、その人気の勢いに乗って全10編が作成されたとのことだ。10編とは以下。今回はそのうちの(*)で示す6編。
  第1編 「江戸城の刃傷」(*)
  第2編 「第二の使者」
  第3編 「最後の大評定」(*)
  第4編 「伏見撞木町」
  第5編 「御浜御殿綱豊卿」(*)
  第6編 「南部坂雪の別れ」(*)
  第7編 「吉良屋敷裏門」
  第8編 「泉岳寺」
  第9編 「仙石屋敷」 (*)
  第10編 「大石最後の一日」(*)

本公演では大石内蔵助を團十郎、仁左衛門、幸四郎(夜の部の出場順)という豪華キャストで演じるのが話題となっている。また、染五郎の活躍も楽しみであった。

■ 幕前

歌舞伎座は老朽化が激しく(*)耐震性にも問題が出てきたため来年から3年かけての建て替えが始まる。2009年1月から2010年4月まで「さよなら公演」と名打ち、リクエストアンケートで選ばれた演目などを上演している。大人気のようで開場前には人が溢れている。また、多くの人がカメラや携帯で建物の写真を撮っている。

(*)歌舞伎座は「1889年創建。45年に東京大空襲で焼失したが、51年に再建された。文化庁の登録有形文化財。」とのこと。建て直し中は新橋演舞場で歌舞伎公演が行われる。
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朝は11時ギリギリで到着。昼食も買う時間も無く席に着く。1階の前から3列目で舞台が近い。実際途中から首が痛くなった。平日の午前中のためだろう周りは若い人が少ない。

■ 筋書
1,200円。歌舞伎会員なので100円の割引券あり。
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次回は舞台を紹介します。

[観劇・コンサート]
by AT_fushigi | 2009-03-20 17:40 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(4)

付録-「伊右衛門」-「かさねいろ豆巾着」


前に書きましたが健康のため水分を最低午前と午後それぞれで500mlずつ飲むようにしています。大抵「伊右衛門」か「爽健美茶」です。また、付録が溜まってきたので少し紹介します。

最近のものは先週から集めている「伊右衛門」の「かさねいろ豆巾着」です。

■ 付録情報
 -- 「伊右衛門」
 -- 「かさねいろ豆巾着」
 -- 全8種(収集8種)

「かさねいろ」は「衣服の色彩美からはじまった配色。四季の情景(植物など)をモチーフとして、色をかさねることであらわしました。「季」に対する、繊細な美的感覚がうかがえます。」

全8種が集まりました。

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  [付録一覧]
by AT_fushigi | 2009-03-17 19:29 | | Trackback | Comments(0)

加山又造展


終わった展覧会をアップするのは気が引けるのですが...

出張やら何やらで時間がとれず、最終日直前の3日前に駆け込んで鑑賞してきました。
金曜日の開館時間延長を利用して行って来ました。延長は結構便利だと思いました。
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■ 展覧会情報

「加山又造展 」
-- 国立新美術館
-- 2009年1月21日(水)〜3月2日(月)
    10:00~18:00(金:~20:00)
    休館:毎週火曜日
-- 当日 一般1,300円、大学生900円、高校生700円、中学生以下無料
-- 概要
    本展覧会では、加山又造の没後5年を節目として、初期のみずみずしい動物画から
    華やかな屏風画を経て晩年の水墨の世界に至る、輝かしい画業の全容を振り返る。
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■ 展覧会場

初めての金曜日の夕方の新美術館だったが、雨のためか落ち着いた感じで人気の展示かに有り勝ちのざわつきが感じられない。
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残念なのは地下鉄乃木坂駅からのアプローチでチケット売り場に屋根が無いこと。これは対策して欲しい。
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■ 図録

ポスターにも載っている「春秋波濤」が表紙、「月」の裏表紙。2,300円だったと思う。
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■ 作品(章とそのタイトルは展示会による)

入場すると度肝を抜くように「雪」「月」「花」の大作が掛けられている。これはこの会場だけの展示とのことであった(巡回先では展示は無いようだ)。
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第一章「動物たち、あるいは生きる悲しみ」
初期の作品は作家の色々な試みが見られます。各様式で共通するのは静寂な風景の中に悲しそうな動物が描かれ作家の心情が思いやられることである。
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第二章「時間と空間を越えて」
やがて古典的な絵画となる。
「奥入瀬」  
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ここには秋や冬など異なる時間と空間の風景や生き物が描かれている。
「春秋波濤」 
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「雪月花」  
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第三章「線描の裸婦たち」
突然自然描写から裸婦へ。しかしイラスト的な肉感を感じない女性はつまらなく見える。
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第四章「花鳥画の世界」
本骨頂。特に大好きな「夜桜」。しばし留まる。
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第五章「水墨画」
水墨画は線が細かく力強いが評価の分かれるところだと思う。
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第六章「生活の中に生きる美」
この企画は面白いが、作品が面白くない。省略。

■ 感想
最近日本画の展覧会が続いて嬉しい。また、関心も高く各会場とも予想以上の入りである。
加山の作品が変化していく様子がよく分かりこの企画展は大成功である。大作に圧倒され、商品の筆先を想像して楽しんだ。

4月17日から高松美術館にて展示と聞いている。是非御覧いただきたい。


[美術鑑賞2009]
by AT_fushigi | 2009-03-13 17:23 | 美術鑑賞・博物館 | Trackback | Comments(1)

中国出張2009年02月-第五日目-帰国


無事、フェリーターミナルSky Pierでチェックインし、空港ビルへバスで移動しました。ラウンジへ急ぐとサクララウンジへのエスカレータの上り口がいつもと違います。新しいフードコートができていたのでした。ちょっとお洒落っぽいコーナーです。
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イタリアン風のSEAFOODはおいしそうでした。
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お寿司コーナーもありましたが、今日はパスしてラウンジに駆け込んでゆっくりしました。
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さて、搭乗し離陸。食事前の飲み物はシャンペインにしました。
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機内食は
  口取り:豚肉西京焼き、蓬麩田楽、薩摩芋、小松菜お浸し
  強肴:鮪のたたき、霙ダレ
  お凌ぎ:手延べ素麺
  台の物:里芋煮、人参、蒟蒻、他
  俵ご飯、味噌汁、香の物
お酒はいつもの「天領」です。
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アイスクリームとコーヒーを味わっていると日が沈んでいきました。
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この日は機長が「本日はゆれが予想されており着陸一時間前にシートベルトサインが点く可能性がある」と2,3回繰り返していました。また、成田近くで「滑走路変更に伴う混雑で旋回して着陸許可を待つ」とのアナウンスがあり実際30分遅れました。
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帰宅後ニュースでNW機がゆれでで多くのけが人が出たと報道していました。

次の出張は米国サンディエゴの予定です。


完   [目次]
by AT_fushigi | 2009-03-11 23:46 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中国出張2009年02月-第五日目- 危うく乗り遅れ


朝食のときに予定変更しました。それまでは13:30のフェリーに乗るために12:30に乗り場に着こうと12:00ホテル出発にしていました。
それまでは要は2時間前までにチェックインすれば乗せてくれる。15:00のフライトなので13:00までにチェックインすればいいだろうという考えでした。
フェリーの案内にチェックイン荷物がある場合は1時間前、無い場合は30分前とあったので12:30着としました。
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朝食後、何気なく15分予定を早めることにしました。予感があったわけでもないのですが。これが幸いします。

11時45分にホテルを出て、フェリー発着場に着いたのが12:05ごろ。早いなと話しながらチケット売り場に行ってe-チケットを見せました。すると窓口のお姉さんが12:15のフェリーに乗れと言うのです。時計は12:10を過ぎているし、13:30でいいよと言っても結局12:15のフェリーのチケットを発行して「チェックインしないですぐフェリーに乗れ」と言うのです。

私だけ15:00のJLでほかの人は15:20のCXなので私だけかと思ったらほかの人も同じ状況でした。でも緊急度が分からずどうしようかと話しながらフェリーの改札へ。
すると改札の人は航空会社のチェックインへ行けと言います。「窓口ですぐ乗れと言われた」と説明しても「チェックイン」と繰り返すのでチェックインカウンターへ。
カウンターの人はe-チケットを一目見るなり「香港空港でチェックイン、フェリーに乗れ」と言います。
改札口に戻るともう閉まっていました。「チェックインカウンターで乗れと言われた」と言うとなんと開けてくれました。もう12:15は過ぎていました。CX組はその時もカウンターで次の便でゆっくり行きたいと交渉していました。CXは15:20なので13:30でも約2時間前だから交渉できるのかなと考え私だけフェリーに向かいます。

出国手続きをしていると白人が一人私の後から来ていました。出国審査官が笑って質問も無く処理していたので、毎日同じ光景なのかもしれません。フェリーに乗船したのは12:20を過ぎていました。しばらくしてCX組も乗ってきました。

空港のフェリー発着場(Sky Pier)でチェックインしながらカウンターの人に聞くと13:30では乗せてくれなかっただろうとのこと。Sky Pierに出発2時間前に到着する便で無いと乗船できないとのこと。深圳のように本土でチェックインできる場合は1時間30分前に緩和されるとのこと。結構厳しいとの事でした。

深圳-香港国際空港の乗船時間が30分なので、深圳でチェックインする場合は2時間(1時間30分+30分)、香港国際空港でチェックインする場合は2時間30分前より早いフェリーに乗らなければならないのです。15:00のJLに乗るには13:00以前、15:20のCXに乗るには13:20以前のフェリーとなります。13:30には乗船できないのです。まあ、実際そうなったかどうかは分かりませんが。

このことが書いてあるHPです。
香港国際空港。CXはこれにリンクしています。
http://www.hongkongairport.com/eng/transport/transport-connection-with-mainland-china/ferry-transfer/service-at-a-glance.html
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JAL 「香港フェリー乗り継ぎサービス」。(クリックで読みやすく)
http://www.jal.co.jp/inter/airport/asia/hkg/ferry.html
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ANA 「珠江デルタ各都市とのフェリー乗り継ぎサービスについて」。(クリックで読みやすく)
https://www.ana.co.jp/int/ground/access/skypier/index.html
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ANAのが分かりやすいし、「お乗りいただくことはできません」とはっきり書いてあります。

1時間早いフェリーに乗ったので空港でたっぷり時間ができました。でも、疲れを感じたのでラウンジへ。


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by AT_fushigi | 2009-03-09 02:12 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)

中国出張2009年02月-第五日目-飲茶の朝食


帰国のフライトはお昼過ぎなので朝食はホテルではなく外に出て取ることにしました。米国人は嫌がって、日本人二人で出かけました。
ホテルで聞いていたレストランです。昨日の南山大道と創業路の交差点近くのレストランです。

■ お店情報
「海誠大酒楼」南山店
-- Address: 深圳市南山区南海大道创业路口保利大厦1-4楼
-- Telephone: 0755-2645 8686
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■ 食事
入り口は交差点角。残念ながら外観の写真撮り忘れ。
2階に案内されて座る。ここは一切英語が通じないがメニュー一覧から想像する。今回は写真を見て決める。
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安全パイばかりになってしまった。
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昨日のお酒も多少残っていたためかこれで結構おなか一杯。っと、フロアスタッフがメニューに留められたピンク色の紙切れを指す。手振り身振りで今日の一人向けお得な、サービスメニューのようだ。一品3.8元(55円)。次回はこれ狙い。
これを見て、最後に坦々面で〆。
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お茶も入れて、全部で50元くらい。一人25元(350円)。

この後、出発まで時間があったのですが虫が騒いだのか出発を15分はやめてマージンを持つことにしました。これが大正解。元の出発時間では大変なことになったかもしれなかったのです。


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by AT_fushigi | 2009-03-08 13:48 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)