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中国出張2009年12月(I)-第四日-武漢-北京、Q-LUNCH


朝6:30からの朝食を頂きます。このホテルの朝食は結構いける。
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お粥と野菜炒めと点心です。奥のソーセージみたいなものはこの地方のものでシェフお勧めとありました。中は小豆餡で外は芋のようでした。
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小雨の中、朝の武漢空港に到着。
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航空会社毎にAウィングとBウィングに分かれます。
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ウィングごとにカウンターが島になっていて、裏表です。
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カウンターの案内も親切です。
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カウンターはテキパキ対応していて気持ちが良いです。
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Aウィングのセキュリティチェック。と抜けて振り向いたところ。
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Aウィングです。そこで0.15元/分(=2円/分)という携帯電話(3G)の広告を見つけました。中国も携帯電話の競争が激しいそうです。
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外を見ると霧雨の中作業が行われています。
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ゲートです。
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無事離陸し、機内では朝食兼お八つとしてビスケット一袋が出てきました。コーヒーを頼みましたが砂糖・クリーム入りの一種類しかありません。スティックのインスタントコーヒーを飲んだ感じですが、なぜかこの甘さが癖になりそうでした。
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北京空港に到着。霞んでいるのは小雨のせいでしょうかスモッグのせいでしょうか。
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タクシーでホテルへ。大学町のホテルのようです。
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午後の打ち合わせに時間がないということでクイックランチ。前にも着たことのある「上島珈琲」です。おそらく、日本の上島珈琲ではないほうだと思います。
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牛と椎茸のオイスターソース炒め弁当を頼みました。
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珈琲は面白いサイフォンで供されました。右の銅の入れ物に水をいれ蓋をしてアルコールランプで温める。沸騰すると蒸気に押されてお湯が左のコーヒー豆の入ったガラスの器に移り珈琲ができる、銅の入れ物を暖めるのをやめると圧力が下がり珈琲が戻ると言う仕組み(うまく説明できたかな)。皆興味深く見ていましたので時間を忘れてしまい、大急ぎで店から訪問先まで急がなければなりませんでした。
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そうそう、上島珈琲では従業員募集中でした。
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by AT_fushigi | 2010-01-30 17:02 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)

中国出張2009年12月(I)-第三日-Dinnerその後お茶


Dinnerは前に行ったことのある日本人デザインの中華料理レストラン「四季」です。
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白を基調としています。
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メニューを見るとちょっとだけ高目かもしれません。
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クラゲ。大振でコリコリ。
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昨日空揚げで食べた魚の揚げ煮。空揚げのほうが香ばしくてよかったが、揚げ煮も悪くない。
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豚バラのトロトロ煮。
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キャベツなどの浅漬け。中国人には珍しい?
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蟹蒲鉾のスープ。何かだなあ。
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中国ブロッコリーの炒め。
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海老のフリット。
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麻婆豆腐。日本の麻婆豆腐。
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さつま揚げ風。
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炒飯。
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魚を開いての煮物。
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肉団子スープ。
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ひき肉の海苔巻き揚げ煮。
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渡り蟹の甘辛煮。
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海老の炒め煮。
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鶏とパイナップル煮。
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パイ皮のような中は蕪のデザート。
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蒸し菓子。
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中国の人には新しい料理なのでしょう。でも、日本人を連れて行くところではないと思います。
お客は若い人とくにカップルがほとんどでした。お洒落なお店と言うことなのでしょう。
(クックパッドにあるような料理が多いと思いました)

夜の工業団地の中心地。
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ホテルのロビー、ビールでも飲もうかとみんなで見回すと茶房がありました。
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ウーロン茶をいただくことに。
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お茶の友は南瓜の種などです。
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小さな湯飲みにお茶を注ぎ、大きな湯飲みで蓋をしてひっくり返します。
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そして、小さな湯のみを持ち上げると香りが広がります。そして、小さな湯飲みの香りを楽しんだ後お茶をいただきました。
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次々とほかのメンバーも加わりにぎやかなお茶になりました。

部屋に戻ると「晩安」”Good Night"。
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by AT_fushigi | 2010-01-29 21:51 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)

中国出張2009年12月(I)-第三日-深圳-武漢


早朝と言っても7時にホテルを出て深圳空港に向かいます。空港は青い光に包まれています。
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本人確認、セキュリティですが結構込んでいます。本人確認のカウンターの上に(見にくいですが)TVディスプレイがあるのですが、3Dでした。
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バスで飛行機まで移動しての搭乗です。
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機内で出た朝食です。この常温保存の牛乳は味がちょっとです。
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武漢空港から市の反対側にあるホテルまで外環高速ができて40分と便利になりました。いつもの中国らしい雰囲気のある、湖のそばのホテルです。ロビーは外人客を意識してツリー、サンタクロースやトナカイが飾ってありますが周りから浮いています。翡翠の船のほうが似合います。
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湖とは反対側の部屋でした。裏庭が見えます。
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昼食はビュッフェです。テーブルにもツリーが...
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この後、顧客訪問です。


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by AT_fushigi | 2010-01-28 23:00 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中国出張2009年12月(I)-第二日-食事


夕食のみ報告。天気も悪く雨が降りそうなのでホテルから歩いていける近くのレストランです。

叩ききゅうり。
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豆腐の肉詰め。
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スープ。漢方薬の味がして冬虫夏草が一本入っていました。
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おそらく血のソーセージだと思うのですが。
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鶏煮込み。
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内臓系の湯でもの。この系統は美味しい。
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中国ブロッコリーの炒め物。文句なし。
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豚の足首。さりげなく。
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白身魚の清蒸。
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by AT_fushigi | 2010-01-27 18:34 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中国出張2009年12月(I)-第一日-食事、こんな価格


夕食はホテルのレストラン。
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約束の時間より早く行ったのでメニューを撮りました。メニューにあるREGULARが大体4-6人くらいでシェアする量でその価格だそうです。このREGULARで人数の1.5-2倍の数の料理を基準に多少を判断してオーダーしているといっていました。人数が多いときは量を1.5倍(価格も1.5倍)とかに調整してもらうそうです。日本人は小食なので考慮するといっていました。実はアメリカ人はもっと食べられない。この日もアメリカ人2人はホテルのスポーツバーに行き、食事はハンバーグだったそうです。
閑話休題。
大体の料理が40-70元(600-1,050円、15円/元として)。スペシャルはピンきりで100-400元(1,500-6,000円)、高いのは500元以上、時価もあります。料理の費用は大体一人100-200元(1,500-3,000円)と言っていたので大体イメージが合います。これは高級料理店での話し。学生の生活費400元、最低賃金1,000元を考えれば100元の夕食は贅沢です。
一般料理の例。豆腐をきれいにリング状に並べた料理は48元(720円)、秋の各種茸とビーフのオイスター炒めは68元(1,020円)。
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スペシャルでは金木犀とフカ鰭の炒め物は128元(1,920円)、貝柱と茸の豆豉炒めは時価。
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葱と海鼠のオイスター炒めは238元(3,570円)、渡蟹とビーフンのキャセロールは時価。
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ふかひれは高級品でスープの違いで338元(5,070円)と680元(10,200円)です。さらに、下のほうには一人当たり138元(2,070円)と368元(5,520円)のふかひれもあります。
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ちなみに、高級ふかひれは気仙沼産、高級貝柱も青森産、海鼠も日本産とと聞いています。こういう輸入品は高いようです。

料理です。6人分です。
突き出しは大根とピメントのピクルス、のれそれのピリ辛、豚の耳とキュッキュという食感の野菜。
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鶏のスープ。
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クラゲときゅうり。大振でコリコリしています。
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北京ダックとマンゴー
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木耳と海老の炒め物。これは評判で2皿出てきました。日本人が喜ぶメニューのひとつだそうです。実際、プリプリ海老と木耳は味、食感とも美味しい。
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川魚の空揚げ。鮎のような独特の香りがする。一人2尾でアレンジ。
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豆腐と生北寄貝の鍋。姥貝(乾燥した北寄貝)のスープかもしれない。濃厚なスープとあっさり貝と豆腐。
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すね肉のトロトロ煮。
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オコゼのような魚の清蒸。プリプリして美味しい。
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野菜のスープ煮。
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各種茸とビーフのオイスターソース炒め。
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ふかひれ炒飯。
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木の実を巻いた餅。
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餃子。時々餃子が最後に出てくる。日本人には違和感があるようです。
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お酒はいつも通り青島ビールから紹興酒、古越龍山8年もの。

おなか一杯になって、部屋に帰りシャワーを浴びたら即寝てしまいました。

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by AT_fushigi | 2010-01-25 15:16 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)

中国出張2009年12月(I)-第一日-羽田新国際ターミナル(建築中)、ANA My Choice


羽田出発、上海・虹橋経由深圳。

浜松町からモノレールを利用しました。羽田空港の新しい国際ターミナルの建設も進んでいます。ターミナルへのモノレールのレールも見えます。向こうに第一ターミナルが見えます。
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羽田空港の現国際ターミナルに着くと新ターミナルの横断幕がありました。下の拡大写真の左上の海岸線沿いをモノレールが現在は通っており、一枚目の写真はそのあたりから撮ったものです。
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搭乗。北日本・日本海側・西日本が雪などで飛行ダイヤが乱れているようで1時間遅れで出発です。
実際の雲ですが、八ヶ岳など日本の背骨より北は雲に覆われています。伊吹山からは雲で覆われずっと雲の上を飛んで上海に着きました。
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”ANA My Choice"の案内。エコノミークラスで有料でビジネスクラスで出されるワインやお酒、軽食を有料で楽しめるプログラムです。今は割引セール中です。割引しても私には使いたくなる価格設定ではありません。特に、おつまみは別売または有り無しで異なる価格にしてほしいです。
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食事はエコ食ですが十分です。飲み物は白ワインです。
  前菜:帆立貝のスモーク、かじきのスウィートチリ風味、ビーフのパストラミ
  メインディッシュ:いなだ照り焼きと蟹ごはん
  和風味:なめこうどん
  デザート :カスタードプリン
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虹橋空港も3回目になるとトランジットにも慣れました。上海万博のオブジェの後ろが本人確認とセキュリティです。手前の赤いテープで10人程度づつ仕切り、体温を測って中(本人確認とセキュリティ)に入れます。
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機内食です。ビーフハムのサンドイッチ、アーモンド、甘梅干、スナックと果物。梅が甘酸っぱくてパクパク完食です。
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深圳に着く頃日が沈んで行きます。
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深圳からタクシーでいつものホテルに移動しました。


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by AT_fushigi | 2010-01-24 09:48 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中国出張2009年12月(I)


中国縦断の出張です。といっても、深圳-武漢-北京と3ヵ所ですが。距離的には福岡-東京-北海道という感じです。出発日には湿った雲が中国大陸から日本まで覆い始め、中国では曇りか雨の天気でした。

第一日:東京・羽田(HND) -- (NH1281) --> 上海・虹橋(SHA) --
          -- (FM9375) --> 深圳(SZX) 泊
第二日:深圳泊
第三日:深圳(SZX)@8:45 -- (CZ3953) --> 武漢(WUH) 泊
第四日:武漢(WUH)@9:00 -- (MU2451) --> 北京(PEK) 北京泊
第五日:北京(PEK) -- (NH1286) --> 東京・羽田(HND)

中国出張2009年12月(I)-第一日-羽田新国際ターミナル(建築中)、ANA My Choice
中国出張2009年12月(I)-第一日-食事、こんな価格
中国出張2009年12月(I)-第二日-食事
中国出張2009年12月(I)-第三日-深圳-武漢
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中国出張2009年12月(I)-第四日-武漢-北京、Q-LUNCH
中国出張2009年12月(I)-第四日-Dinner
中国出張2009年12月(I)-第五日-帰国



中国ではクリスマスはまだ一般的ではないとのこと(正月も旧正月なので年末は普段通りだそうです)。外国人が泊まるホテルではすでにサンタさんの準備完了。トナカイも待っています。
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by AT_fushigi | 2010-01-23 14:21 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

散歩2010年01月-雷門・浅草寺


浅草公会堂で開かれている若手の歌舞伎公演を見たいと思っていたのですが、ある日の午後がぽっかり明いたのでインターネットでチケットを購入して行ってきました。
ついでに浅草観音に初詣をして行くことにしました。この記事は地下鉄の浅草駅から浅草寺に寄って浅草公会堂までの道すがらです。


地下鉄の地図を見て駒形橋のたもとに出る。横断歩道を渡って隅田川に架かる吾妻橋方面を見た。水のある風景は落ち着く。キントンのオブジェの右向こうに建築中の東京スカイツリーが見える。
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駒形堂。昔は浅草寺参拝者はここに上陸したとのこと。このため昔は川に向かって建っていたが、数年前の建て替えの時反対に向けたとのこと。
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駒形橋と吾妻橋から見た逆光の駒形橋。
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吾妻橋のたもとに人が並んで橋の下を見ている。覗くと隅田川の河岸整備工事で水上バスの停留所のところを埋め立てている。一人水に入ってコントロールしながら上からクレーンが砂を落としている。これを飽きることなく眺めているのだ。
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雷門方面へ横断歩道を渡っていたら丁度レトロバスが通った。東武鉄道の浅草駅が見える。
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浅草通りの商店街アーケードへ入る。新春浅草歌舞伎のポスターが貼ってある。
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雷門だ。お馴染みの大きな提灯。まだ、松下電器とかいてあるが...
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仲見世とその裏側。
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宝蔵門と提灯。五重の塔。
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本道は平成の大営繕中(平成22年11月まで)で屋根は工事用の覆いで覆われている。
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ご存知大香炉のけむり。無病息災をお願いして被って来た。
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初詣を済ませて、伝法院通りを進む。この江戸切子のお店が健在なのを見て何故か安心する。実は一度も買ったことは無いのだけれど。
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胡麻油を使った黒い天丼で有名な「大黒家」の裏に浅草公会堂が見えてきた。伝法院の扉も健在。
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この後、浅草歌舞伎を見に公会堂に入った。




浅草寺のHPから縁起を引用する。


浅草寺縁起(由来)

 時は飛鳥時代、推古天皇36年(628)3月18日の早朝、檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)の兄弟が江戸浦(隅田川)に漁撈(ぎょろう)中、はからずも一躰の観音さまのご尊像を感得(かんとく)した。郷司(ごうじ)土師中知(はじのなかとも:名前には諸説あり)はこれを拝し、聖観世音菩薩さまであることを知り深く帰依(きえ)し、その後出家し、自宅を改めて寺となし、礼拝(らいはい)供養に生涯を捧げた。
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本尊感得の図(「浅草寺寛文縁起絵巻」より)

 大化元年(645)、勝海上人(しょうかいしょうにん)がこの地においでになり、観音堂を建立し、夢告によりご本尊をご秘仏と定められ、以来今日までこの伝法(でんぼう)の掟は厳守されている。
 広漠とした武蔵野の一画、東京湾の入江の一漁村にすぎなかった浅草は参拝の信徒が増すにつれ発展し、平安初期には、慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)さま(794~864、浅草寺中興開山・比叡山天台座主3世)が来山され、お前立のご本尊を謹刻された。
 鎌倉時代に将軍の篤い帰依を受けた浅草寺は、次第に外護者として歴史上有名な武将らの信仰をも集め、伽藍の荘厳はいよいよ増した。江戸時代の初め、徳川家康公によって幕府の祈願所と定められてからは、堂塔の威容さらに整い、いわゆる江戸文化の中心として、大きく繁栄したのである。かくして都内最古の寺院である浅草寺は、「浅草観音」の名称で全国的にあらゆる階層の人達に親しまれ、年間約3000万人もの参詣者がおとずれる、民衆信仰の中心地となっている。
by AT_fushigi | 2010-01-22 15:16 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)

2009年12月-KABUKI@京都南座


念願の京都南座、吉例顔見世興行です。

この日は午前中に、嵐山・常寂光院、大河内山荘を周り、午後から青蓮院の御開帳を見て南座観劇と欲張った日程。
夜の部です。京都恒例の顔見世ですが、チケットが取りにくい事と25,000円と高額なので中々勇気が要ります。

■ 公演

  京の年中行事當る寅歳「吉例顔見世興行」 東西合同大歌舞伎
  夜の部 午後4時15分~
    第一 天満宮菜種御供 時平の七笑
        /我當、進之介、亀三郎、亀寿、薪車、亀鶴、竹三郎、彦三郎
    第ニ 新古演劇十種の内 土蜘(つちぐも)
        /菊五郎、時蔵、菊之助、愛之助、権十郎、男女蔵、亀三郎、梅枝、
          團蔵、松緑、翫雀、梅玉
    第三 助六曲輪初花桜 三浦屋格子先の場
        /仁左衛門、玉三郎、左團次、翫雀、松緑、菊之助、
          愛之助、吉弥、宗之助、亀鶴、竹三郎、團蔵、東蔵、我當、藤十郎
    第四 石橋(しゃっきょう)
        /翫雀、愛之助

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■ 顔見世【かおみせ】とは (歌舞伎事典より)
-- 引用 --
 江戸時代の歌舞伎俳優は、各芝居小屋と1年契約を結んでいました。11月から翌年の10月までが契約期間です。ちょうど、球団と1年ごとに契約をする現在のプロ野球選手と同じ仕組みです。江戸時代の歌舞伎の一年は、11月から始まりました。
 顔見世とは、毎年11月の興行のことを指します。「うちの芝居小屋は、これから1年間この顔ぶれでやっていますよ」と観客に俳優の「顔を見せる」重要な行事なのです。顔見世の前にはさまざまな儀式がありました。また上演される作品には、『暫』を取り入れるなどの約束事も多くあります。観客もこの行事を楽しみにしており、初日前日の夜に徹夜をして入場することもありました。しかし幕末の頃から俳優の契約期間があいまいになり、顔見世はあまり行われなくなりました。
 現在でも顔見世公演はいくつか存在します。江戸時代とは違い、特別な儀式や約束事はありませんが、他の月よりも豪華な顔合わせで興行されます。中でも京都南座の12月公演は、最も歴史が古くて有名です。劇場正面には出演する俳優名が書かれた「まねき」と呼ばれる木の看板が掲げられ、通常の公演に比べ一層華やかな雰囲気にあふれています。その他、歌舞伎座の11月公演や御園座の10月公演も顔見世と称して上演されています。
-- 引用 --

■ 座館

南座は阿国歌舞伎発祥(1603年)の地、四条河原で7つあった櫓(歌舞伎小屋)の内で生き残った唯一の劇場。四条通りの南にあったので南座と言う。現在の建物は1929年に竣工し、1991年に外観を残して内部を全面改修し、最新設備を導入した。

通りの反対から南座正面。大屋根に、歌舞伎小屋の象徴櫓(やぐら)と梵天が掲げられている。
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お風呂屋さんでおなじみの唐破風(からはふ)を有する建物で桃山封破風造りと言うらしい。破風の軒下には、「吉例顔見世興行」独特の「まねき」が掲げられている。「まねき」は役者の名前と紋が「勘亭流」という独特の書体で書かれている。
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人でごった返した入り口に行く。まねきを下から見上げる。
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絵看板も演目が多いので圧巻だ。
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演目看板。
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入場する。

上手の様子。緞帳は「牡丹唐草段文様」というそうだ。見難いが2階席のところに提灯(ちょうちん)がずらり並んでいる。
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中央はもちろん緞帳が掛かっている。天井は「格天井」という格子状の文様。そして特徴的なのは舞台の上には唐破風があること。これは昔芝居小屋は舞台の上だけ屋根があったという面影を残そうと言うことらしい。
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下手。南座は歌舞伎座などと同じく3階席まである。3階席正面付近は大向こうと言われ、「〇〇屋」「待ってました」とか声が聞こえる席。大向こうの声が歌舞伎の雰囲気を盛り上げる。ここは安い料金なので、何度も見たいプロ級の観客が好んで座る席。もっとも顔見世始まって間もないこの日は1階からも多く声が掛かっていた。1回は1階席で見るのだろうか。
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舞台下手から観客席後ろまで延びた花道の出入り口、揚幕(あげまく)。南座の紋が染め抜かれている。
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■ 舞台

次々と豪華な役者が演じます。とはいえ、我當や菊五郎はちょっと苦手かもしれません。

私の目玉は仁左衛門、玉三郎の「助六曲輪初花桜」です。この二人の「助六」は、98年5月松竹座の仁左衛門の襲名公演だそうです。11年ぶりということです。そのころ、仁左衛門は孝夫を名乗っていて「孝玉コンビ」と言われていました。残念ながら、二人の「助六」は今回が最後かもしれないとも言われています。仁左衛門さんちょっと苦しそうです。
この二人以外の役者もこれでもかというくらいの豪華メンバーです。この演目だけでも京都まで来た甲斐のあったというものです。

幕が開くと、浅黄幕。吉原の夜回りが上手と花道から現れすれ違います。
っと、幕が落ちて揚巻(玉三郎)と白玉(菊之助)、意休(我當)が座っています。本当は花道からの花魁道中から始まるのですが、一演目あたりの時間の限られた顔見世だからでしょう。玉三郎の花魁のはくポックリ(三枚歯下駄)を斜めに傾けてまわしながら歩く姿を花道で観たかったです。また、酔って出てくる艶やかさも省略です。

しかし、聞きたかった「揚巻が悪態の初音」はさすが玉三郎、うっとりしてしまいました。きっぱりとした口調で高音で品格のある通る声。この花魁の「揚巻でござんす」という啖呵は玉三郎以外には考えられないくらいです。

これ以外にはくわんぺら門兵衛を左團次さん、新兵衛を藤十郎さんはピッタシはまっていました。しかし、二枚目の朝顔仙平役の愛之助はちょっと気の毒でもあり、似合わないかも。

顔見世は豪華役者が揃うので楽しいです。

最後は獅子の毛振りと大拍手の中今年の顔見世も閉じました。

■ その他

休憩時間にロビーに行くとご祝儀が並べられていました。玉三郎と仁左衛門など役者の名前と料亭や芸妓さんなど贔屓・送り主の名前が書かれています。玉三郎の衣装の製作を担当している佐々木能衣装のもありました。
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9時10分に幕が引くと一斉に出口へ。大混雑です。タクシーを拾えたが、運転手さんが無線で終わったことを知らせていた。渋滞するのでここを通らないようにするのだそうだ。

また来年これたらなあと...京都駅に向かいました。



[観劇・コンサート]
by AT_fushigi | 2010-01-21 00:15 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(0)

2009年11月-KABUKI@上海・蘭心戯院-昆劇


昆劇の質問をいただいたので解説です。後で観劇記録とマージします。

■ 昆劇について

私の知っている限り人民中国インタ-ネット版の解説記事が一番よかったと思う。マスメディアの記事なので無くなってはいけないので引用しておく。.....は私が勝手に削除した部分。


===== 引用開始 =====

『口承及び無形遺産「百劇の元祖」昆劇の魅力』


昆劇は、昆山腔、昆曲などとも呼ばれ、もっとも古い中国伝統劇の一つであり、
典型的な中国伝統芸術の代表でもある。
独自の魅力を備えた芸術のスタイルで、人々に広く愛されている。

「四方の歌は必ず呉門を祖とす」

昆曲と呼ばれるのは、江蘇省昆山一帯で誕生したことに由来する。昆山腔は、600年ほど前の元朝末期から明朝初期に生まれていたもので、当時の海塩腔や余姚腔、弋陽腔とともに、「明朝の4大声腔」と呼ばれる。明朝の万暦年間(1573~1620年)、昆曲の影響力は呉中(蘇州一帯)から江蘇省、浙江省の各地に及んだ。万暦末期に、「四方の歌は必ず呉門を祖とす」という現象が起こり、昆曲は明朝、清朝以来、戯曲の中でもっとも影響力を持つ声腔(歌の節回し)となった。.....
昆曲は川劇(四川省の地方劇)や?劇(浙江省の地方劇)、祁劇(湖南省の地方劇)、?劇(雲南省の地方劇)など数多くの戯曲の形成や発展に重要な影響を与えたため、「百劇の元祖」と尊ばれている。
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昆曲『牡丹亭』の杜麗娘(右・深窓の令嬢役)と小間使の春香(左・少女役)

完璧な芸術体系

昆曲には成熟した芸術としての表現の型がある。明朝の天啓年間(1621~1627年)元年から清朝の康熙年間(1662~1722年)末までの百数年は、昆曲が盛んに発展した時期である。この時期、昆曲の公演は活発になり、表現芸術はますます成熟し、唱(うた)・念(せりふ)や身段(しぐさ)、衣装、道具により工夫を凝らすようになった。役柄も細分化され、「生(男役)」「旦(女形)」「浄(敵役、暴れ者)」「丑(道化役)」などに分けられた。昆曲の芸術的な発展に伴い、役柄が細分化されたことで、より生き生きと人物が描かれるようになった。.....
宋・元以来の表現芸術をまとめ、系統的に「歌いながら踊る」という謹厳な表現スタイルを形成している。

昆曲の音楽と節回しにも特色がある。昆曲の音楽は「連曲体構造」、いわゆる「曲牌体」である。大まかな統計では、昆曲の曲牌(さまざまな曲調の総称)は1000種類以上あるという。よく使われるものとして、「憶秦娥」「山坡羊」「金梧桐」「二郎神」「点絳唇」「掛枝児」「転調貨郎児」などが挙げられる。.....昆曲の曲調は繊細かつ滑らかで、「水磨き調」と呼ばれ、心地よい節回しでしみじみと心を打ち、柔らかく悠々と響きわたるのが特徴である。
伴奏の楽器は曲笛を主とし、笙、簫、チャルメラ、三弦(蛇皮線)、琵琶などが用いられる。歌うときには声をコントロールし、リズムに抑揚や緩急をつけ、正確に発音することが求められる。拍子は一般に使われる「一板三眼(4拍子)」「一板一眼(2拍子)」「流水板(4分の1拍子)」「散板(自由な拍子)」のほか、「贈板曲(4分の8拍子あるいは2分の4拍子)」などがある。発音に対する要求は厳しく、平声、上声、去声、入声の1つ1つにこだわり、非常に工夫された音となっている。.....
昆曲には独自の舞台の様式がある。舞台の美術設計は簡潔かつ変化に富み、情趣を重んじたもので、装飾効果の高いものとなっている。衣装は華やかで、「間違った着付けをするくらいなら、破れた衣装を身に着けるほうがましである」という言い方があるほど、着付けにも一定のきまりやこだわりがある。さまざまな隈取りや兜、冠、靴のほか、舞台用の旗、テント、扇子、ハンカチなどの道具もある。また、役者は衣装の袖口につけた長い白絹の「水袖」でさまざまな踊りの動きを描き出すことで、舞台における表現力を高めることができる。
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1917年に昆曲『牡丹亭・驚夢』を演じた希代の芸術家・梅蘭芳

伝承と発展

昆曲に秘められた偉大な芸術的魅力は、すばらしい表現力を備えた役者たちによって、代々受け継がれてきたということにもある。彼らは民間のプロフェッショナルの劇団、封建時代の官僚のお抱え劇団、または一部の「素人」の役者たちである。
昆曲はこれまでの長い発展過程において、多くの優れた劇作家を輩出し、大量の伝統演目や代表的な「折子戯」(本来通して演じられるもの中から、独立して上演される一幕)を残した。初めての完全な演目は、劇作家の梁辰魚が創作した『浣紗記』である。.....その後、明代および清代に、王世貞の『鳴鳳記』、高則誠の『琵琶記』、高濂の『玉簪記』、湯顕祖の『牡丹亭』、沈璟の『義侠記』、李漁の『風筝誤』、朱素臣の『十五貫』、孔尚任の『桃花扇』、洪昇の『長生殿』など、数多くの代表的な伝統演目が生まれた。昆曲の脚本は一般的に長編で、1つの演目で5、60幕もあり、2、3夜連続で上演するほどの長さである。
.....独立して上演できるよう、さらに充実した豊かな内容の短劇の演目に作り変えたものがある。たとえば、『西川図・蘆花蕩』『精忠記・掃秦』『拝月亭・踏傘』『牡丹亭・驚夢』『長生殿・埋玉』『白蛇伝・断橋』『宝剣記・夜奔』などである。
そして、時の流れとともに折子戯が生まれた。その演出は昆曲の歴史に重要な役割を果たし、大きな意味を持つ。.....昆曲の演技やしぐさ、音楽、節回し、衣装、道具などの芸術スタイルは、これらの演目が上演されることで伝承され、今に伝えられている。

(中国芸術研究院研究員、博士指導教官 何玉人=文・写真提供)

===== 引用終了 =====
by AT_fushigi | 2010-01-20 16:21 | 観劇・コンサート | Trackback | Comments(0)