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中国出張2010年09月(II)-第一日目-いつものようにスタート

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北京の出張は乗り換えがないので楽です。

朝の中央線高尾駅始発のNEXで成田へ。
良くなぜ羽田でないのかと聞かれますが、
(1)羽田便は成田便より早い便が多く、中央線からは家の出発時間が30分ほどしか変わらないこと、
(2)羽田へは通勤ラッシュ時間に掛かるのでバッグを持っての移動は大変
(3)中央線NEXのおかげで乗ってしまえば乗り換えもなく寝て成田空港に行けること
(4)羽田便の方がチケットが高いこと
などが理由で成田が多くなっています。最後のが会社事情では効いています。

成田第一ターミナル南ウィングの待合場所で何か工事中でした。
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いつも通りの蕎麦とお粥。
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今回の席は翼の上の窓席でした。
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富士山は雲がかかっていました。
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食事は写真でなぜか違和感があったのですが和食を頼みました。
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来てああ今月は2回目なのだと気がついた次第。前回の食事と同じでした。
  前菜:イカと帆立のスモーク、ハム、揚げ魚のトマト煮
  メインディッシュ:いなだの照り焼きと蟹ごはん、小飛竜頭の炊き物
  和風味: 冷麦、なめこと海苔を添えて
  北海道カスタードプリン
  ブレッドロール
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無事北京空港へ。JALが先に着いていました。
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Baggage Claimや税関をとおり地下のタクシー乗り場へ。このフロアは明るくしてほしいといつも思います。
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空港高速から四環(日本流には環四)を通り、鳥の巣とWater Cubeのそばを通り、このユニークなIBMのロゴのあるビルをパスすると定宿Vision Hotelです。
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今月2回目の出張もいつもと変わらず無事北京のホテルに収まりました。
この後、同行者がとんでもない提案をして忙しい日になります。


[2010.09.26]

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by AT_fushigi | 2011-08-31 23:03 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中国出張2010年09月-上海で一人をちょっと楽しむ

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この月2回目の中国出張です。
今回は上海での仕事の後一人で食事に出かけました。上海のイタリアンを試してみたかったからです。上海ならイタリアンも大丈夫かなと思いだしてきたのです。
また、次の日の朝、時間を見てホテルの周りのフランス租界をうろうろしました。

第一日目:東京・成田(NRT) -- (NH905) --> 北京(PEK)泊
第二日目:北京泊
第三日目:北京(PEK) -- (CA1557) --> 上海・虹橋(SHA)泊
第四日目:上海・虹橋(SHA) -- (FM9375) --> 深圳(SZX)泊
第五日目:深圳泊
第六日目:深圳 -- (BUS) --> 香港(HKG) --(NH910) --> 東京・成田(NRT)

第一日目-いつものようにスタート
第一日目-紫禁城を一時間
第一日目-ロシア大統領を見ずに王府井へ行く
第二日目-朝食・昼食
第二日目-夕食、オーダーも難しい
第三日目-上海へ移動
第三日目-上海クラッシックホテル
第三日目-上海のプライベートイタリアンディナー
第四日目-朝のクラッシクホテル
第四日目-朝の散歩
第四日目-上海から深圳へ
第四日目-Dinner
第五日目-早朝から仕事、遅い朝・昼食
第五日目-夕方新しくできたモールを散歩
第五日目-結局ホテルの隣のレストランでDinner
第六日目-バスで香港空港へ、そして帰国

番外-購入した本とCD



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by AT_fushigi | 2011-08-30 01:40 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中国出張2010年09月-第八日目-合肥から北京経由で帰国

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ホテルの朝食を取って空港に向かいます。
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タクシーの中に利用心得が貼ってありました。赤いシールです。一番目に「文明乗車」とありました。中国ではマナーを守ろうというキャンペーンは文明国になろうということで表現します。
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途中、行きたかった「三河古鎮」のバスが走っていました。
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合肥空港です。古い空港ビルです。
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出発ロビー。右の看板にも「文明行為公約」というのがあっていろいろな注意が書いてありました。
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11:00の北京行きです。チェックイン時間が9:30-10:30と指定されています。正在券票と言うのはチェックイン中ということです。
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チェックインカウンターですが時々割り込んでくる人がまだいます。「文明化」の必要があります。
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チケットとラウンジへの招待券です。久しぶりに荷物をチェックインしました。例の150mLの白酒が2本入っています。
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ラウンジではお茶とお菓子をいただきました。
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定時に出発。水平飛行になると直ぐに軽食が配られました。ハムのバーガーです。
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定刻に北京空港着。
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初めてのBaggage Claimです。Baggageが行李と書くとは。
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出発階のチェックインカウンターに。国内便は中国で購入したので合肥ではボーディングパスを出してもらえなかったのです。
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映画カンフーキッズにも出ていた龍のオブジェの傍を通って国際線エリアへ移動するターミナル3内シャトルトレインへ向かいます。
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途中に見たことのあるような像が。「咸陽」アピールの様です。
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国際線エリアにも。
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CAのラウンジへ。
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午後1時ごろなので昼食が用意されています。点心、麺類など。
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豪華なラウンジランチです。もちろんチンタオビールで。ここのビールは薄い「純生」ではなくOriginalです。
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搭乗、出発です。途中にターミナル間を結ぶシャトルの上をまたぎます。線路が見えますか?
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窓の景色も夕方となり着陸時はすっかり暗くなりました。
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小さな羽田空港の国際ターミナルでした。ここからバスで第一ターミナルへ移動しモノレールで帰宅です。
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今回の出張は初めて合肥を訪れました。深センや武漢とは違った町の雰囲気がありました。




[2010.09.14]


完    [目次]
by AT_fushigi | 2011-08-27 01:50 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中国出張2010年09月-第七日目-仕事の後の美味しい夕食

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ホテルの朝食です。
点心、お粥、野菜です。
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====== 午前:お仕事、お仕事 =====

ランチを挟んで丸一日の打ち合わせなのでカメラを持ち込めずランチの写真はありません。
お弁当でした。

====== 午後:お仕事、お仕事 =====

仕事がうまく行ったのですが疲れたので夕食は昨日と同じホテルから近いレストラン「徽粤情」です。
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アヒルの舌。
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クラゲ。
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白身魚と豆腐のスープ。
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海老の茹で物。
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牛(部分?)と大根の煮物。
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百合根、セロリ。
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ホタテの蒸し物。
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海鼠の煮物。
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鰈の清蒸。
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帰りに同僚と安徽の白酒「文王貢酒」の150mL、一本5元を買いました。
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飲み残しをお土産にしました。
この日もぐっすり寝ました。



[2010.09.13]


次へ(第八日目-合肥から北京経由で帰国)    [目次]
by AT_fushigi | 2011-08-23 22:29 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中国出張2010年09月-第六日目-ちょっとお散歩「逍遥津」

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合肥でお仕事。

仕事は午後3時半過ぎに終わり、顧客との夕食までのわずかな時間を惜しんで市内散歩。
実は合肥の南に三河古鎮という2500年前の姿が残っているという古鎮があるのですが夕食までに帰ってこれないので次回に(いつか分かりませんが)。

ここは「三国志」ファン必見の合肥の戦いで有名な逍遥津へ行くことにしました。合肥の戦いのWikipediaからの抜粋は文末に。


この古戦場は「逍遥津公園」となっておりタクシーを飛ばしました。
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公園入口付近は人であふれており、なぜか同僚が石榴を買いました。
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公園入り口の門(ここは南大門)の扁額には「古逍遥津」と書かれています。
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左右の獅子の顔に愛嬌があります。
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門をくぐると水路にかかる橋がありそこにも小獅子が。
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小さな橋を渡ると案内板が。しかし、張遼像や飛騎橋などの文字が見えません。
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歩き出すと直ぐに目の前に有名な張遼像が現れる。なかなか良い顔をしています。
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実はこの像のある通りは両側が児童公園となっていて、子供で溢れ張遼が気の毒なようです。もっとも子供を黙らせる時は「遼来来(張遼が来るよ)」と言うそうだから関係ないともいえませんが。
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しばらく直進すると「飛騎橋」の太湖石の碑が突然現れます。孫権が退却時外された橋の上を飛んだというところです。渡ると短く感じますが、横から見ると数mあり躊躇したのが分かります。
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湖(池)に沿って進み渡津橋を渡り逍遥閣へ向かいます。近くに小島があって衣装塚があるが渡れない。時間があればボートで近くまで行くことができるらしい。
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飛騎橋の方に戻り墓の方へ向かう。途中に「三国歴史文化館」が有りましたが時間がなくパス。
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張遼の墓の入り口です。
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道なりに進むと塚があります。「魏」、「張(なので次は遼か)」、「墓」の文字だけ読めます。この後進むと低い円錐型のお墓があったのですが電池切れとなってしまいました。
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この後、南大門に戻り、夕食のレストランへ向かいました。小一時間の観光でした。

夕食のレストランはホテルから徒歩圏内でした。「徽粤情」と言うところで、名前から安徽と広東の料理と思われます。
パワーオフに回復したバッテリーで4枚だけ写真を撮りました。
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ホテルに戻って、ホテルの近くの酒店から白酒を皆が買ったので私も買ってみました。良く寝ることができて朝すっきり目が覚めました。
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[2010.09.12]


次へ(第七日目-仕事の後の美味しい夕食)    [目次]


「合肥の戦い」(張遼のWikipediaから抜粋)

「建安20年(215年)8月、張遼は楽進や李典らと共に合肥に駐屯していたが、孫権が十万の大軍を率いて侵攻してきた。李典と張遼は元来不仲で折り合いが悪かったが、国家の危機にあって私怨は問わないとし、共同してこれに当たった。曹操は張魯を攻撃するため漢中に遠征していたが、護軍の薛悌により三将に文書で「張遼と李典は城を出て戦い、楽進は城を守れ」という指令を伝えていた。張遼らはこれに基づいて作戦を立て、楽進が薛悌と共に城を守り、張遼は李典と共に出撃して敵軍の出鼻を挫くことにした。夜中に敢えて自らに従うという精兵を選別し800人を集め、牛を殺して将兵に振る舞い、翌朝出撃した。

張遼は先頭に立って敵陣に突入し、敵兵を数10人殺し、2人の将校を斬り、孫権の将旗の近くまで迫ったので、驚いた孫権は戟を持って戦いつつ逃走した。張遼は孫権の軍勢が丘に逃げたのを見ると、孫権らに「下りてきて戦え」と怒鳴りつけた。孫権は張遼らの軍勢が極めて寡兵であることを見てとり、大軍をもって何重にも囲んだが、張遼は配下の兵と共に包囲を破って脱出した。しかし、この時張遼は逃げ遅れた配下の兵士達がいることに気付いたため、引き返して包囲の中に突入、配下を助け出し、さらにまた包囲を破って脱出した。この日、張遼らは半日間の間戦い続けたとされている。

この余りに苛烈な攻撃に、孫権軍はすっかり意気消沈し、この奮闘に勇気づけられて曹操軍の将兵は城を守り通した。結局、孫権は十数日間ほど合肥城を包囲したが、落す事はできずに撤退した。

これを見た張遼は、楽進らと共に城から出て追撃した。この時、孫権は最後衛で配下の武将らと共に撤退の指揮を執っていた。退路には川が流れており、逍遥津という橋がかかっていた。この時、逍遥津の北には孫権とその近衛兵千余人と、呂蒙・蒋欽・凌統・甘寧が残るのみであった。張遼は敵軍深く斬り込み、孫権軍は凌統が死にもの狂いで殿軍を務め、これに応戦した。孫権は命からがら橋まで退却したが、橋はすでに曹操軍に撤去されていたため、孫権は飛騎してこれを越えたと言われる。張遼らは凌統の配下の兵をほぼ撃ち破り、凌統は全身に傷を負いながらも、孫権が退却したことを知ると泳いで逃げた。

張遼は、この戦いの中で一時孫権に肉薄しながらも、孫権軍の陣容や隊列が自軍の攻撃で乱れ切っていたため、誰が孫権なのかは分からなかった。戦いの後、孫権軍の降兵から自らが目撃した「赤髭で背が高く、短足で馬を巧みに操り、騎射の上手い将軍」が孫権自身であったことを知り、楽進に「あれが孫権と知っていれば急追して捕まえられただろう」と言って、捕まえ損ねたことを惜しんだ。

呉側の記録ではこの戦いで孫権麾下の陳武が戦死し、徐盛は傷を負った上で牙旗を奪われ、賀斉がようやくそれを取り返している(「陳武伝」、「賀斉伝」)。張遼はこの戦功で征東将軍に任命された。」


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by AT_fushigi | 2011-08-23 02:40 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中国出張2010年09月-第六日目-ビジネスホテルのレストランでランチ

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急いで昼食です。ホテルのレストランです。
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ピーナッツと菜。
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茹で海老。
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鶏の炒め煮。
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木耳と野菜の炒め煮。
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青梗菜。
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蓮根とピメント。
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モロヘイヤの様な野菜。
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良く知っているスタッフは野菜を多くアレンジしてくれるので嬉しいです。


[2010.09.12]


次へ(第六日目-ちょっとお散歩「逍遥津」)    [目次]
by AT_fushigi | 2011-08-22 22:12 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中国出張2010年09月-第六日目-中国ビジネスホテル

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駅前の広場です。バスセンタとタクシー乗り場です。
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タクシー乗り場で売っていた地図。学生版とあります。5元出そうとしたらおつりがないと言っていたので安いのでしょう。同行のスタッフが払ってくれました。
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合肥の町も建築ラッシュです。気がつくと車が私の知っている町と違い普通の車種が多いです。つまりここは上手に発展しているのでしょう。
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顧客が予約した、顧客の出張者と一緒のホテルです。
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「華橋商務酒店」
いわゆるビジネスホテル、1泊朝食付き150元です。銀聯カードと現金のみです。
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興味津々で廊下を進みます。
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日本のビジネスホテルと余り変わりません。
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アメニティはシャンプー、コンディショナ、石鹸、歯ブラシ+歯磨き、櫛でした。
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インターネットがあるのはビジネスに必要だからでしょう。助かります。
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ランチを取ってお仕事に出かけます。


[2010.09.12]


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by AT_fushigi | 2011-08-22 17:40 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中国出張2010年09月-第六日目-武漢から合肥へ新幹線で

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ホテルで朝食です。
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お饅頭みたいなものは甘かったと思います。
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ホテルの傍の湖です。早朝の静かな落ち着いた雰囲気で気持ちが良かったです。
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今日は武漢から合肥へ中国新幹線で移動です。合肥は中国読みでHefei、安徽省の省都です。
Wikipediaによれば
「合肥の歴史は古く、紀元前3世紀に秦が合肥県を置き、九江郡に属した。
後漢末期に曹操により派遣された揚州刺史の劉馥が整備し、曹操と孫権の係争地となる。208年、赤壁の戦いの前後、孫権は10万の兵を率いて、百余日、合肥を攻撃したが、落とすことができずに撤退した。215年には魏の将軍である張遼が楽進、李典らとともに、まず精鋭騎兵800で奇襲を行い呉軍の気勢を削ぎ、その後も7千程度の兵力で合肥に篭り、呉の10万の大軍を相手に死守し、やがて撤退を完了しようとしていた呉軍に追撃をかけ、孫権を徹底的に追い詰めた(合肥の戦い)。その後も張遼は呉軍を一切寄せ付けず、「遼来遼来」の言葉を生んだ。
三国時代には魏の揚州経略の主要拠点となり、呉からの攻撃も止むことはなかった。230年代初頭に魏の満寵が老朽化した合肥城の北西側に「合肥新城(がっぴしんじょう)」を築城する。234年、呉の孫権が同城を攻撃してきた際には。これに対して魏の曹叡(明帝)が親征を行ってこれを撃退した(現在も同地に合肥新城遺址が残されている)。253年には呉の諸葛恪が攻撃するが、籠城の末にこれを撃退した。
その後隋代には合肥県に廬州府が設置され、明清時代まで続いた。このため廬州の別称でも知られる。 
1949年1月21日、国共内戦のさなか中国国民党軍を破った人民解放軍が合肥に入城、2月1日に県を廃して合肥市を建てた。1952年8月25日安徽省人民政府が正式に成立し、合肥市に駐在するようになった。
合肥の日本語読みについては、「ごうひ」が一般的であるが、三国志においては「がっぴ」と読まれる傾向にある。」

合肥は新幹線、武漢-上海線のほぼ中間にあり、武漢から357km、2時間半掛かります。最大速度250kmです。

武漢には、その名となった武昌駅、漢口駅と新しい武漢駅があります。今回は武昌駅発です。ローカル線を通って新幹線に繋がるのだと思います。
タクシーは西口に到着、トンネル通路を通って表口である東口に出ます。30分前に改札開始と聞いたのと初新幹線なので余裕を見て1時間も前に着きました。
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駅の入り口でセキュリティチェックがあります。
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チケットです。全車指定です。119元(約18,000円@15円/元)は距離のわりに高いと思います。
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表示板に従って改札口に向かいます。乗るD3012上海虹橋行き8:35発は1階(一楼)の動車組と言う改札口です。ここは中国新幹線の専用のようです。ちなみに列車は和諧号という名称です
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ちなみにローカル線の待合室は2階で行き先別に改札口が指定されていてその前に待合室があります。ここから跨線橋に出てホームに向かいます。
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30分前に改札が始まりました。5分前には改札口を閉じるとあります。
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プラットフォームは1番線で跨線橋を超えることなく直接ホームに出ます。
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車両はCRH2、日本の新幹線の技術を導入した車両です。
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時間通りに出発。
しかし、乗り心地はローカル線並です。とにかく揺れるのです。しかも、速度を増して250kmになっても数分と続かずひどい時は120kmまでスピードを落とします。カーブと起伏が多いのだと思います。
この路線は2005年開通で古い方です。まだ、技術が低かったのでしょうか。新幹線が如何に優秀かが良く分かります。
調べると日本の新幹線は開通1年間は最高速度210kmで東京-大阪間を4時間で営業していたのでそのレベルと考えていいのでしょう。5年は経っていますが改善するのでしょうか?
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社内の注意書きです。飛び込み乗車禁止が大きく出ています。
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山らしいところもなく農村地帯を走ります。
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合肥駅に到着です。
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地下通路を通って出口です。
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出口は学生でごった返していました。明日から新学期が始まるとのことでした。合肥は科学技術で北京に次ぐ大学町だそうです。
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合肥駅。タクシーでホテルに向かいます。
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[2010.09.12]


次へ(第六日目-中国ビジネスホテル)    [目次]
by AT_fushigi | 2011-08-22 15:52 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

海外旅行2011年08月-Itala-駆け足イタリア、Roma, Firenze, Pisa, Toscana, Venezia, Milano

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娘二人とイタリア旅行してきました。
6月末に会社勤めの娘が6日の夏季休暇に加えて2日間有給休暇を取れることになったのでイタリアに行きたいと言い出して急に手配しました。
いろいろあって娘二人と出かけることになりました。ちなみに息子は紀伊半島へ合宿がありそっちに行きたいということでした(イタリアより合宿か!)。

LHにマイルでチケットを取ってもらいました。こちらもいろいろあって大学生の娘がビジネスで残りはエコノミーで取れました。LHはGoldのCriterionは厳しいですが会員サービスはとても良いです。いろいろ有ったのですが対応していただけました。さらにアップグレードしてもらい全員ビジネスで帰国しました。

Romaに飛んでMilanoから帰国、後はレンタカー移動と決めました。ただし、RomaとMilanoに何日滞在するかが決まらず、レンタカーを予約したのは2週間前でした。traveljigsaw.co.jp(今、co.jpであることに気がつきました、今までBooking.com関係の海外のWEB siteだと思っていました。)へ飛んで予約しました。ここはいろいろな変更に対応していただけました。Maggioreというローカルのレンタカー会社に安く予約できました。

バチカン美術館(Musei Vaticani)は予約しておいた方が良いということでWEB予約。最後の晩餐は希望日は祝日(聖母被昇天祭、Assunzione della Beata Vergine Maria)で休館(ミサでしょう)、そこで帰国日の8時30分のTicketを取ったのですが、結局フライト時間の関係で安全を見てやめました。
ウフィッツィ美術館(Galleria degli Uffizi)の予約しようとして「The Uffizi Gallery and the Vasari Corridor」というツアーを見つけ予約。出発日に連絡があり8月10-12日(希望していた13日は無理)であれば取れるということで12日にしました。これでFirenzeへの移動日が決まりました。

Firenzeの後はPisa, Cinque Terre, (La Specia滞在), Portofino, Genovaを考えていましたが子供のVeneziaの声に負けました。結局Roma、Firenze、Venizia、Milanoと良くあるツアー旅行のようになってしまいました。

ホテルはRomaの2泊とMilanoの1泊は早くに決めていましたが後は出発直前や前日予約にしました。ミシュランのHPから飛んでBooking.comを利用しました。 Veneziaのホテル以外は前日キャンセル無料という使いやすさでした。

Tammyさんと会ったり、KazukoさんのB&B Galleria Ars Apuaに泊まったりと考えたのですが丁度イタリアの連休にあたるし、予定が定まっていなかったり毎日何が起こるか分からなかったので連絡しませんでした。申し訳ありませんでした。実際、Veneziaに行くことになったり、Firenze宿泊も一日早まったりと直前変更が起こりました。

第一日目:LH711: Narita (09:30) --> Frankfurt (14:20)
     LH236: Frankfurt (15:45) --> Roma (17:30)
     Roma観光、Roma泊
第二日目:終日Roma観光、Roma泊
第三日目:Siena経由Firenze移動
     Uffizi & Vasari、Firenze観光、Firenze泊
第四日目:Pisa、Toscanaドライブ、Firenze泊
第五日目:Venezia移動、Venezia観光、Venezia泊
第六日目:Milano移動、Milano観光、Milano泊
第七日目:LH271: Milano/Linate (10:35) --> Frankfurt (11:55)
     LH710: Frankfurt (13:40) --> Narita (17日(水) 07:40)

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by AT_fushigi | 2011-08-18 14:53 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)

中国出張2010年09月-第五日目-北京から武漢へ

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今日は武漢へ移動しての仕事です。

朝食はゆっくり頂きました。
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北京ターミナル3からの国内便です。
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天気が良い中、無事離陸。機内で軽食が出ました。
ハムを挟んだバーガーとサラダ、ヨーグルト、水です。
バーンは中国のパンでした。結構美味しく、面白い味でした。
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機内でビはデオ放送がありますが広告が入ると広告の放映残り時間が右上に出ます。
広告は自動車会社のものが非常に多く、飛行機に乗ることができる人たちに購入層が多いということでしょうか。実際、車はステータスだとのことです。
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同僚が昼食不要ということで、昼食は先ほどの機内食となりました。
確かに時々抜いた方がいいかもしれません。


===== 空港から直接訪問・お仕事 =====


仕事が終わり、ホテルへ向かう途中にタンク車が。「酒水车(酒水車)」とあります。
お酒か水を運んでいるのだろうということでした。給水車でしょうか。
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ホテルはいつものLake View Garden Hotelです。

「武漢湖浜花園酒店」
-- Address: 湖北省武漢市珞瑜路115号
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新学期を迎え、MBAの入学祝でもあるのでしょうか。
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このホテルは出窓と窓からの中庭の景色が面白いです。
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夕食はホテルで取ることにしました。
「海縁」と言いますが海が付いていますがここは潮州と広東料理のお店だそうです。
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中に入り、お店を取って受付にあった強壮酒を撮って席に着いたところでカメラへのダメ出しが出ました。
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料理は広東料理で美味しかったです。少し高めだと現地スタッフは言っていました。



[2010.09.11]


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by AT_fushigi | 2011-08-09 09:27 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)