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日々徒然-歳時記-Googleの遊び心_120530_ピーター・カール・ファベルジェ生誕166周年



今日は5月30日。なんの日でしょうか。

Google検索してみました?

イースターエッグによる”Google"ロゴです。
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触ると「ピーター・カール・ファベルジェ生誕166周年」
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クリックすると「ピーター・カール・ファベルジェ」を検索します。
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Wikipediaです。ファベルジェは、ロシアの宝石商でインペリアル・イースター・エッグでよく知られているとあります。
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インペリアル・イースター・エッグのWikipediaのページです。インペリアル・イースター・エッグはロマノフ朝のロシア皇帝アレクサンドル3世、ニコライ2世が、皇后や母后であるマリアとアレクサンドラのために、毎年金細工師のピーター・カール・ファベルジェに依頼して作らせた美しく精緻な美術工芸品のイースター・エッグだそうです。
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ロシア語のWikipediaからインペリアル・イースター・エッグの詳細な紹介をしているページへリンク(MIEKS FABERGE EGGS)できました。
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1885年から1917年の間に50個贈られ、8個の所在が分からないそうです。また、1917年にも2個作られましたがロシア革命が起こり贈られることはありませんでした。
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記事の中からいくつか紹介します。
最初のエッグ(1885年)
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1894,5,6のエッグは最も美しく感じました。
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1900年のパリ万博で展示されたエッグ。同年作られた今はオルセーのメインロビーを飾る大時計にヒントを得たのではないかと推測しています。
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1915年の赤十字エッグ。1914年に勃発した第一次世界大戦ではアレクサンドラは赤十字に携わりました。元々ロシアの赤十字は1877年に起こったロシアとトルコの戦争の時マリアが興したものでした。
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1916年マリアの贈られた最後のエッグ。
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1917年マリアに贈られるはずだったエッグ。
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この収集は素晴らしいです。皆さんもいろいろなエッグを見てください。


[2012.05.30]

Googleの遊び心[一覧]  
by AT_fushigi | 2012-05-30 19:04 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

タイ出張2011年04月-週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-ワット・ポー



ワットポー(Wat Pho)は「菩提寺」と言う意味で正式名称はワット・プラ・チェートゥ・ポン・ラーチャ・ワ・ララーム(Wat Phra Chettuphon Wimon Mangkhlaram Ratchaworamahawihan)です。1788年にラーマI世によって建てられたバンコク最古の寺院です。約80,000平方メータの敷地で、チェトゥポン通りで南北に分かれています。本堂、礼拝堂やマッサージなどは北側にあり公開されています。南側には庫裏などがあるとのことです。
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1767年にアユタヤ王朝がビルマ軍により滅ぼされました。この時アユタヤの王族の遺骨を安置していた寺院ワット・プラ・シー・サンペット(Wat Phra Si Sanaphet)が破壊され16mの黄金の巨大仏(立像)が略奪されてしまいました。
ビルマ軍が退却した後、新たに王となったタークシンを倒して王となったラーマI世はりラタナコーシン王朝を首都をバンコクにして興します。ラーマI世はアユタヤの「再生再興」を目指しました。王宮の工事は1782年から始まり、1788年には王宮の南にあったワット・ポーターラーム(Wat Phodharam)という寺院を王族の寺院とするために大改修を行いました。この工事は2年5ヶ月と28日掛かり、寺の名称をワット・プラチェートポンウィモンクラーワート(Wat Phra Chetuphon Vimolmangklavas)としました。ラーマIII世の時代に再度の大改修(増築)があり16年7ヶ月掛かったそうです。この時巨大涅槃像が制作されました。ラーマIV世が今の名称ワット・プラ・チェートゥ・ポン・ラーチャ・ワ・ララームにしました。
ラーマI世はアユタヤ再興の一環としてアユタヤで発展したタイの伝統薬方の処方箋をこの寺に集め、伝統医療の伝承者であるルーシーの像を置きました。ラーマII世はそれを拡充し、ラーマIII世は大改修にあたってこの寺を伝統芸術・技術の伝道の場所にしました。特に伝統医療の総本山の位置づけとしルーシー像も新たに80体置かれました。

さて、混雑を避け寺院を南北に分けるチェトゥポン通りから入ります。一人50バーツでした。入るとすぐにあるのがラーマ1世によって建立された本堂です。本堂は、2重の回廊に取り囲まれています。回廊を垂直につなぐ形で礼拝堂が東西南北に配置されています。
南の礼拝堂(Vihara)です。
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南の礼拝堂に祀られているのは五比丘(弟子)に初めての説教を与える御釈迦様だそうです。
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2重の回廊の間には多くの仏塔(Chedi)が置かれています。ここは寄進すれば一般人でもChediを建てられ遺骨を納めることができるそうです。
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回廊の中には金色に輝く多くの仏像が置かれています。内側の回廊に150体、外の回廊に244体だそうです。
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本堂(Phra Uposatha)に入ります。本堂の中には忘我の境地の釈迦(Phra Buddha Deva Patimakorn)が3階層からなる台座に座っています。その台座に下にラーマI世の遺灰があるそうです。
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本堂から出るとコーナーにプラーン(prang)が置かれています。写真ではちょっと見ずらいですが右のヤシの葉の向こうの塔です。
また、西の方角に大きなChediの上部が見えます。
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外の回廊を出て北側を西に進むと先ほど見た大きなChediが見えてきます。ラーマI世はここにアユタヤのビルマ軍に破壊されたワット・プラ・シー・サンペット(Wat Phra Si Sanaphet)を再現しようと王族の為に高さ42mの大きなChediを建てました。Phra Maha Chedi Si Rajakarnと言います。ここにはラーマI~IV世のChediで遺骨が納められているのです。写真のどれかは分かりませんが奥の大きなChediです(手前のは他の王族のChediだそうです)。
  ラーマI世の緑のモザイクのPhra Maha Chedi Sri Sanpetdayarn
  ラーマII世の白のモザイクのPhra Maha Chedi Dilok Dhammakaroknitarn
  ラーマIII世の黄のモザイクのPhra Maha Chedi Muni Batborikharn
  ラーマIV世の青のモザイクのPhra Maha Chedi Song Phra Srisuriyothai
と色で分かるそうです。
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ラーマI世が建てた鐘楼と涅槃仏が納められた礼拝堂(Viharn Phranorn、外壁補修中)。鐘楼は寺の北側ですが南にラーマII世の建てた鐘楼があるそうです。
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涅槃仏を拝みに入ります。ここで入場券を見せます(なくさないように)。靴を脱いで礼拝堂へ入ります。
金色の寝涅槃仏が輝いています。ラーマIII世の命で制作された寝仏は全長46メートル、高さ15メートルで、内部はスタッコ仕上げのレンガで金箔が施されています。
切れ長の目が印象的です。
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足の裏に回ります。螺鈿細工の足の裏はインドと中国とタイの混合様式で108の有難いお経が刻まれています。
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仏さまの後ろ姿です。
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後ろには多くの黒い鉢が並んでいます。20バーツ払ってサタンと言われる小銭と交換します。鉢に小銭をほ織り込むことで108つの煩悩を捨てることができるそうです。
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無事煩悩を捨てることができました。




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by AT_fushigi | 2012-05-29 17:21 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

タイ出張2011年04月-週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-王宮・宮殿



ラーマI世がチャクリ王朝を起こし、トーンブリからバンコクに首都移転した1782年から王宮の建築が始まりました。最初は木造建築だったそうです。。建築はラーマV世まで続きました。
宮殿は大きく3つの建築群からなっています。
  (1) ラーマI~VI世によるプラ・マハ・モンティエン(Phra Maha Montien)
  (2) ラーマV世によるプラ・ティナン・チャックリー・マハー・プラサート(Phra Thinang Chakri Maha Prasat)
  (3) ラーマI世が建築するも焼失し再建されたプラ・マハ・プラサート(Phra Maha Prasat)
国王の政務を支えていた庁舎が数多くあります。
この王宮には国王とその家族が1925年まで住んでいましたが、家族が増え手狭になったため新王宮移りました。また、政務機関も1932年には全てここを退去したとのことです。
          (クリックで拡大)
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ワット・プラ・ケオを出ると最初に見えるのがPhra Thinang Boromphiman。ラーマVの時代(1897-1903)に皇太子のために建築されたネオルネッサンス様式建築による王宮です。ドイツ人C. Sandreczkiの監督で建築され王宮内で最も近代的な建物です。中央部の屋根は特徴的です。ラーマVI世からVIII世の住居として利用されたそうです。
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プラ・マハ・モンティエン(Phra Maha Montien)宮殿群。1785年のラーマI世の命により寝殿となるthe Chakraphat Phimarn宮殿や儀式の場であるPhaisan Thaksin宮殿などが建築されました。ラーマII世も謁見の場となるPhra Thinang Amarin Winichai宮殿などを増築。ラーマIV世まで増改築が繰り返されました。Phra Thinang Amarin Winichai宮殿以外は非公開です。

Phra Thinang Amarin Winichai宮殿の入口。奥のタイ式屋根が宮殿。また、船のバランスのために持ち帰った中国の石像が置かれています。
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右横にPhra Thinang Dusidaphirom宮殿が見えます。その向こうにプラ・ティナン・チャックリー・マハー・プラサート(Phra Thinang Chakri Maha Prasat)宮殿群が見えます。
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プラ・ティナン・チャックリー・マハー・プラサート(Phra Thinang Chakri Maha Prasat)宮殿です。ラーマV世は訪問先のシンガポールから建築家ジョン・クラニッチと助手はヘンリー・クラニッチ・ロスを招聘し、1876年5月7日着工、1882年完成しました。当初はルネッサンス風の西洋建築を目指していたが、首相のChao Phraya Si Suriyawongseの主張が通り途中で屋根の部分をタイ風建築にしたそうです。現在この建造物は王族の納骨堂となっており、軒下は武器博物館として、一般公開されているそうです。
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左右の階段の下には象の像があり衛兵が立っています。引切り無しに衛兵と記念撮影を取る人集りが出来ています。
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宮殿を過ぎると国王や王妃、高位の王族が死んだ際に遺体安置所となるプラ・ティナン・ドゥシット・マハ・プラサート(Phra Thinang Dusit Maha Prasat)の優雅な姿が近づいてきます。ラーマI世がアユタヤ王朝のサンペット宮殿を元にして1785年に建築しましたが1789年に落雷で消失したため再建しました。その手前に小さなPhra Thinang Aphorn Phimok Prasatがあります。
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この時ラーマI世がチャクリ王朝はこの災害のため150年しか続かないだろうと予言したそうだ。実際、王朝150周年の3ヶ月後にサイアム革命が起こり絶対君主制から立憲君主制に移行した憲法が作られたそうです。
閑話休題。

と、音楽が聞こえてきました。衛兵の交代です。10時半位から10分くらいの交代式でした。
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衛兵の入ってきた門から外に出ます。
借りた衣装を返しデポジットを返してもらっていました。
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by AT_fushigi | 2012-05-27 15:35 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

タイ出張2011年04月-週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-ワット・プラ・ケオ(III)-エメラルド仏



写真は英語とタイ語のWikipediaから借用しました。

以下、WEB情報をまとめた解説です。

エメラルド仏(Phra Kaeo Morakot or Phra Phuttha Maha Mani Rattana)は緑色の翡翠でできている、高さ66cm、幅48.3cmの仏像である。現在は王宮のワット・プラ・ケオ(Wat Phra Kaew)に納められている。
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ワット・プラ・ケオに祀られるまでには長い歴史があった。
伝説によればエメラルド仏はBC43年にインド・Pataliputra(現在のPatna)の高僧ナーガセーナ(Nagasena)が作らせたものと言われている。300年の間Pataliputraに安置されていたが内戦から逃れてスリランカ(Sri Lanka)に移設された。
AD457年ビルマ王Anuruthが仏教を広めるためSli Lankaに仏典とエメラルド仏を求め使者を送った。それは叶えられたが、帰路に船は嵐に会いカンボジアに流されてしまった。その後クメール(Khmer)王朝の物となる。
1432年クメール王朝と戦っていたアユタヤ(Ayutthaya)王朝が攻め入った際エメラルド仏もアユタヤに持ちされらた。その後、カムペーン・ペット(Kamphaeng Phet)、ラオス(Laos)、そしてランナ王朝(Lannathai)のチエン・ライ(Chiang Rai)に安置された。カムペーン・ペットとチエン・ライにあるワット・プラ・ケオに祀られたと考えられている。チエン・ライでは仏像は内戦の強奪を避けるため漆喰で覆われたと言われ1434年の落雷時に再発見されたとされている。
ランナ王朝のサム・ファン・ケーン王は仏像を首都のチェン・マイ(Chiang Mai)に運ぼうとしたが象が3度ラムパン(Lampang)に引き返すので仏像をラムパンに置くことにした。最終的に、1468年、仏像はチェン・マイのワット・チェディ・ルアン(Wat Chedi Luang)に安置された。
ランナ王朝に王として招かれたラオス王国ラン・サン(Lan Xan)王朝の皇子セタティラート(Setthathirath)は父の死後ラン・サン王朝をも継承した。1552年、セタティラート王はラン・サン王朝の首都ルアン・プラバン(Luang Prabang)に戻る際エメラルド仏を持ち帰った。さらに、ラオス王国の遷都でビエンチャン(Vientiane)に移された。
その後、ラオス王国は分裂し、仏像はビエンチャン王国の物となった。
タイのタクシン(Taksin)国王のトンブリー王朝将軍出会ったチャオ・プラヤ・チャックリ(Chao Phraya Chakri)はビエンチャン王国を攻め取り、1779年エメラルド仏を持ち帰り、ワットアルンに安置した。
チャオ・プラヤ・チャックリはラーマ(Ramaa)1世としてチャクリ(Chakri)王朝を開き、バンコクへの遷都を機に、1784年3月22日に仏像は現在の場所に移され、現在にいたっている。
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エメラルド仏は翡翠であるが、金でできた衣を装着している。この衣は国王(あるいは代理)しか着せることができない。旧暦4、8、12月の最初の下弦の月の時に交換される。3種の衣は夏、雨季、冬に対応している。
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by AT_fushigi | 2012-05-25 12:59 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

タイ出張2011年04月-週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-ワット・プラ・ケオ(II)



Prasat Phra Thep Bidomから正門に向かって階段を下ります。

正門Koeysadet Gateです。門の屋根にはMondop風のピラミッドの塔があります。
その両側を巨大守護神YAKが固めています。YAKは左がAsakornmarsa、右がChakrawatだそうです。
その外にプラーン(Phrang)2台がそびえています。このプラーンは全部で8基ありますが塀の内側にあるのは写真の2基だけです。
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階段の途中から右側の本堂(Ubosot)の正面の広場を見ています。写真左には門Wua Gateがあり、その前の巨大守護神Yakが見えます。礼拝堂(Viharn)と併設書庫Ho Phra Khanthara Rat、そして普通の人々が祈る小間(Sala Rai)があります。Sala Raiは本堂Ubosotを囲むように12館あります。
右に写っているのは黄金のChedi(Phra Swana Chedi)の基底部分でYakとMokが支えています。
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さらに下りると本堂Ubosotが見えます。屋根の切妻の頂点にある角の様なものはChofaと言いタイ王国の国章にもなっているガルダを象徴しているそうです。
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階段を下りるとプラーン(Phrang)を間近に見ることができます。
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振り返ればPrasat Phra Thep Bidomが見えます。
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塀は屋根付きで中にはRamayanaの絵が描かれています。178場面もあるそうです。黒と金を基調とした色合いが美しいです。
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本堂の正面玄関に向かいます。
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入口。
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本堂にはエメラルド仏が祀られています。中は撮影禁止なのでWikipediaの写真を拝借。
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エメラルド仏の数奇な運命は別途。

中では祈る人々で一杯でした。
外に出て右の壁沿いに外壁の美しさにうっとりです。
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鐘楼です。
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この近くの門から王宮に抜けます。


Wilipediaから借用した地図に歩いた軌跡を描いてみました。

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by AT_fushigi | 2012-05-24 01:00 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

タイ出張2011年04月-週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-ワット・プラ・ケオ(I)



ワット・プラ・ケオ。エメラルド仏を安置した寺という意味でタイに何箇所かあります。王宮にあるワットプラケオの正式名称はワット・プラシーラッタナサーサダーラーム(Wat Phra Sri Rattana Satsadaram)です。
1784年、ラーマI世がバンコクに都を定めた現在の王朝であるラタナコシン王朝を築いた際、国王が住む王宮と併設して、国家の行事を取り行うための施設として建てられました。
タイの観光名所であり美しい姿を今でも誇っています。

なお、ここは王室の寺院で、僧侶は一人もいません。このため僧坊などありません。


入口。チケットを改札して入ります。
ここは隠者の門と言われ、正門ではありません。正門はお寺の反対側に在ります。

入ると直ぐに見えるのが本堂(Uboso)の裏側です。そこでまず出会うのが門の名前にあるルーシー(ruesri)像です。英語でThe Hermit Doctor、日本語だと隠者の医者でしょうか(者が重なっておかしいですね)。
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ルーシー像と言うのはタイの医療技術を伝承するワット・ポーに作られました。それ以前のことはアユタヤの記録は抹消されたので分からないそうです。
(1788年、ラーマI世が始めたワットポーの改修時に作られたルーシー像は腐食し、ラーマIII世の時作り直されました。当時80体だったそうですが、それが壊れたりして現存するのは24体です。)
ルーシーという言葉はサンスクリット語のrsiに由来するそうです。この言葉は人里離れて修業し解脱を得た仙人のような人を指すそうです。彼らの宗教的実践の中に医療行為があったと考えられています。
この片膝を立てたルーシーのモデルは存在してCheewaka Komarapachと言うラーマIII世のルーシーだったそうです。
ルーシー像の直ぐ後ろにあるのが結界石(Bai Sema)。王宮の寺院なので結界石は金で覆われ、金と青の豪華な祠に入っています。結界石は出家に関係あるので普通は布薩堂の周りに配されるのですが、これも謂れが分かりません。
その後ろにあるのがPhra Phothithat Phimarnです。ラーマIV世が作らせた仏像を安置した方形仏堂(Mondop)。内部に塔状祠堂(Prang)があるのが特徴です。
その両側がHo Phra RatchakoramanusornとHo Phra Ratchaphongsanusornという小書庫です。
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左に曲がると裏門に当たるKoeysadet Gateです。
各門は守護神(Yak)に守られています。Yakは通常は建物の入口の両側に立って外からの脅威から守る役割ですがワットプラケオでは門の内側にいて建物に向かっているという珍しい配置になっています。守護神と言えどエメラルド物にはお尻を向けられないと言うことでしょうか。
Yakは天界の守護神である八部衆の夜叉(Yaksa/Yaksni)が起源と考えられています。ワットプラケオでは6つの門があり、12のYakが門を固めています。Yakの大きさは6m位だそうです。
各YakはラーマーヤナRamayanaの物語に因む名前が付いているそうです。写真の裏門を固める紫鬼はMayarap、白鬼はVirunchambangです。
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この裏門からPhra Sri Ratana Chedi、Phra Mondop、Prasat Phra Thep Bidomがそびえる様に見えます。
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まずはPhra Sri Ratana Chedi。Chediと言うのはストゥーパ(卒塔婆)に起源をもつ仏塔です。黄金色に輝くChediは王宮の仏塔として見事です。
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階段の下に中国人の昔の役人の石像があります。ワットプラケオには人間や動物などの石像が100体あるそうです。昔、中国との貿易はタイからは木材など重量のあるものが多かったのに中国からは茶など軽い物が多く船のバランスを取るために中国からの船には石像を乗せて帰ったそうです。これらの像は帰国の無事を感謝してお寺に寄贈されたそうです。
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Chediの傍まで階段を上がると来た裏門の様子が見えます。
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Phra Mondop。Mondopは方形で尖塔を持つお堂です。Mondopaが起源で経を唱えるための方形のお堂ですがタイでは方形で尖塔を持つお堂という建築物の様式だそうです。
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入口には金色のYakとその足元の階段ではNakが守っています。
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Nakはサンスクリット語のNagaから来ており5つのコブラの頭を持つヒンドゥ神です。写真が撮れていないのでWikipedia(English)から拝借してきました。
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このMondopを囲んでラーマI, II, III世、ラーマIV世、ラーマV世、ラーマVI, VII, VIII, IX世のモニュメントがあります。黄金の仏塔を象が囲んでいます。
ラーマIV世のモニュメント
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ラーマV世のモニュメント
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ここにテラスがあり本堂の横が見えます。
正面方向です。
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中。
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後ろ。
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Prasat Phra Thep Bidom。プラサート(Prasat)はクメール朝の仏塔様式です。
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屋根の上に塔が見えます。
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壁のモザイクが美しい。
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Prasatの正面(階段下から見た)。
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正面に回る時の景色です。Prasat Phra Thep Bidomのモザイクの柱、黄金のChediとプラーン(Phrang)です。
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黄金のChedi、Phra Swana Chediです。
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黄金のChediは守護神Yakと猿神Mokで支えられています。白く口を開けているのがMokで裸足です。
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黄金のChediの側に在るキンナリ(Kinnari)。Wikipediaによれば「緊那羅(きんなら)は、インド神話に登場する音楽の神々である。仏教では護法善神の一尊で、天竜八部衆の一つである」。そして、タイではキンナラは男性で半人半馬(馬頭人身とも、人頭馬身とも)、キンナリ半人半鳥で、下半身が鳥に似ているそうです。
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キンナリの向こうにHo Phra Montientham、お経の保管場所です。
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階段を下りて正門に向かいます。




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by AT_fushigi | 2012-05-20 17:55 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

タイ出張2011年04月-週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-王宮入口



タクシーに乗ってまず向かったのは王宮(Grand Palace)。入口の前には止められないと言うことで道を右折したところに止めました。ここから道路を渡って入口に向かいます。
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入口の門をくぐると出入り口は一つなので右側通行の表示がありました。
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守衛さんや案内の人が立っています。その中を通ろうとしたら一緒に行っていた一人が止められました。短いパンツが行けないと言うのです。そして不適切な服装が表示された看板を指さしました。右を通れと言うのは服装チェックでもあったのです。
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Tourist Officeで巻きスカートを貸してくれるというので一緒に行くと10人くらいの列ができていました。200バーツのデポジットで巻きスカートを貸してくれます。デポジットはスカート返却した時に返してくれます。
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中門を通ります。
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正面の白い建物の前を左に曲がります。
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直ぐにチケットオフィスがあります。350バーツです。
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そのまま進むとワット・プラ・ケーオの入口になります。
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by AT_fushigi | 2012-05-13 23:57 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

日々徒然-歳時記-Googleの遊び心_120513_母の日



今日は5月4日。なんの日でしょうか。

Google検索してみました?

可愛いアニメです。
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母の日でした。
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Wikipediaをどうぞ
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[2012.05.13]

Googleの遊び心[一覧]  
by AT_fushigi | 2012-05-13 20:05 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

タイ出張2011年04月-週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺



帰国の土曜日、王宮周辺を観光してきました。

アユタヤへのバスツアーは短い時間でしたがタイの歴史に触れることができ感激でした。一緒に行った顧客の帰国の飛行機が夕方だったので午前中に一緒にバンコク観光をすることにしました。希望により王宮+ワットプラケオ、ワット・ポー、ワットアルンを組みました。

王宮周辺では観光客も多く交通渋滞もあるのでタクシーを捕まえるのは大変ということで送り迎えのタクシーをホテルにアレンジしてもらいました。9時にホテル発、12時半にワット・アルンからボートで戻った船着き場ター・ティアン近くの交差点に迎えに来てもらうように依頼しました。帰りは12時半から1時の間に教えてもらった携帯電話に電話すると近くの駐車できるところからピックアップに向かうとのことでした。

暑い日となりましたがお天気も良く最高の観光日和となりました。


週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-王宮入口
週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-ワット・プラ・ケオ(I)
週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-ワット・プラ・ケオ(II)
週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-王宮・宮殿
週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-ワット・ポー
週末旅行(II)-タイ・バンコク/王宮周辺-ワット・アルン




[2011.04.23]

バンコク観光エリアマップ(タイ国政府観光庁
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お散歩マップ(航空写真はGoogle earth)
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by AT_fushigi | 2012-05-12 11:10 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

インド出張2012年04月-第五、六日目-シンガポール経由で帰国



デリー空港です。後半スムースに行ったため午後8時ごろ着きました。
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お客様控えを見せて中に入ります。
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SQのカウンターです。出発まで3時間半もあるので空いています。
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国際便出発です。手前の机で出国書類を記入します。
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ガラスの向こうは出国手続きとセキュリティです。ここでもタグにスタンプを押してもらいます。
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ターミナル内のショップも充実しています。
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ここでレトルトのカレーの素(肉を炒めて加えるだけ)を買いました。シンガポールで乗り換えると言うと密封パックに入れてくれました。お店の人は最初はシンガポールは問題ないと言っていたのですが、日本人が何度も大丈夫かと聞くので途中で自信が無くなってこういう処置にしてくれました。
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また、ぱっと見て気に入ったシルクのストールがあったので買いました。1,800ルピー(約3,600円)と前日の3倍でしたが縁かがりの処理などが良く品質にも満足しています。
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お土産の紅茶やお菓子を買って上階のレストランへ。
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タイ料理のお店が美味しそうだったので入りました。すると、日本人のグループがやってきました。広州行きの中国南方航空便が2時間遅れだとかで食事券が出たようです。タイ料理でしたがカレーがメインでした。
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ゲートへ行ってみるとSQも到着が遅れて搭乗が1時間遅れると言うことでラウンジで過ごしました。
ラウンジは混んでいました。ワインを頂きながら時間を過ごしゲートへ。
ゲートの近くに巨大な頭部のブロンズ像がありました。スーリヤというインド神話の太陽神だそうだ。後ろ姿は太陽です。
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1時間遅れで搭乗、離陸しました。

直ぐに機内食が出たのですがお腹いっぱいで眠かったので余り食べませんでした。メニューも不明です。
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シンガポールに着くと雨でした。ターミナル2から3にシャトルトレインで移動です。時間も無かったのでラウンジでは春ものに着替えただけでした。
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A380専用のゲートエリアに向かいます。
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ゲートエリアの入り口でセキュリティチェック。
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こんなにも乗るんだとビックリするくらいの大勢の人が待っています。
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A380が雨にぬれています。
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搭乗も時間が掛かりそうです。私はスタアラゴールドで早めに搭乗し、荷物を納めることができました。結構混んでいたのですが非常口3人席で2人とラッキーでした。
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機内食はインタナショナルを選択。
  前菜:チキンのジュリエンヌとレタス、クルトン、しーザドレッシング
  メイン:魚のガーリッククリームソース、野菜のソテーとチャイブポテト
  チーズ、アイスクリーム
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夕方成田空港に到着。無事出張完了。



[2012.04.20-21]

完    [目次]
by AT_fushigi | 2012-05-09 19:15 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)