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中欧家族旅行2012年08月-第六日目-スロヴァキア・バンスカー・シュチャヴニツァ散策



世界遺産バンスカー・シュチャヴニツァです。名前がとても覚えにくいです。日本語Wikipediaの記事も短く、余り知られていないようです。

「中世からハンガリー王国における金、銀の鉱山の町として、14世紀の地震の被害や、トルコとの戦いの前線の街であったことなどの歴史をもつが、鉱山の町として繁栄した。
1627年には火薬による採掘がはじめて行われ、1762年にはマリア・テレジアによってヨーロッパ初の鉱山学校がこの地に設立された。鉱業生産は18世紀の半ばに最盛期を迎え、1782年には4万人ほどの人口のハンガリー王国で3番目の都市となった。
19世紀の後半から鉱業生産は衰退を始めた。」[Wikipediaより]

朝は良い目覚めでした。寝る前のお風呂と部屋の暖房も気持ち良くゆっくり寝ました。
ホテルからの景色です。
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ホテルを出て町を歩きます。
昨晩は霧雨が降り暗かったお空も今日は晴れました。
「Hotel Grand Matej」も明るいピンクに輝いています。
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昨晩行ったレストランです。
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少し登ると像が立った角があります。教会があります。中で
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ここを登ると有名な鉱山学校があります。

出版社Wileyにこういう記事がありました。今年が鉱山学校250周年だそうです。
http://www.wiley.co.jp/blog/pse/?p=10105
===== 引用 =====
この地に、マリア・テレジアの援助によって鉱山学校が創立されたのは今から250年前の1762年のこと、これが世界で初めての工科大学となりました。最初に設立された化学・鉱物学部には、オランダのライデン出身の植物学者ニコラウス・フォン・ジャカン(Nikolaus von Jacquin)が学部長として招かれました。ジャカンは講義と実験の融合を図り、同時代のラヴォアジェから「実験に基づく化学教育の創始者」として認められたそうです。この鉱山学校は、パリのポリテクニークをはじめヨーロッパ各地に設立された工科大学の先駆的存在となりました。
バンスカー・シュチャヴニツァが科学史に「世界初」として名前を残したのは、それだけではありません。鉱山学校は、1786年に近隣のSklene Tepliceで世界初の科学国際会議を開催、これにはラヴォアジェも出席しました。この会議では、世界初の国際学会となる”La Société de la Exploration des Mines”も創設されました。
スロヴァキア化学会は今年、このような歴史的意義を持つ鉱山学校の創立250周年を記念する催しを行うそうです。
===== 引用終 =====

入口の門です。
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門の上の紋章です。オーストリア帝国の紋章グリフォンでしょうか。
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階段を上ると学校の記念碑があります。1763-1963とあります。
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記念碑のある壁の両サイドにある階段を上がると大きな建物が迫ってきます。
上がった所の灯にも歴史を感じます。
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緑豊かな敷地内に教室が並びます。
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階段を戻って歴史ある学校を後にします。
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鉱山学校からの下り道で教会の向こうの山の上に新城(Nový zámok)が見えました。
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町を通る街道を登ります。両側にドイツ。オーストリア風の大きな建物が並んでいます。
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バス停に観光案内地図がありました。
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聖カタリナ教会。1491年建立。
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中に入れます。入場料は安かったのですが失念しました。
豊かな時代に建てられたのでしょうか。装飾品が豊かでした。
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教会の側を通って町のメイン広場に向かいます。
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三位一体広場(Trojičné námestie)です。ここに大きな三位一体の柱(Holly Trinity column)が立っています。聖カタリナ教会に呼応して14世紀から15世紀に建てられたもので当時の栄華を偲ばせます。この塔はPlague Columnともいわれているので14世紀の地震とも関係あるのかもしれません。
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この広場には鉱山博物館やInformation Centerがあるようですが朝なので静かで人も少なかったです。また、居酒屋やホテルもありました。
広場を登って振り向いた所。柱の後ろ姿です。
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広場の上から左手に回ると旧城に行く細い道がります。
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旧城(Starý zámok)です。元教会で中世にトルコ人の侵入に備えるためにお城に作り替えられました。
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お城から町に下りる途中にお花屋さんがありました。
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道の反対側の福音派教会です。
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少し降りたところで面白いレリーフを見つけました。由来は分かりませんでしたがバンスカー・シュチャヴニツァを紹介した物のようです。
鉱山の支配者たちでしょうか。
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マリア・テレジア、そして鉱山学の先駆者たちでしょうか。
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最後にサラマンダーが金をくわえています。火で錬金したと言うことでしょうか。
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これは面白いレリーフでした。


ホテルに戻りチェックアウトして車で新城に向かいます。街道沿いに上ると5分で到着です。歩いても15-20分ではないかと思います。
駐車場から5分上ると6階建て、4つの塔の白いお城に着きます。
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中は博物館と展望台となっています。有料だったので止めました。
丘からの眺めで十分です。
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この先に昔の鉱山の坑道を歩くオープンミュージアムもあるのですが坑道1.5kmと聞いてすぐにあきらめる弱い家族でした。実際には余り興味が無いと言うところです。

ここから山を抜けハンガリーに向かいます。


バンスカー・シュチャヴニツァ散策地図(ダブルクリックで拡大)
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[2012.08.14]

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by AT_fushigi | 2012-10-28 20:51 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中欧家族旅行2012年08月-第五日目-スロヴァキア・バンスカー・シュチャヴニツァ到着



ブラティスラヴァを夕方5時ごろ出て次の目的地、世界遺産バンスカーシュチャヴニツァに向かいます。
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2時間位、山の中なので暗くなってホテルに着きました。

「Hotel Grand Matej」
-- Address: Kammerhofska 5, Banska Stiavnica 96901, Slovakia
-- Phone: +45 692 12 13

期待していた温泉は閉めてしまったと言うのでがっかりです。山奥で、霧雨が降っていて結構寒いので観光シーズンは終わったような感じでした。実際泊り客をあまり見かけませんでした。

ゆっくり休んで夕食に出ました。疲れていたので近くの開いていたレストランに決めました。

「U Bohma」
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「Slovalia Beer」とビールを頼んで、元気の出そうな料理をオーダーしました。
出てきたビールは「Staropramen」。後で調べるとチェコ・プラハのビールでした。まあ、昔はチェコスロヴァキアだったのだから許しましょう。
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ニンニクのスープ。ここまでやるかと言う「ニンニク」スープでした。体があったりました。
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チーズの豚肉巻きフライ。
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これも結構いけました。

この後はホテルでゆっくりお風呂で温まってぐっすり寝ました。



[2012.08.13]

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by AT_fushigi | 2012-10-25 15:47 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中欧家族旅行2012年08月-第五日目-スロヴァキア・ブラティスラヴァ散策



今日の午後はスロヴァキアの首都ブラティスラヴァを散策します。ブラティスラヴァは1536年ハンガリーの首都ブダがオスマントルコに陥落したのちハンガリーの首都がおかれた町です。マリア・テレジアもここで戴冠式を行いお城に住んでいたそうです。この時の皇帝の住まいである城塞と旧市街がお目当てです。

ウィーンから車で1時間でブラティスラヴァに到着。
私は以前来ていたので土地勘があり、お城の南に駐車場を見つけ停めました。

懐かしい聖マルティン教会が高速道路の向こうに見えました。
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高速の側を歩きからお城へ向かいます。
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登り口は時計博物館です。博物館はお休みなのでパス。
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お城に近づくと民家が無くなりドナウ川とそこに掛かる珍しい橋ノヴィ・モストが見えます。なにが珍しいってこの橋は吊り橋なのですが川向うに柱があってそこから片側を吊っている非対称な形なのです。この柱は展望台にもなっています。
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お城の入口です。
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お城の地図。丘の上にあるので結構なアップダウンがあります。
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お城が見えてきました。一気に階段を上がります。
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門に着くころには息切れがして...
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お城です。
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この前庭からドナウ川と橋が見えますが遠くの風力発電のプロペラが林立しているのも原発のない国らしいところです。
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お城の中庭にからのお城です。余り面白くありません。建築当時一時的な住まいと考えたからでしょうか。
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何処からか観光のバスが来ました。上り下りを思うと楽なバスを利用したくなります。
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お城の庭を回っていて一番印象的だった彫刻。聖エリザベート”ALZBATA DURINSKA"(1207-1231)、ハンガリーの王女でローマ法王によって聖人になった人です。貧しい人の町に住み助けたそうです。
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街に面した庭からの旧市街とドナウ川の景色です。
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お城から降りる時は聖マルティン教会を見ながらになります。この尖塔は旧市街のシンボルです。
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聖マルティン教会の入口、内部です。ここでハンガリー皇帝や王妃の戴冠式が行われました。
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旧市街に向かいます。この観光化されていない裏道が好きです。
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旧市街の中心ミハエル門です。
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門にあった東西南北の都市を刻んだプレートです。
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お城から聖マルティン教会に移動する時、ノヴィ・モストの高速の下をくぐる歩道にあったウォールアートです。なかなかの出来だと思いました。
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散策地図

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(実はメモリーが無くなり余り写真がありません)


[2012.08.13]

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by AT_fushigi | 2012-10-24 15:59 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(1)

中欧家族旅行2012年08月-第五日目-クロアチアよさらば、ウィーンへ



トロギルから空港までは10分くらいでした。レンタカーを駐車場に返して空港に向かいます。地方空港ですがザグレブより洒落ています。
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レンタカー会社で清算しチェックインカウンターへ。結構にぎわっています。
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チェックインして2Fへ。レストランがあるだけでした。
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セキュリティを通って、国内線ゲートへ。そこからインターナショナルゲートへ。8ゲートのうち6ゲートが国際便のようです。いかにも小さな観光立国の空港です。出国手続きです。その向こうにラウンジが見えます。
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航空会社共有のラウンジのようです。
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余り人もおらずサービスもそれなりでした。この時はこの窓の外にゲートがあるとは知りませんでした。
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時間が来たのでゲートへ。階段を上がって2Fの待合室へ。結構人で混雑していました。
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窓からクロアチア航空のプロペラ機が見えます。
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クロアチアのシンボリックな赤の四角い格子のような模様がくっきりとしています。
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germanwingsという航空会社の飛行機が着きました。
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ゲートに向かいます。オーストリア航空とのコードシェアのようです。
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ゲートから地上に下りる階段が見えます。
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ボーディング時間に扉が開き改札の後階段を下ります。荷物のある人は大変そうな急な階段でした。
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下りると囲まれたエリアにとどまるように言われます。エリアの奥の扉は到着便のためです。そしてラウンジはこの左手にあります。
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先ほどのgermanwingsから人がタラップを降りてきました。そして隣の待合エリアの奥の扉に吸い込まれて行きました。
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その間待っています。
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germanwingsの到着客がいなくなって我々も誘導されて飛行機に向かいます。
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先ほど2Fから見たプロペラ機でした。
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この飛行機なかなかのイケメンです。
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堂々たるプロペラ。
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乗る前に振り向くと管制塔が見えました。
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離陸後スプリットの町が見えました。宮殿が見えていますが分かりますか?
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飛行機で出たお菓子と紅茶です。
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風力発電用の風車がたくさん見えてウィーンに到着です。
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バスでターミナルへ。
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バゲージクレームの壁にヨハン・シュトラウスの「こうもり」(Die Fledermaus)の楽譜が描かれていました。ウィーンらしさを強調しています。
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今年はKLIMT yearなのでこういうパネルも。有名な「接吻」です。
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荷物を取って税関を抜け、レンタカーを借りに行きます。
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結構遠くて...
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ドイツ圏ではSIXTです。
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プジョーでした。インヴォラでアップグレードしてくれたのです。
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さて、出発!



[2012.08.13]

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by AT_fushigi | 2012-10-23 17:17 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中欧家族旅行2012年08月-第五日目-クロアチア・トロギル散策



昨晩はスプリットの夕暮れと夜の旧市街を楽しんだ後、ホテル(SOBE)でワインなど楽しんだので朝の起床はちょっと遅めです。スーパーで買ったパンとハム・チーズで朝食を済ませ出かけます。

今日は空港近くのトロギルに寄ってウィーンまで飛行機で移動します。
世界遺産もドブロヴニク、モスタル、スプリットと来て4つ目です。世界遺産が観光ルートになっています。
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トロギル:Wikipediaから抜粋
「紀元前3世紀、ヴィス島からやってきたギリシャ人植民者により植民地トラグリオンがつくられ、大きな港として発展していった....9世紀から、トロギルはクロアチア王国へ臣従...1107年にはハンガリー及びクロアチア王カールマーン1世によって特権を与えられ、町として自治権を授けられた。
1123年、サラセン人によって町全域が征服されほぼ完全に破壊された。しかし、トロギルは短期間で被害から回復し、12世紀と13世紀には力強い経済繁栄を見せた。...
1420年、長く続くヴェネツィア共和国支配時代が始まった。1797年にヴェネツィアが崩壊すると、トロギルはハプスブルク帝国の一部となり、1918年まで支配された。」

スプリット市内から30分ほどでトロギルの橋を渡る前の駐車場に到着しました。駐車場は本土にあり橋を渡ってトロギルに入ります。左手に短い橋が見えます。
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橋は結構混んでいます。島に直接入ろうとしなくて正解でした。
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渡ったところから旧市街に入ります。大聖堂の塔を目指して進みます。
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正面に市庁舎と時計台が見えてきます。
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市庁舎の前に聖ラウレンティウス教会。
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教会の入り口付近。鉄格子で入れません。
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右に回ると教会の中に入るチケット売り場があります。25kn(約370円)でした。
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入口の「ラドヴァンの門」、彫刻はラドヴァンという名工による物だそうです。
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教会の中は比較的明るく質素でしたが歴史を感じる物が置いてありました。
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鐘楼は教会から独立していました。当然「煙と何とかは」で登ります。
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結構古い民家が取り巻いています。
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市庁舎と時計台です。
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鐘です。
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頂上に着きました。東、スプリットの方向です。左手が本土です。
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南方向、町が良く見えます。また、遠くに造船の町チオボ島が見えます。
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西方向です。
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っと、下の時計台の方から美しい声が響きます。隣のテラスでコーラスが始まったようです。
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教会から南の港に向かいます。
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途中で名家の家が公開されていました。SVなのでシュビッチ家でしょうか。
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南門をでました。
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城壁が残っていますが城壁の外は港になっています。
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チオボ島に渡る橋です。これも古そうです。
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南門から入り街を散策です。
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旧市街の北の近くまで来ました。
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駐車場に戻り、空港に向かいます。
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散策地図です。
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[2012.08.13]

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by AT_fushigi | 2012-10-20 15:48 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中欧家族旅行2012年08月-第四日目-スプリット・ランチ、ディオクレティアヌス宮殿散策(III)、夕暮れ



午後2時を過ぎ、お腹が空いたなあと言いながら中庭から西門に向かいます。途中の路地で賑やかな通りに当たりました。聞くと奥に3軒くらいレストランがあるらしいのです。案内写真を見ているうちに「element」というレストランが気になりました。側に居た女性に聞くとその店の人だと言うことで案内してもらいました。
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通りに面したテーブルは一杯で奥にある中庭が良いと言うので案内してもらうました。ただ、何かがチャージされると言うのです。よく説明を聞いてイタリアのcoperto コペルト、テーブルチャージのことだと分かりました。
路地を横切って奥には行ったのですが途中は気になる表示がありました。ここは西門(iro Gate)宮殿後だと言うのです。
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この中庭に面したお店だったのです。通りは出店です。
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中庭に面した家々も味がある家でした。
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ワインを頼んで蛸サラダをシェアしてここのお勧めだと言うイカ墨のリゾットにしました。
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このリゾットが最高でした。蛸サラダも今まで食べた中で一番大雑把に切ってあってよかったです。実は薄くスライスした蛸サラダに?を着けていたので案内の写真の蛸が大ぶりでそれにつられたのでした。
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大満足でレストランを出ました。

周りの狭い路地は興味深く写真の対象です。
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ワインのせいか大したことなかったためか西門の写真が残っておらず、南西の角っこの写真が続いていました。
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目の前はアドリア海です。
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昔は宮殿の南側は海に面していましたが今は海岸との間に道路と公園があります。海岸のプロムナードを歩きます。
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南国の椰子の木の隙間から明るいアドリア海の陽が照りつけます。
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ベンチが開いていたのでワインの酔い覚ましに座って海を見ることにしました。宮殿の前はドブロヴニク、コチュラなどの島々へのフェリーポートになっています。いろんな船が行き買っていました。
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ここで買ったイチジク、葡萄、ネーブルなどを食べながらゆったりとした時間を過ごしました。

食べる物も無くなり景色も飽きてきたので周辺をぶらつくことにしました。
フェリーポートへの入口です。車が常時出入りしています。
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ポートに隣接して駅もあります。
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この後、近くのスーパーに寄ってワインなどを仕入れ一回ホテル(SOBE)に帰りました。買ってきた総菜やチーズなどで夕食を済ませ夕暮れの海岸に戻りました。


日が暮れて丁度Magic Hourに差しかかっていました。秋のようなスジ雲が掛かり印象的な夕空を演出します。
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ゆっくり暮れてBlue Momentまで楽しみました。
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海岸沿いのプロムナードは多くの観光客や地元の人が出て賑わっていました。
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出店だけでなく大道芸人や操り人形も出て夜を楽しんでいます。
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私達も流れに乗って歩きながら楽しみました。


これはプロムナードにあった宮殿の金属模型です。
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[2012.08.12]

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by AT_fushigi | 2012-10-18 16:49 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中欧家族旅行2012年08月-第四日目-スプリット・ディオクレティアヌス宮殿散策(II)



鐘楼を下りましたが大聖堂はまだミサのようでした。

ぺりスティル中庭から「どちらの方向に行こうかな?」で目立つ地下に行くことにしました。ディオクレティアヌス宮殿は海に向かって傾斜した土地に建てられたため海岸の南と陸奥の北では1階分くらいの高低差が出来たので皇帝居住区の海岸側に地下室が作られました。皇帝は水面近い地下に設けられた南門から船に乗ったようです。地下室は主に貯蔵庫やキッチンとして使われたそうです。

さて、中庭から南を向くと1F(写真ではテラス)に上る階段と地下に降りる階段があります。
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地下に下ります。
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地下は円柱ドーム状になっておりしっかりと皇帝居住区を支える形状が取られています。
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今は土産物屋などのお店が並んでいます。
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っと、向こうがざわめいて、ドラムの音が鳴り響き、なんと仮装した一団が行進してきました。ローマ兵士に扮した人の後ろに白い衣装の男女が続きます。
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今来た道を中庭に戻ります。庭に居た兵士と合流しテラスに4人の兵士が並んでいます。
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ドラムが高らかに鳴り響き、皇帝と妃と思われる2人が現れ何か言います。良く聞き取れなかったのですが恐らくクロアチア語で行ったのだと思います。反応がいまいちだったので最後は英語で幸あれ、楽しんでくださいみたいなことをいったので拍手喝さいで終わりました。
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皇帝の一団が去った後、皇帝居住区の1Fを回りました。
まず、中庭からテラスの右(西側)に行くと大きなドームです。アルハンブラにもありましたが人々の待合室でもある皇帝宅の玄関です。今は天井はぽっかり穴が開き青空が見えています。鐘楼のてっぺんも覗いています。
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そこから居住区に出ると家が建っていますがこれは後世の物と思われます。ぐるり回っていると八角形の大聖堂と鐘楼が見えてきます。大聖堂は皇帝の霊廟だったところをキリスト教の教会とし13世紀に鐘楼を建造したのでした。大聖堂の手前に昔の柱廊跡が見えます。
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地下室は頑丈に見えましたが南東の部分にはかなり崩落したところがあり地下室のドームが見えていました。
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後から建てられた家の隙間から昔の建造物の痕跡を見つけることが出来ます。
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このような路地を歩いているうち地下の入口に出たので地下道を抜け南門に出ました。
この狭い入口が南門ですが皇帝がいたころは海面がここまでありここから直接船に乗ったそうです。左右の建物は後世の物です。
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南門から城壁前の公園に出てみました。ここから城壁が見えますが柱廊跡が残っているのがはっきりわかります。
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南門から地下道を通り中庭に出ました。大聖堂に行こうと階段を上がるとここは入口で無いと言われました。案内板があり、赤い道にしたがって行くようにアドバイスされました。写真の案内板では中庭が下です。
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大聖堂をぐるりと回ると目立たないところに入口がありました。入場料15kn(約225円)でした。
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私達が入った時はカメラ禁止でした。他の人の写真の報告があるのでうるさくないのかもしれません。実際取っている人を見かけました。まあ、15kn価値でした。

大聖堂を見てまた中庭に戻りました。ここを拠点にすると分かりやすいのです。
写真右手のアーチのアーケードを進むと洗礼室に至ります。
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洗礼室は元の神殿を利用しているそうです。大聖堂のチケットで中に入れます。中に入ると聖ヨハネの像が立っています。
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洗礼の祭壇の彫り物がユニークですがクロアチア王だそうです。
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洗礼室の圧巻はなんと言っても天井です。昔のままではないかと思います。
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また中庭に戻ります。今度は北に向かいます。こちらは兵士や商人の居住区です。狭い路地を北に向かいます。
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北門です。城壁の外から見ています。2重になっていています。
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北側の城壁です。こちら側は余りひどい破壊を受けていません。日当たりが悪いからでしょうか。
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また、中庭に戻ります。中庭で伝統的な楽器を持った伝統的な衣装を着た老人が何をすることも無く座っていました。しばらく待ちましたが何も起こりませんでした。
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散策地図(クリックで拡大)
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[2012.08.12]

次へ(第四日目-スプリット・ランチ、ディオクレティアヌス宮殿散策(III)、夕暮れ)    [目次]
by AT_fushigi | 2012-10-17 09:10 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

日々徒然-歳時記-Googleの遊び心_121015_「夢の国のリトル・ニモ」出版107周年



今日は10月15日。なんの日でしょうか。

Google検索してみました?

楽しいアニメーションです。タブをクリックしてストーリーが進行します。
スタート。
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GOOGLEに色が付いてニモがベッドから穴に落っこちます。
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右下のタブをクリックするとさらに落っこちて...
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さらに、クリック。落ちて、バウンドして...
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さらに、クリックするとWalking Bedが闊歩します。
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ちなみにWalking BedはWikipediaにあって
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さらに、クリック、すると、どんどん落ちて、ポチャンと水に落ちて...ベッドに...
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ちなみに、「ベッドから落っこちて」を最初から見ると
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で、検索するとなぜか「Little Nemo」ではなく「Winsor McCay」作者です。ちなみにNimoはPixerの「Finding Nimo」と同じでネモ船長から来ています。
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なぜか、Windows Explorerではアニメが動かなくてこのロゴだけ。
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ちなみに検索結果はちゃんと「Little Nemo」
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Wikipediaは
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[2012.10.15]

Googleの遊び心[一覧] 
by AT_fushigi | 2012-10-17 07:14 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

日々徒然-歳時記-Googleの遊び心_121016_田中久重_生誕213周年



今日は10月16日。なんの日でしょうか。

Google検索してみました?

昨日もそうでしたがアニメ物が増えています。このからくり人形は本物と同じような動きをします。細かく言えば字を書くのは横で無く正面だったりしますが...そんなのはどうでもいいと思います。いや、楽しい。

まずはこの画面から始まります。
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まず、字を書く紙を張ったパネルが回転します。
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次に筆をとります。
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墨を付けます。
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字を書きます。
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パネルが回転して”G"が現れます。
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実際のからくり人形の動きはこちらから。



さて、Googleに戻ってクリックすすると「田中久重」の検索結果になります。
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Wikioediaです。江戸末期から明治初期に活躍した発明家です。「万年自鳴鐘」、「弓曳き童子」、「文字書き人形」などの発明が注目されているそうだ。この「文字書き人形」を捩ったのが今回のGoogleロゴでした。また、東芝の元となった「田中製造所」を築いた人だそうです。これは「へえ~」でした。
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ちなみに「弓曳き童子」はこちら。

「万年自鳴鐘」(時間のある方はどうぞ)
Part1

Part2

Part3

Part4

Part5

Part6

Part7




[2012.10.16]

Googleの遊び心[一覧] 
by AT_fushigi | 2012-10-16 15:04 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

中欧家族旅行2012年08月-第四日目-スプリット・ディオクレティアヌス宮殿散策(I)



朝はゆっくり起きて買っていたハム、チーズ、パン、ヨーグルトで朝食を済ませ出かけます。
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今日はディオクレティアヌス宮殿散策です。ホテル(SOBE)から宮殿まで10分以内の距離です。宮殿に行く途中で城壁のすぐそばの広場で市が立っていました。果物の市のようです。ここで果物を多く買ってしまい、あまり重くは無いと言え荷物を持って歩くことになってしまいました。でも安くて美味しい果物を楽しむことが出来ました。
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さて、東門(Porta argentea,「銀の門」)から宮殿に入ります。栄華の古代と怪しげな現実が入り混じる不思議な空間に入ります。
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ディオクレティアヌス宮殿はローマ皇帝ディオクレティアヌスが退位後に余生を送る宮殿として故郷近くのこの地に建てられました。在位中の295年に建設がはじめられ退位の305年に完成しました。ディオクレティアヌス帝は事前に宣言した通りに退位した初めての皇帝だそうです。

東門から入ると宮殿を南北に分ける通りに出ます。ここを進むと大聖堂の塔が見えてきます。
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広場に入る手前にインフォメーションがあります。この壁に宮殿の案内のパネルがありました。
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昔の宮殿の想像図です。四角形の高い城壁に囲まれた要塞のような宮殿です。白い美しい柱廊のある海に面した南側は船が直付け出来たようです。宮殿は東門と西門を結ぶ道路で南北に分けられ、北に兵士などが住んでいたようです。海に近い南側は皇帝の居住区で道に近い東側には皇帝が生きているにもかかわらず作られた霊廟、西側にはギリシャ風の神殿があることが分かります。
その後廃墟化した宮殿に、一般の人たちがここに住むようになり様々な時代の建物が建てられたりしました。しかし、堅牢な作りが幸いしてか、当時の主要な構造は破壊されずに残り保存状態が良好で重要な歴史的建造物群として世界遺産に登録されました。
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このインフォメーションから中庭、ぺリスティルに入ります。ここは宮殿の中心で主要な建築物に繋がる道が四方に出ています。
この広場はギリシャ風のコリント式の柱で囲まれています。柱の下には階段があり座れるようになっています。
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広場に居たローマ兵士に扮した二人。イケメンですね。
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この広場から東西南北の門への道が出ており、さらに、皇帝の霊廟を利用した大聖堂、神殿跡を利用した洗礼室、皇帝の居住地区に繋がっています。
写真左手が大聖堂入口です。大聖堂はこの奥にあります。ぺりスティル中庭から階段を上がると大聖堂の入口です。
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大聖堂の鐘楼。鐘楼は13世紀に霊廟がキリスト教会になってから建てられました。大聖堂は丁度ミサ中だったので鐘楼を上ることにしました。
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入口でチケットを売っています。10kn(約150円)です。
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階段を上るとテラスに出ます。家の屋根くらいでしょうか。
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ここまでは上りと下り別々の階段ですがこれ以上は兼用になります。結構きつい階段なのでテラスで諦める人もいました。途中途中で窓から外を見ることが出来ます。
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途中で鐘付き場があります。半分鳴りませんように半分鳴ったらいいなという気持ちで通り過ぎます。
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一番上まで来ました。
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上から宮殿はもちろんスプリットの町が見渡せます。
宮殿を上から見ても家が建て込んで昔の宮殿の痕跡を探すのが大変です。特に西側は街が広がっているせいもあり西門も見えません。

入ってきた東門。
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北門と城壁。塞がれた3つのアーチが見えます。宮殿の北側は公園になっています。
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西側は街と一体化しているのですが塔と城壁の一部を見つけました。塔の屋根は崩壊し蓋がしてあります。
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南は海に面していたせいか比較的保存が良く柱廊も残っています。海は埋め立てられたか水位が変化したかで海岸線は城壁から離れたところにあります。
ここはかつての皇帝居住区です。下の錠の穴のような痕跡が昔の宮殿跡なのでしょう。右側の住居は後から来た人が建てたものですが結構古そうです。人々がいるところが1階で北から海に下る傾斜地に建てられたので結構な高さです。このため地下が作られ1Fフロアが落ちたところから木が見えます。
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屋根を見ていたらイスラムの影響を受けたと思われる、アルハンブラのライオンの噴水を思い出すような屋根飾りがありました。
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さて、スプリットはダルマチアの最大の都市だそうです。鐘楼から見たパノラマです。北門から3枚に分けました。写真は海から撮ったので同じ船が移動して2隻に見えます。(クリックで拡大します)
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[2012.08.12]

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by AT_fushigi | 2012-10-15 05:20 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)