<   2012年 11月 ( 5 )   > この月の画像一覧

中欧家族旅行2012年08月-第七日目-ハンガリー・ブダペスト散策・くさり橋、ドナウ川、国会議事堂



朝は眩しさの中で目が覚めました。晴天です。
窓からのくさり橋もくっきりです。
c0153302_23335782.jpg


今日はペスト地区を散策しチェコに移動と言う忙しい日です。後から思えば後一日ブダペストに居たかったです。またの機会はあるでしょうか。

とにかくくさり橋を渡ります。

「セーチェーニ鎖橋は世界遺産登録地域に含まれる3つの橋のうち、真ん中の橋である。現在ブダペスト市内でドナウ川に架かる9つの橋の中で最も古く、最も美しいと言われている。全長は375 m。「鎖橋」の名は、橋に並ぶ電球が夜間に美しい鎖状の電飾をなすからとも、鉄の鎖を使って吊り下げているからとも言われる。
.....これがブダペストに架かった最初の固定的な橋となった。建造は1839年から1849年のことで.....その建設費用はセーチェーニ・イシュトヴァーン伯爵が自らの私財から捻出した。
ブダペスト市の成立が決まったのは1872年のことで、橋が建設された段階ではブダとペシュトは別々の町だった.....なお、セーチェーニ伯爵は「ブダペスト」(ブダペシュト)という名称を最初に提示した人物とされている。
本来の橋は、第二次世界大戦中にソ連軍と交戦していたドイツ軍によって、破壊された。現在の橋は建設百周年に当たる1949年に再建されたものである。」(Wikipedia)

まずはドナウ川のほとりに出て橋に向かいます。昨晩のライトアップされた橋と同じアングルです。
c0153302_23351528.jpg
c0153302_2335839.jpg

橋の下のトンネルを抜け階段を上がると橋と反対に王宮の丘とその下を貫通するトンネルが見えます。左のガラス張りの建物が丘に上がるケーブルカーの出発駅です。
c0153302_23355345.jpg

橋の上からドナウの上流を見ると王宮の丘の下に教会が3っつ見えます。
c0153302_2337302.jpg

国会議事堂は目立つ建築物です。
c0153302_23381539.jpg
c0153302_23382592.jpg

反対側には王宮が朝日に照らされています。
c0153302_23402939.jpg

くさり橋を渡ったところです。ライオンが睨んでいます。
このライオンには舌がなくそれを揶揄された彫刻家が川に身を投げたと言う逸話があるそうですが嘘だそうです。舌はあるし彫刻家は長生きしたそうです。
c0153302_23423128.jpg


橋から岸に沿った遊歩道に下ります。
c0153302_23435398.jpg

対岸にマーチャーシュ聖堂と漁夫の砦が見えます。
c0153302_23443874.jpg

くさり橋の向こうには王宮です。
c0153302_23452840.jpg

岸に靴のオブジェが並んでいます。ホロコーストに合ったユダヤ人の追悼記念碑です。
「20-40%に当たる250,000人のブダペスト大都市圏のユダヤ人人口はナチスと矢十字党による1944年と1945年初めの時期にホロコーストに遭い命を落とした。スウェーデンの外交官ラウル・ワレンバーグはブダペストの数万人のユダヤ人の生命をどうにかして救うためスウェーデンのパスポートを交付し領事の保護下に置く行動を起こした。」(Wikipedia)
c0153302_23471890.jpg
c0153302_23471931.jpg

上流に架かるマルギット橋を電車が通ります。
c0153302_23492714.jpg


国会議事堂まで来ました。
c0153302_23483315.jpg

裏正面です。
c0153302_2350813.jpg

逆光ですが、反対側からの国会議事堂です。
c0153302_23502432.jpg

ここから川沿いの車がビュンビュン飛ばしている道を渡り国会議事堂に向かいます。
上がってみると国家議事堂の北側は古い写真が印刷されたビニールのシートで囲われていました。1956年10月25日のハンガリー動乱で起こった国会議事堂前の流血直前の写真です。ハンガリーのそしてブダペストの人々は忘れないでしょうね。
c0153302_23505765.jpg
c0153302_23505774.jpg
c0153302_2351496.jpg

ビニールの間から中を見ると荒れた庭が見えました。これから整備されるのでしょう。
c0153302_23512717.jpg


国会議事堂前にある公園の日陰で一休みです。ここに合ったモニュメントです。真中の人はコシュート・ラヨシュといい1848年のオーストリアからの独立運動で活躍したハンガリーの英雄です。
c0153302_23523111.jpg


国会議事堂の正面の広場に人が集まっています。議事堂のガイドツアーだそうです。
c0153302_23524693.jpg

看板が立っていました。英語のガイドツアーは10AM、12Am、2PMで申し込みはガードに許可を得てゲートXとのことです。
c0153302_23565077.jpg

これが議事堂の正面、狛犬の様なライオンの右横の影のところにXの入口がありました。
c0153302_23531155.jpg
c0153302_23532431.jpg

次回にしましょう。



[2012.08.15]

次へ(第七日目-ハンガリー・ブダペスト散策・自由広場,大聖堂,ヘレンド)    [目次]
by AT_fushigi | 2012-11-26 23:53 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中欧家族旅行2012年08月-第六日目-ハンガリー・ブダペスト散策・夜景とDinner



気温が下がったのでホテルで着増やして夕食に夜のブダペストに出かけました。パラっときたのでホテルの傘を持参します。が、雨は直ぐ止みました。

ホテルの前の電車の線路をまたいでドナウ川沿いの遊歩道に出ます。セーチェーニくさり橋です。
c0153302_1414883.jpg

さらに近づきます。
c0153302_143117.jpg

歩道を勧めると橋の下にトンネルがありました。これをくぐると橋に上がる階段がありました。
c0153302_24486.jpg

ライオンが睨みを利かす橋のです。
c0153302_251653.jpg

橋脚上の吊り橋の柱は門の様になっています。
c0153302_252715.jpg

向こうにライトアップされた国会議事堂が見えます。
c0153302_244212.jpg

王宮です。
c0153302_251114.jpg

私のデジカメでは夜景は難しい撮影です。しかも橋が揺れているので...

橋を渡って国会議事堂の方に向かったのですが、雨がまたパラっときたので途中で諦め食事に向かうことにしました。中心に向かう途中で漢字の良いレストランを見つけここで食事をすることにしました。

「FIRST STRUDEL HOUSE」
-- Address: 1051 Budapest, Oktober 6. street 22
-- Phone: +36 1-428-0134
-- HP: http://www.reteshaz.com/main.php?ny=en
c0153302_2113251.jpg

後でお店のHPを見ると、1812年に建てられた古いビルに2007年にレストランをオープンしたとありました。そして本当の伝統的なハンガリー料理を提供するのをミッションとしていると。
お店の名前にあるStrudelは一種のパイです。ただ、入店した時はパイは売り切れて無いと言われたのですがここがそれが名物とは知らずお店の感じで入りました。
雨も上がったので家族の希望で路上のテーブルを取りました。

パンです。これがとても美味しかった。ハンガリーの小麦粉を使っているそうです。そういえばこのお店のトレードマークは麦をモチーフにしています。
c0153302_2105124.jpg

前菜のフォアグラのムース、クランベリーソース。お洒落でしょう。パリパリの揚げた春巻きの皮の様な物ですくって食べました。
c0153302_2121058.jpg

ハンガリー名物ビーフのグヤーシュ。ビーフシチューですね。この鍋に入っているのが演出です。もともとは農家で忙しい時に大鍋に材料を入れて煮るだけでできる料理だったのです。
c0153302_2112163.jpg

メインはフォアグラの炭火焼です。ハンガリーはフォアグラでも有名です。焦げるほど焼いてあり油も抜けて柔らかい触感で美味しかったです。4,690Huf(約1,080円)贅沢なお皿でした。
c0153302_2115030.jpg

エスプレッソで〆て大満足。カップの持ち手がお洒落です。
c0153302_2132331.jpg

ワインを飲んで一人3,000円以下なのには驚きました。
私達がほとんど最後のお客。ちょっとグダグダしてしまいました。
c0153302_2124815.jpg


少し歩くと聖イシュトヴァーン大聖堂の正面に出ました。
c0153302_2143970.jpg

ここで酔い覚ましの風に当たって少しゆっくりしました。


くさり橋を渡ってホテルに戻ります。酔っているのに行きよりブレが少ない写真が撮れました。やっぱり橋は車で揺れていたのだという結論に達しました。
c0153302_2135745.jpg
c0153302_2141661.jpg
c0153302_2151663.jpg


ホテルの前を通っている電車です。橋のたもとから撮りました。
c0153302_2144737.jpg



[2012.08.14]

次へ(第七日目-ハンガリー・ブダペスト散策・くさり橋、ドナウ川、国会議事堂)    [目次]
by AT_fushigi | 2012-11-24 01:39 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中欧家族旅行2012年08月-第六日目-ハンガリー・ブダペスト散策・ブダ城(II)



さて、王宮の森の裏通りを通ってお城にむかます。かなり陽が低くなってきました。
c0153302_1155937.jpg

王立ダンス劇場前の広場に来ました。ここから王宮の丘の西側に広がる町です。
c0153302_1161538.jpg

そのそばに奇妙な形の記念碑が。良く調べませんでしたが...ちょっと恥ずかしいかも。
c0153302_1162827.jpg

Artur Gorgey、軍人のようです。馬が細いのが気になりました。
c0153302_1165631.jpg

この広場ではまだ地中に埋まった遺跡発掘がおこなわれているようです。
c0153302_1171233.jpg

向こうにゲッレールトの丘が見えます。ソ連時代の遺産、棕櫚の葉を掲げる女神像も見えます。
c0153302_117352.jpg


王宮です。
c0153302_1181874.jpg

激しく支配者が変化したハンガリーの歴史を物語る王宮の変遷です。
「ブダ城の王宮地区の基底には古代ローマ時代の遺跡も残るが...1241年から1242年にかけて相次いでモンゴル軍の侵攻を受け...ベーラ4世は...1242年に築かれた...城壁を備えたゴシック様式の王宮に改築されたのは、14世紀に神聖ローマ帝国からハンガリー王に迎えられたジギスムントの時代のことである。
さらに15世紀後半にはマーチャーシュ1世のもと、イタリアから招いた彫刻家らによって、ルネサンス様式に改築された。...オスマン帝国による征服(1541年)の後にブダ城は火薬庫に転用され、1578年頃に爆発事故が起きたため、当時の建造物そのものはほとんどが失われた。
現在の王宮の元はオスマン帝国撤退後、17世紀になって建て直されたものである。その後、18世紀にはマリア・テレジアの命で大改築が行なわれ...1770年に完成した。...
この建物は1848年革命の際に破壊され、19世紀後半から1904年にかけてネオ・バロック様式で再建された。しかし、その建物も第二次世界大戦やハンガリー動乱で大きく損なわれ、1980年代以降にネオ・バロック様式で復元されて現在の姿になった。
城内にはハンガリー国立美術館、国立セーチェーニ図書館(ハンガリーの国立図書館)、ブダペスト歴史博物館などが入っている。」(Wikipedia)

王宮の門。
c0153302_1191114.jpg

側の鳥の羽を広げた像が気になります。この鳥はトゥルルという名前で、建国の父(マジャル人のリーダ)アールバードの母がこの鳥を夢に見て彼を身ごもったと言う建国神話に出てくる鳥なのです。
c0153302_1193890.jpg

門から王宮の方へ下ります。
c0153302_11101276.jpg

最初の広場に合った像。魚と子供たちが戯れています。
c0153302_11103064.jpg

王宮の正面へ向かいます。
c0153302_1110554.jpg

正面にはハンガリア人の乗馬の像があります。
c0153302_11111527.jpg

王宮の前のテラスからの眺めは最高です。国会議事堂などドナウ川沿いの建物が夕日に照らされ影の中にたたずむくさり橋がくっきり見え、しかも時間とともに変化していくのはとても感動的でした。
c0153302_11122681.jpg
c0153302_11124171.jpg

陽が沈んでいきます。
c0153302_11131233.jpg
c0153302_11134096.jpg

しばらく、佇んでいると日も陰ってしまいました。これはこれで落ち着いたブダペストの空気を感じます。
c0153302_1116481.jpg


王立美術館は既に景観なのでライトアップされた中庭を見て葛折れの道を下ります。
c0153302_1116201.jpg

途中で泊っているデザイナーホテルが見えました。
c0153302_1116364.jpg


ほとんど道を降りた付近に小さな扉があり人々が入っていきます。中に入ると細い坂道がケーブルカーから見えた歩道につながっています。ケーブルカーの上をを横切る歩道は2本あり、まず着いた下の歩道からのくさり橋は姿も良く気に入りました。
c0153302_11182883.jpg

ついでに上の歩道も行ってみました。こんな眺めです。
c0153302_11185155.jpg
c0153302_11191064.jpg


勢いに乗って王宮まで行くとすっかり暗くなりました。
c0153302_11193973.jpg

丁度この時くさり橋のライトアップが始まりました。
c0153302_1120438.jpg

先ほどの葛折れの道を下りるとくさり橋がライトに照らされ幻想的でした。
c0153302_1120303.jpg


ケーブルカー乗り場もトンネルも夜の装いです。
c0153302_11211979.jpg

一旦ホテルに戻り食事に出かけることにしました。



[2012.08.14]

次へ(第六日目-ハンガリー・ブダペスト散策・夜景とDinner)    [目次]
by AT_fushigi | 2012-11-20 08:55 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中欧家族旅行2012年08月-第六日目-ハンガリー・ブダペスト散策・ブダ城(I)



さて、ブダペストのブダとペストを分けているドナウ川に架かるくさり橋を渡ります。
c0153302_041816.jpg


今回の旅行で時間がなくてまた来たいと一番思ったのがブダペストでした。


ホテルは橋を渡ってラウンダバウトを左折し川沿いに1分のところにある「デザインホテル」です。
「Lanchid 19 Design Hotel 」
-- Address: Lánchíd utca 19, 01. Budavár, 1013 Budapest
-- Phone: (+36 1) 457 1200
-- HP: http://www.lanchid19hotel.hu/eng

今流行りのデザインホテルですので色使いや構造など新しいです。
c0153302_033788.jpg
c0153302_035034.jpg
c0153302_04129.jpg

ちょっと変わった壁です。
c0153302_044225.jpg

でも、なんと言ってもここは立地です。ホテルの裏側は王宮の崖になっています。部屋は川に面しており窓からくさり橋が見えます。夏休み価格で一部屋91ユーロと高めですが、得した気分です。
c0153302_054364.jpg


部屋で準備していると曇ったり晴れたりで怪しい空模様です。急いで王宮に出かけます。

歩いて3分でくさり橋のたもとに着きます。くさり橋をペスト側からブダ側に渡ると真っ直ぐ行くとトンネルがあり王宮の下を通って向こうに出ることが出来ます。ザルツブルクを思い出しました。トンネルの入り口も堂々としています。
c0153302_052936.jpg

トンネルの手前に王宮へ登るケーブルカーがあります。
c0153302_061132.jpg

早速切符購入。一人550フォリント(約220円)と切符にあります。地球の歩き方を見ても運営会社のHPで見ても840フォリントなので不思議です。夏だけの夕方の特別料金でしょうか。午後4時31分50秒に買っていますね。午後5時に聖堂などが閉館するからでしょうか。
c0153302_062693.jpg

ケーブルカーは急な坂に合う様3つのボックスを合わせた形です。定員9人で1ボックス3人乗りのようですがもっと乗っていることもあるようです。
c0153302_065612.jpg

さて、出発です。
c0153302_071292.jpg

段々くさり橋が見えてきます。
c0153302_072992.jpg
c0153302_074173.jpg

しかし、上に着くと木陰に半分隠れてしまいました。
c0153302_08292.jpg

遠くに国会議事堂が見えています。
c0153302_081644.jpg


王宮の丘に向かいましょう。なにかプロパギャンダでしょうか。
c0153302_091029.jpg

丘の城壁に入ってすぐの公園の像の下でバイオリンの演奏をしている人たちがいました。オペラか小説の一場面なのでしょうか。
c0153302_092794.jpg


マーチャーシュ聖堂(教会)に向かう道。
c0153302_094241.jpg

馬車が追い越して行きました。
c0153302_095571.jpg


聖堂が見えてきました。
「マーチャーシュ聖堂は王宮の丘に残るカトリックの聖堂である。正式名は「聖母マリア聖堂」で、1255年から1269年にベーラ4世が建造した聖堂が元になっている。現在「マーチャーシュ聖堂」の名で呼ばれるのは、マーチャーシュ1世が大改築を行い、高さ80 m の尖塔を増築するなどしたことに由来する。
本来はゴシック様式の聖堂だが、オスマン帝国領時代にはモスクとして使われていた。その後、バロック様式での改築を経て、19世紀にネオ・ゴシック様式になって現在に至る」(Wikipedia)
c0153302_0103557.jpg

その前の広場が三位一体広場で1712年から1713年にフィリップ・ウンゲリッヒによって建てられた三位一体の像(塔)が立っています。
ペスト終焉を記念してヨーロッパ各地に建てられたものです。
c0153302_0104854.jpg

c0153302_0113021.jpg

聖堂と三位一体像。
c0153302_0111326.jpg


もう閉館時間を過ぎていたので、聖堂をぐるり回ってみます。
右側面。
c0153302_0121343.jpg

後ろ姿。
c0153302_0122555.jpg

ここに聖イシュトヴァーンの騎馬像があります。
c0153302_0131579.jpg

左側面。
c0153302_0123941.jpg

隣のヒルトンホテルの窓に映っています。
c0153302_0132952.jpg


ヒルトンホテルのドミニコ会修道院遺跡。
c0153302_0135090.jpg


「漁夫の砦」に戻ります。名前の由来は色々言われているようですがはっきりした由来は無いそうです。
砦と言うより回廊で屋上は有料ですが上がることができます。
聖イシュトヴァーンの騎馬像の側にチケット売り場があり改札して階段を上ります。上は多くの人で賑わっています。
実は砦の南側は有料の展望台、北側はカフェになっています。写真の奥がカフェです。
c0153302_0144756.jpg

展望台からくさり橋、国会議事堂などの景色を美しく見ることが出来ます。
c0153302_0151181.jpg

そしてドナウ川の向こうに広がるペスト側のパノラマです。(クリックで拡大)
c0153302_0153095.jpg


カフェからの眺めも良いのです。そして皆勝手に写真を撮っていました。国会議事堂が近くです。
c0153302_0173740.jpg


聖堂前の旧市庁舎を見ながら西側に移動しました。
c0153302_0175692.jpg




[2012.08.14]

次へ(第六日目-ハンガリー・ブダペスト散策・ブダ城(II))    [目次]
by AT_fushigi | 2012-11-18 19:34 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

中欧家族旅行2012年08月-第六日目-ハンガリー・ホッローケー散策



バンスカー・シュチャヴニツァを去って山の中をハンガリーへ国境へ車を勧めます。

「ハンガリーで最も美しい村」と言われる世界遺産ホッローケーに向かいます。Hollókőはホッローケー、ホローケー、ホロケ、ホッロークーなどと表記されるとWikipediaにあります。
「ホッローケーという村の名前はハンガリー語の「カラス」と「石」を組み合わせたものである。」(Wikipedia)

村の入口の駐車場に車を止めるとおばさんがチケットを売りに来ました。
600Ft(約240円)でお城にも入れるチケットですが、駐車場代が含まれているのかどうかは分かりません。
c0153302_2383567.jpg


駐車場からお城Varを目指します。
c0153302_239325.jpg

ゆっくりとした上り坂を登ると15分も掛からないでお城に着きました。
c0153302_2391210.jpg

モンゴル帝国の侵攻を受けた後に、それへの備えとして14世紀初めに建造されたものだそうです。その後、オスマントルコの占領で放置され荒廃し、それが幸いして1711年の城塞破壊の王令の対象にならずに現在まで昔の姿を残しているそうです。1966年から30年かけて修復が行われたそうです。

お城の前が小高い丘になっていて登るとお城とその向こうに広がる低い丘が広がっている景色が楽しめます。
c0153302_239145.jpg


お城の入口です。紋章のようなのはカフェのマークで食事もできるようです。チケットを改札して入ります。
c0153302_239524.jpg

お城の中は展示があって、カラスの紋章もありました。
c0153302_231052.jpg
c0153302_23101527.jpg

守りのため、お城は絶壁の上に立っておりそこからホッローケーの村が見えます。
c0153302_23103735.jpg


お城から案内に従って村に下ります。

村の地図です。2本の通りに65軒あるそうです。私達は駐車場[P]からお城に上り村の一番奥に下りてきたのでした。
c0153302_23105315.jpg

編集したのが下図。(ダブルクリックで拡大)
c0153302_23105693.jpg


白い壁の特徴ある家々です。
「パローツ様式(Palóc)と呼ばれる独特の建築様式が保存されている。白い壁は泥と藁を混ぜたものに石灰を塗って作られている。屋根は主に入母屋造で、破風には木製の飾り格子があり、それぞれの家が分かる家紋のような透かし彫りになっている。これは装飾的役割だけでなく、煙の通り道としても機能している。」(Wilipedia)
元々は木造だったそうですが1906年に大火が起きほとんどの家が焼失、その後は石壁主体に一部木造と言う構造だと言うことです。

崖の上にお城がそびえています。右の家は石垣のところが地下で2Fに見えるところが1Fで人が住んでいるそうです。
c0153302_23114048.jpg

ここから見ると石垣が地下と言うのが分かります。
c0153302_2312054.jpg

村の入口方向に向かいます。教会の塔が見えています。
c0153302_23125694.jpg


メインストリート(右)と裏道(左)の分かれ道です。三叉路に立っているのはレストランです。ここでランチを食べようとしたら案内はされたのですが誰も注文を取りに来ないのです。呼んでも直ぐ行くと言う仕草をするだけです。15分待って、以前から待っていた近くの若い人が出ていったのを機に諦めて出ました。時間がゆっくりしているのかサービス精神が無いのか。社会主義国の悪弊が抜けていないのでしょう。
c0153302_2313145.jpg

右には大きな家があります。Dall Musiumのようですが入りませんでした。
c0153302_23132736.jpg


裏道を行くと伝統工芸村みたいなのがありました。
c0153302_23131078.jpg

メインストリートと裏道がまた合流するところに教会があります。中はシンプルな教会でした。
c0153302_23134118.jpg


メインストリートに戻るとお店があります。ジャムやピクルスなどを売っています。ここはお婆ちゃんのレシピ・味を売りにしていました。
c0153302_23141916.jpg
c0153302_23142262.jpg

入口付近まで可愛い家が続きます。
c0153302_23143370.jpg

入口の看板。
c0153302_23143210.jpg



この後お腹をすかして駐車場に戻りブダペストに向かいました。

(昼食は途中のドライブインでサンドイッチで済ませました)

そして、ブダペスト到着です。
c0153302_23152544.jpg



今日の移動です。
c0153302_23154042.jpg




[2012.08.14]

次へ(第六日目-ハンガリー・ブダペスト散策・ブダ城(I))    [目次]
by AT_fushigi | 2012-11-04 23:06 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)