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家族旅行2016年12月-中国上海、厦門ー第六日目-(I)厦門・福建土楼


今日は念願の「福建土楼」です。世界遺産に登録されて有名になりました。大昔、華僑の起源を探るというようなテレビ番組があり、そこで紹介されずっと興味を持っていました。そして行くところは「田螺坑」と決めていました。あの山から見た写真の場面を見て見たかったのです(行くまでは、その景色を見るためにわざわざ山を登るのだと思っていました!なのでドライバーにこの写真の風景が見えるところにも行ってくれと頼んでしまったのでした)。

さて、福建土楼への行き方です。

さて、Wikiによれば『「福建土楼」は「福建省南東の山岳地帯にある複数階の大きな建築物で、大集団がそこで生活、防衛し、土壁と木の骨組みで創られている」と定義される』だそうです。3,000くらいあるそうです。「ほとんどは龍岩市の永定県と漳州市の南靖県の山岳地帯にある」だそうです。
人が住んでいますし、交通の便もあるので、私達観光客は世界遺産に登録された福建土楼に行くことになります。
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UnicefのWeb Siteの地図に世界遺産名を入れてみました。番号は登録枝番です。行きたい田螺坑は006です。
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さて、行くことを決めてどうやって行こうかと思案しました。直線で100km、高速道路約100km、一般道約100kmです。欧米ならレンタカーですが...中国では止めておきます。公共バスもあるらしいのですが時間が掛かるのと自由が効きません。
オプショナルツアーですが、外国人向けのツアーは高い。英語でも一人1000元(15,000円)を軽く超えています。
現地の人は、中国ではCtripが良く利用されているというのでアクセスしてみました。しかし、中国語に比べ英語や日本語のサイトは貧相です。
中国人向けサイトでは希望に合ったツアーがありました。世界遺産006,008,009を回ります。交通費+昼食+入村料で298元です。ただし、バスは決まった駐車場までで後は自分で回るようです。現地人のバイクや自動車が並んでいるのでしょう。10元か20元でしょうが少ない滞在時間の中では面倒です。
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更に探していると、同じコースでプライベート向けのツアーがありました。家族向けの4人のコースもあります。全て車移動です。ただし、4人までの場合898元(約14,000円)です(4人乗れば一人224元ですが二人だと一人449元です)。外国人向けツアーより安いですがおそらくガイドは中国語でしょう。
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また、入村料(190元)や昼食代は入っていません。
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現地の人に相談したら、時間がフレキシブルで、ツアーより丁寧に案内してくれるプライベートドライバーのほうが良いとのことで、こちらに決めようとしました。問題は前日にドライバーから連絡があるというところです。親切にも一人が面倒を見てくれました。要はその人の名前+電話番号で申し込んだのです(その人は良く利用する会員で割引(5%)もありました)。その人が厦門のCtripに電話して事情を説明したらOKだったそうです。
以前、モロッコのシャウエンに行った時もドライバーを頼みましたが、帰りの時間さえ守れば、場所や時間に融通が利き良かったのを思い出しました。良いドライバーに当たればいいと思いました。
ちなみに、Ctripでは英語か日本語を話すドライバーを探してくれましたが見付からなかったということでした。

旧正月のひと月前ということで中国人の旅行客は少なめだろうとは思いますが、1週間前に予約して問題ありませんでした。前日にドライバーと車の写真、時間(8:30とあったので迎えの時間と解釈)がWechatで送られてきました(写真はサイズを変えボカしました)。
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[2017.01.03]

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by AT_fushigi | 2017-02-07 16:16 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2016年12月-中国上海、厦門、世界遺産福建土楼


今回は子供達もいろいろ都合ができて一人参加の二人家族旅行。中国は滞在が10日なので8日間滞在で予定を立てました。
私は厦門から参加します。私が旧正月の休みのため新暦正月の休みが余り取れないということもあります。
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さて、北は寒いし、スモッグが凄いので今回はパス。香港やマカオは、計画を立てた11月には航空券、ホテル代とも高いのしか残っていませんでした。そこで、上海・厦門ということにしました。
厦門航空はまだ安かったので、東京―厦門―上海の往復です。厦門航空の厦門発東京行が9:10と朝早いこともあり、最終日は厦門泊となるので、先に上海に行くことにしました。深夜に上海着です。このトランジットがリスクが高いという意見もあったので、100元で変更可の少し高いチケットにしました。

ホテルは比較的取り易く、便利なロケーションで一泊7千円前後(400元台)で取れました。上海は11月の出張で知った「全季」ホテルが人民広場から5分くらいのところにありました。代理店の友達に会員価格で取ってもらいました(私は会員になったのですがなぜかWEB予約できないのです)。厦門はBooking.comの45%割引特別価格で厦門最古という良いホテルが取れました。

観光では念願の世界遺産の福建土楼が第一のメインで、800元台と少し高かったのですが、ゆっくりできる1-4人の現地旅行を選びました。上海では水郷古鎮の朱角家に行くことにしました。バスで手軽に行ける古鎮です。厦門のコロンス島が台風の被害のため行けなかったのでリベンジです。
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第一日目 東京 --(MF816)--> 厦門(19:10)
     厦門 (21:00) --(MF8517)-->上海 (22:55)、泊
第二、三日目 上海市内観光、上海泊
第四日目 朱角家古鎮、上海泊
第五日目 上海 --(MF8512)--> 厦門 泊
第六日目 福建土楼 厦門泊
第七日目 厦門観光 厦門泊
第八日目 厦門 --(MF816)--> 東京

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[2016.12.29-2017.01.05]

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by AT_fushigi | 2017-01-05 22:00 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族小旅行2016年05月-諏訪・木曽路・遠州-第三日目-三保の松原


大井川を渡り、焼津港見物して、久能山ー日本平は通り過ぎ三保の松原に。御穂神社から参道「神の道」に入り三保の松原無料駐車場に。結構広いのです。
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車を止めて三保の松原に向かいます。
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案内板です。ここは世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産に登録されています。
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御穂神社のご神体である羽衣の松です。2010年に世代交代したばかりの三代目です。
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この松並木を海の方へ横切ると視界が開けます。太平洋です。
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砂浜に出ると富士山が見えてきます。
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低気圧が通った後で波も荒いです。
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波打ち際に下がっていくとどんどん富士山が見えてきます。
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海沿いに富士山に近づくと砂浜保全のための消波ブロックがあります。そこからの富士山はなかなかの景色です。この日は波が荒く波と富士山が撮れました。
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さらに進むと人も減りカメラスポットになります。
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十分時間をかけ富士山と太平洋を堪能して遊歩道に上がります。三保の松原は砂嘴の根本ですが遊歩道で先まで行けるようです。富士山も良く見えるでしょう。私たちは十分見たと松林の中を駐車場に向かいました。
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今日は風に当たりすぎて疲れたということ(言い訳)で高速に乗り東京に向かいました。途中サービスエリアで簡単に食事をして、家に着いたら本当にバタンキューと寝てしまいました。

今回は車の足慣らしも兼ねて中央・東名くるりドライブでした。あまり観光など目的意識もなく、連休中なのでホテルだけ予約して出かけました。諏訪の御柱もニュースで見ていましたが「ああそうだ」と現地で知ったし、浜松まつりも知らずにホテルを予約していました。妻籠の旧小学校や和智埜神社も散策していて見つけました。
そうです、子供が生まれてからはきちんと計画を立てて旅行するようになっていました。子供が大きくなった今、こういうのんびり旅・ドライブも良いものだと思いました。若いころの取りあえず松本行に乗るか、大垣行に乗るかという深夜列車の旅を懐かしく思い出しました。


[2016.05.04]

完      [目次]

by AT_fushigi | 2016-07-02 11:44 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2015年09月-カタルーニャ・ピレネー・サンテミヨン・バスクー帰国報告


家族旅行・スペイン・フランスの旅から帰国しました。バルセロナからフィゲレス、アンドラ、カルカソンヌに抜け、ミディピレネー、サンテミヨン、バスクと楽しんできました。ロカマドールで半日過ごすなど予定外のこともありましたが大きなトラブルもなく、ほっとしています。
サンテミヨンとサンセバスチャンでは大きなイベントでがありホテルになかなかたどり着けませんでした。サンテミヨンでは旧市街封鎖され、人でごった返す混雑の中で鞄をコロコロ転がしながら歩いているときに突然花火が始まりました。頭上で破裂する、日本とは違う花火を楽しみました。サンセバスチャンではホテル指定の民間地下駐車場に停めて出たら目の前にレッドカーペットが敷かれており両サイドを人が埋め尽くしていました。どういうイベントか結局わかりませんでした。ビルバオではGuggenheim美術館の真横でRedbull Cliff Diveが行われており多くの人が集まっていました。美術館の中からもダイブが見えました。そのほかにもイベントにぶつかりました。バカンスが終わり、イベントの時期間のでしょう。いつの日かアップできればと思います。
レンタカーはVOLVO V40にアップグレードしてくれました。今問題のクリーンディーゼルでした。1883kmのドライブでした。ここで教訓。旅行鞄ですがレンタカーということであまり考えずに大きなのを2つもって行ったのですが5ドアのV40の後ろでもやっとで、セダンだったらトランクには載せられなかったでしょう。実は出発の朝我が家の車のトランクには乗らず後ろ席に旅行鞄1つを抱えて乗るしかありませんでした。レンタカーのことを考え心配していました。具合よくV40にアップグレードしてくれたので助かりました。レンタカーは10日で総額600ユーロ以下でした。駐車場はバルセロナとサンセバスチャンが有料で一日20ユーロで計100ユーロ、NAVIは現地調達で119ユーロだったので車関係で800ユーロでした。
ホテルはアパートを借りたりして4人で1日平均150ユーロでした。サンセバスチャンは大きなイベントのため、一つ星なのに380ユーロも取られました。他は4人泊まって大体105~120ユーロでした。いずれも最安値狙いではなく市内中心で家族で泊まれるところを選びました。
食費は4人で一日最高200ユーロという感じでした。タパスやピンチョスも楽しみ安く上がりました。スペインやパリ以外のフランスでは、いかにも食を楽しむという感じで安いです。地球の歩き方に乗っていた日本人御用達のようなお店で新鮮魚介とパエリヤ(+ボトルワイン)が4人分で122ユーロでしたが、次の日、自分たちで歩いていて見つけた店では似た内容で70ユーロでした。どこでもクレジットカードは使えました。電話回線を使った小型端末で簡単支払いです。店によっては5ユーロ以上、10ユーロ以上というところはありました。ICカードが便利です(PINを忘れないように)。
ワインも安く20ユーロ出せは美味しいボトルが楽しめます。サンテミヨンでもGrand Cruで30ユーロ台です。地元の人は10ドル台を頼んでいました。毎日飲むにはこういう値段でないと。サンテミヨン最後の夕食では頼んだワインに対しレストランのオーナーがこれは僕がオーナーをしているビンヤードのワインだよと嬉しそうでした。
パエリヤはいかにも観光客向けというのは避けたのですが、行った店どこでも美味しかったです。一つ10ユーロ程度で2人前です。4人なので純魚介とイカ墨の2つを毎回頼みました。有名な店では一つ20ユーロでしたが特に差は感じませんでした。庶民のお皿だからでしょう。フランスではカモのももや砂肝のコンフィ、フォアグラや肉のパテなど楽しみました。
スペインの夜はタパスやピンチョスで飲み歩きました。やはり魚介系がおいしかったです。また、青唐辛子の焼いたのは大皿で食べました。こういうところではワインはどんどん出ているハウスワインです。また、ビールはハウスワインより高く、お店ごとに違ったブランドで1種類か2種類しか置いてなくマイナーだなという感じです。
生ハムはスペインとフランスでは格段にスペインが美味しかったです。しかも安くてナイフで薄く切った山積みの生ハムを平らげました。チーズはフランスに軍配が上がります。子供には作りたてのロカマドールチーズが大うけでした。カフェ(エスプレッソ)も美味しく毎食や休憩には欠かせません。また、デザートまでが食事でカフェは別というのも子供には新しいことのようでした。デザートとコーヒは一緒に出てくるものと思っていたようです。
とても充実した旅だったと思います。今、心地よい疲れを感じています。おやすみ。



[2015.09.28]

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by AT_fushigi | 2015-09-30 10:09 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2015年09月-スペイン・フランス国境くるり



今年の家族旅行はシルバーウィークを利用してバルセロナから北上しバスク地方を回ります。
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by AT_fushigi | 2015-07-19 09:27 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2011年12月-欧州-南イベリア半島-第二日目-グラナダ・アルハンブラ宮殿(V)、ナスル朝宮殿(III)・ライオン宮



ライオン宮です。ライオン宮はハレムと客間を兼ねていました。残念ながらライオンのパティオ(Patio de los Leones)は修復中で中に入って見ることはできませんでした。当初は2010年に完成でしたが遅れているようです(2012年7月に再公開)。このため、アベンセラヘスの間(Sala de los Abencerrajes)も行くことができませんでした。
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修復の展示がありました。しかし、暗くて見ている人は疎らでした。
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二姉妹の間(Sala de las Dos Hermanas)です。ここは美しいモカラベのドーム( cúpula de mocárabes)にうっとりです。
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モカラベは10世紀毎イランの北東部で起こった(Wikipedia)装飾様式で、蜂の巣のような窪んだ鍾乳石のような柱状の要素で構成されています。
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二姉妹の間の左右(東西)には寝室があります。天井は木製です。
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北側にはナスル朝最後の王、ボアブディルの妻ダラハ(リンダハラ)の名前を冠するダハラまたはリンダラハの展望台(Mirador de Daraxa/ Lindaraja)も息をのむほど美しいです。そして、その美しさと名前に寂寥を感じます。
窓の向こうにはグラナダのアルバシンが眺められたそうですが征服者カルロス五世の滞在のために作られたパティオと住居で今は遮られています。
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天井のステンドグラスも美しい。
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廊下の天井と壁です。
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[2011.12.30]

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by AT_fushigi | 2015-07-06 15:16 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2011年12月-欧州-南イベリア半島-第二日目-グラナダ・アルハンブラ宮殿(IV)、ナスル朝宮殿(II)・コマレス宮



コマレス宮に向かいます。コマレス宮はスルタンが政治を行った重要な王宮です。スルタンはコマレスの塔の大使の間で内外の人々に会いました。謁見を待つ人々はアラヤネスのパティオで待機していたそうです。

メスアールのパティオに面してコマレス宮のファサード(正面入り口)があります。
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出入口はブルーのタイルモザイクで飾られています。右の入口がスルタン一族の住居に通じ、左の入口が来客用です。
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その上部の壁面が素晴らしい。
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さて、左の入口から入ります。恐らく乱入を防ぐためでしょうクランク状になった廊下を進みます。別の模様のブルーのタイルモザイクを見ながら進みます。
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ハイライトの一つ、アラヤネスのパティオ(Patio de los Arrayanes)に出ました。アラヤネスは地中海原産のギンバイカ(銀梅花)のことだそうです。水鏡と呼ばれるパティオ中央の長方形の池の両側にあるきれいに剪定された低木の植木がアラヤネスだそうです。
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この中庭を囲む壁には美しいアラベスク様式のモザイクと唐草模様が彫られています。
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パティオに出てすぐ左手にスルタンの間があります。その手前に細長いバルカ(ボート)の間(Sala de la Barca)があります。名前の由来は天井の形から来ています。
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スルタンが政治を行った部屋は大使の間(Salon de Embajadores)といわれているので各国の大使等と謁見した部屋のようです。そこはほぼ正方形で天井が高く、外から見ると一段と高い建築物でコマレスの塔と呼ばれています。中は天井まで壁にアラベスク様式の唐草模様が彫られています。壁には各辺に3つずつ計9つ外に向いた窓のある小部屋があります。真ん中がスルタンの小部屋です。
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アラヤネスのパティオに戻ります。パティオの反対側からコマレスの塔を見ます。夕日に染まった塔は忘れることができない美しさです。
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水鏡の池と呼ばれているのはこの塔を美しく反射するからです。
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特に水の注ぎ口を入れて撮るのは順番待ちです。
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そして振り返るとちょっとした空間が表れます。その半ドーム天井は期待させる模様とブルーです。
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by AT_fushigi | 2015-07-03 18:48 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2011年12月-欧州-南イベリア半島-第二日目-グラナダ・アルハンブラ宮殿(III)、ナスル朝宮殿(I)・メスアール宮



さて、アルハンブラの宮殿といえばナスル朝宮殿です。Wikipediaの引用です。
「アルハンブラ宮殿が大きく拡張されたのは、 [略] イベリア半島最後のイスラム王国であり、グラナダを首都としたナスル朝(1232年 - 1492年)の時代に入ってからである。」「14世紀後半、ムハンマド5世(1354-1359, 復位1362-1391)の治世下で、ナスル朝はその最盛期を迎えた。 [略] ムハンマド5世は、[建国者]ムハンマド1世(1232-1273)の代から造営が行なわれていたアルハンブラ宮殿に、先代ユースフ1世(1333-1354)に続いて大規模な改修を行ない、イスラーム美術の到達点を示す宮殿群を築いた。」「コマレス宮はユースフ1世によって、中核部のハレムであったレオネス宮はムハンマド5世によって造営された。」
内部はメスアール宮、コマレス宮、ライオン宮の3つの王宮で構成されています。

さて、ナスル朝宮殿に入場します。今回も午後と夜の見学チケットを取りました。チケットはこの宮殿の入場時間指定です。私たちのは17hと印刷されており、午後5時から5時半の間に入場しなければなりません。指定時間以降30分以内だけ入場できます。午後5時にしたのは、冬時間の午後最後の入場で後から人が来ないことでゆっくりできると考えたからです。
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午後4時45分ごろに集合場所であるカルロス5世宮殿の前庭に行くと既に列ができていました。私たちを追い越して入場していく人は午後4時30分の入場者です。
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15分の待ち時間は猫を相手にしました。
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午後5時になって入場です。
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入口です。
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まずはメスアール宮。まっすぐ進むと見学最初の部屋はメスアールの間(Sala deI Mexuar)の入口です。
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メスアールの間はスルタンがイスラム法学者と会う部屋です。その奥に礼拝堂がありミフラーブもあります。この場所は宗教的な意味合いが強くキリスト教徒によって破壊・改修され、がらんとした部屋となっています。部屋に書いてあったイスラム王国の「王国は神のもの、権力は神のもの、栄光は神のもの」という壁の文字もキリスト教的な言葉に変えられたそうです。
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メスアールのパティオです。真ん中に噴水があります。ここはスルタンが家臣と謁見する場所だったそうです。
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この奥は黄金の間です。ここはスルタンが勅令を書かせたりしていた場所だそうです。黄金の間の天井が素晴らしい模様なのですがうまく写真に撮れませんでした。夜に撮り直しました。
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コーネル大学のホームページにあった、ナスリ朝宮殿の構造図に見学ルートを示します。
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by AT_fushigi | 2015-07-01 15:00 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2011年12月-欧州-南イベリア半島-第二日目-グラナダ・アルハンブラ宮殿(II)、カルロス5世宮殿、アルカサバ



さて、アルハンブラに入場します。前回は20年以上前なのですが印象が強かったので昨日のように思い出しながら進みました。

アルハンブラ概要をWikipediaで引用します。
「アルハンブラとはアラビア語で「赤い城塞」を意味するアル=カルア・アル=ハムラーと呼ばれていたものが、スペイン語において転訛したものである。
8世紀初頭まで、この地は西ゴート王国の支配下にあった。711年、ウマイヤ朝の北アフリカ総督であるムーサー・イブン・ヌサイルが武将ターリクに命じ、トレドまでを占領。その後数年で、イベリア半島全域がイスラーム圏となった。この地に、...このときの都はまだコルドバであり、グラナダの丘の上には軍事要塞アルカサーバだけが建てられていた。
アルハンブラ宮殿が大きく拡張されたのは、...グラナダを首都としたナスル朝(1238年 - 1492年)の時代に入ってからである。...大きな変貌を遂げるのは、ナスル朝の黄金時代を築いたユースフ1世とその息子のムハンマド5世の時代である。1492年、カトリックのレコンキスタによってグラナダが陥落するとアルハンブラ宮殿にも一部手が加わった。...カルロス5世がこの地を避暑地として選び、カルロス5世宮殿を建設」
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さて、入口は実は2か所。チケット売り場の傍の入口以外に嘆きの門からも入場でき、カルロス5世宮殿に出ることができます。前回一日目はチケットを発券して傍の入口から入場しましたが、二日目は嘆きの門から入場しました。確認取れていませんが嘆きの門ではチケットのチェックが無いようです。ちなみに前回入場した時はチェックがありました。
今回はチケットを発券したので、売り場の近くの入口から入りました。
両側の遺構を見ながら進みます。
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間もなく、城壁のような、アリスの国のトランプの兵士のような形に刈られた並木道となります。
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並木道を抜けるとまた門があり中に入ると元サンフランシスコ修道院、「パラドール・デ・グラナダ」です。人気のパラドールで冬にもかかわらず2カ月前の予約では満室でした。
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アルハンブラのアイドル?可愛い猫ちゃん。
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直ぐに見えてきたのが、キリスト教徒勝利の後、モスクを改装して建てられた「サンタ・マリア・デ・ラ・アルハンブラ教会」です。
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その隣に見えてくるのが「カルロス5世宮殿」。1496年カトリックのレコンキスタによって進出してきたカルロス5世のために建設された宮殿です。実はこれはアルハンブラには相応しくない建物だと感じました。建物の内部は円形の中庭ですが、皇帝逝去のため未完成だそうです。2Fは美術館となっていますが時間が遅く入れませんでした(ナスル宮殿の入場時間も迫っていました)。
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傍にあるインフォメーションのある建物にワインの門があります。ナスル宮殿の中でも古く、ムハンマド3世(1302-1309)の時代に作られたそうです。ナスル宮殿への城内の門だと言うことです。
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門を通ってアルカサーバ、城塞に向かいます。トレドに王朝があったときはここは城塞でした。グラナダに建国したナスル王朝の時から宮殿などが建てられたのでした。アルカサーバに向かって右側から入ります。
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中に入ると対岸のアルバイシンの町とサクロモンテ丘が見えます。サクラモンテ丘の方に城壁がうねっています。地図で調べると「Muralla Nazari(ナザリ城壁)」です。その頂点にあるのは「Ermita San Miguel Alto(高所のサン・ミゲルチャペル)」です。
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中庭の向こうに宮殿が見えます。
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北の城壁を歩いているとアルバイシンやグラナダの白い町が見えます。
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アルハンブラの最西端、城塞の端にある塔です。
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登ると...
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南側の城壁です。遠くに雪山が見えます。
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兵どもが夢の跡
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そろそろナスル宮殿の見学時間です。

WALKING MAPです。地図はアルハンブラ宮殿の公式HPから画面コピーしました。
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by AT_fushigi | 2015-06-06 23:25 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2011年12月-欧州-南イベリア半島-第二日目-グラナダ・アルハンブラ宮殿(I)



少し遅めのランチを終えてコルドバからグラナダに向かいます。高速で2時間くらいで市内へ着きました。直接アルハンブラ宮殿に向かいます。
宮殿に向かってナビに案内され坂を登りました。坂の途中に交通信号がありました。2本の坂道が交わっていたのです。丁度、赤で進む方向から車が下りてきます。間もなく青になったのですが前方の矢印に迷って矢印通り左に曲がってしまいました。
Googlemapのストリートビューで見ると、まず信号です。右手は別の坂のくだりです。前方は右は登り、左は下りです。ナビは前方右を行けと指示していました。信号が赤で前方右の道路から下りの車が降りてきていました。前方の車が来る前に、後ろの車が赤であるにもかかわらず追い抜いて左の下りへ行きました。
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青になって進むと前方に矢印が。一方通行の出口のサインかと思い左の下りを取っていしまいました。後続車がそうしたのと、実はその前に一方通行に突っ込むと言うナビの指示ミスがあったからです。
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でもよく見るとトラックは左には行けないというサインもありますね。とにかくナビの言うとおりぐるり一周して元に戻りこの右の登り道を進みました。
一方通行の坂の上にも信号がありました。一車線の交互通行だったのですね。
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無事駐車場に着きました。12月30日という年末のためか駐車場はほとんど車がありませんでした。
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窓口には長い待ち行列だったので、まず、自動発券機に行ってみました。理由ははっきりしませんが、どうしても発券できせん。
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仕方ないので並んでいる窓口へ。すると、予約済みの人はこちらと直ぐに順番がきました。予約時のクレジットカードを差し出すと無事チケットを渡してくれました。
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左上が午後のチケットで夕方17:00から宮殿に入場、右下が夜のチケットで20:30から宮殿に入場です。
アルハンブラのチケットは事前予約が必要です。夏休みなど早くに売り切れます。見学の詳細はこちらのアルハンブラ宮殿公式ページで。
午前、午後、夜のチケットがあります。宮殿(ナスル朝宮殿)を見学する時間指定の予約が必要です。チケットはWEB(夜はWEB HP下部に)でも問題ありませんでしたが、英語なので不安のある人は少し高いですが事情に詳しい旅行代理店などに依頼しても良いと思います。大事なことは予約の時に使ったクレジットカードを持参することです。
なお、前回秋に来た時は英語でしたが電話を掛けて予約したことを思い出しました。電話予約の割り当てもあるとの情報もありますのでトライされては如何でしょうか。また、国内向けと国外向けの割り当てがあるとの噂もあり泊まる予定のホテルに事前に頼んでは如何でしょうか。
午前、午後、夜は入れ替え制のようです。また、ハイライトのナスル朝宮殿の見学は人数制限があり30分毎の時間指定ですが遅れると入場できません。また閉場1時間前の入場までです。
     03/15~10/14  10/15~03/14
  午前:08:30~14:00  08:30~14:00
  午後:14:00~20:00  14:00~18:00
  夜間:22:00~23:30  20:00~21:30
夜間は2回しか入場がありませんので注意が必要です。


by AT_fushigi | 2015-06-01 00:15 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)