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家族小旅行2016年05月-諏訪・木曽路・遠州-第三日目-三保の松原


大井川を渡り、焼津港見物して、久能山ー日本平は通り過ぎ三保の松原に。御穂神社から参道「神の道」に入り三保の松原無料駐車場に。結構広いのです。
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車を止めて三保の松原に向かいます。
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案内板です。ここは世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産に登録されています。
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御穂神社のご神体である羽衣の松です。2010年に世代交代したばかりの三代目です。
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この松並木を海の方へ横切ると視界が開けます。太平洋です。
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砂浜に出ると富士山が見えてきます。
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低気圧が通った後で波も荒いです。
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波打ち際に下がっていくとどんどん富士山が見えてきます。
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海沿いに富士山に近づくと砂浜保全のための消波ブロックがあります。そこからの富士山はなかなかの景色です。この日は波が荒く波と富士山が撮れました。
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さらに進むと人も減りカメラスポットになります。
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十分時間をかけ富士山と太平洋を堪能して遊歩道に上がります。三保の松原は砂嘴の根本ですが遊歩道で先まで行けるようです。富士山も良く見えるでしょう。私たちは十分見たと松林の中を駐車場に向かいました。
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今日は風に当たりすぎて疲れたということ(言い訳)で高速に乗り東京に向かいました。途中サービスエリアで簡単に食事をして、家に着いたら本当にバタンキューと寝てしまいました。

今回は車の足慣らしも兼ねて中央・東名くるりドライブでした。あまり観光など目的意識もなく、連休中なのでホテルだけ予約して出かけました。諏訪の御柱もニュースで見ていましたが「ああそうだ」と現地で知ったし、浜松まつりも知らずにホテルを予約していました。妻籠の旧小学校や和智埜神社も散策していて見つけました。
そうです、子供が生まれてからはきちんと計画を立てて旅行するようになっていました。子供が大きくなった今、こういうのんびり旅・ドライブも良いものだと思いました。若いころの取りあえず松本行に乗るか、大垣行に乗るかという深夜列車の旅を懐かしく思い出しました。


[2016.05.04]

完      [目次]

by AT_fushigi | 2016-07-02 11:44 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族小旅行2016年05月-諏訪・木曽路・遠州-第三日目-御前埼灯台


「くれたけインセントラル浜松 」の朝食はビュッフェです。今日は夕食まで食事なしということにして、ホテルでお腹いっぱい食べて出発です。
今日は御前埼灯台と三保の松原へのんびり下の道で行くことにしました。

御前崎にある「御前埼灯台」は迷わずに行けたのですが無料駐車場が混んでいます。10分ほど待ったらお土産屋のおばちゃんがあそこに止められんかと声をかけてくれました。狭くて新車では怖いと家族が言うのを、ドアがあかないからと家族を下ろし、強行し無事駐車しました。
灯台へは一分。200円の入場料でした。
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まずは灯台の展望階まで階段で上がります。通路に出たとたん息が止まるほどの強風に襲われました。何とか踏ん張りながら進みます。ここは、帽子とか装飾品とかは下に置いてきましょう。
カメラも飛ばされそうで撮影も怖かったです。海に向かって右(西)は風に押された大きな白波が岸に押し寄せています。
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左も大波が襲っています。
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丸みを持った水平線を撮ろうと海に正対すると息ができなくなってしまいます。うまく撮れませんでした。息を確保しながら強風の中佇んでじっと波を眺めていると自然の息を感じました。それがなぜか心地よくじっと海を眺めていました。家族に促され下に降りました。もっと居たかったのに。
下に降りると「灯台まつり」の幟がちぎれんばかりとなっていて関係者が片づけを急いでいました。そのわきを通って「御前埼灯台資料館」に入ります。入口からの灯台が迫力あります。
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灯台の歴史などが展示されています。
  徳川幕府によって、「見尾火(みおび)灯明台」が作られた
  1874年(明治7年)5月1日に2年の歳月と巨費を投じてかけて洋式灯台の完成、初点灯
       「灯台の父」と呼ばれる英国人リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計
       回転式の第1等フレネル式レンズ(フランス製)
  太平洋戦争のためレンズや灯器が破壊され、灯塔にも損傷
  1949年(昭和24年)3月24日に、戦災復旧工事が完成
       ただし、レンズは第3等大型フレネル式レンズ
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ご存知、映画「喜びも悲しみも幾歳月」。1957年の作品で木下惠介原作・脚本・監督、佐田啓二・高峰秀子主演。このポスターで当時を思い出す人も多いのでしょうね。私の親の時代の話です。「イーストマン松竹カラー」はコダックフィルム使用ということでしょうか。
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入れるより苦労して車を駐車場から出して灯台から見えた海のそばの駐車場に向かいます。
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ここから見上げる灯台も一幅の絵です。
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三保の松原に向かいます



[2016.05.04]

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by AT_fushigi | 2016-07-02 01:12 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族小旅行2016年05月-諏訪・木曽路・遠州-第二日目ー浜松まつり・御殿屋台引き回し


木曽から浜松に向かっています。名古屋近辺を走っていると遠く西の空が黒くなっているのが見えました。天気予報でも浜松地方は豪雨です。
浜松まつりでホテルの前の道が17:00以降通行止めになると事前にホテルからメールがあり、契約民間駐車場を使用するようにとのことでした。まつりは中止かと家族がホテルに電話すると中止決定は出ていないと。
通行止めを確認して指定駐車場へ。コロコロ転がしてホテルまで歩きました。
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ホテルは「くれたけイン」。この地域で有名なビジネスホテルですが、連休でもあり倍額に近いですが周辺と比較し絶対値で決めました。御殿屋台引き回し会場に近いことが分かり、家族にも喜んでもらえました。
チェックイン後、まつりで混雑が予測されたのですぐに夕食へ。
ホテル前の通りでは祭りの準備が...
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ぶらぶら歩きながら決めたのが「桜串」。新しそうなお店でしたが串揚げと魚介がおいしいお店ということで選びました。
-- 「桜串」
-- 静岡県浜松市中区田町315-23
-- 050-5571-6711(予約)
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我が家は日本酒なのでプレミアムモルツビールの後、地酒「花の舞」で通しました。普通に美味しいお店でした。
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お刺身は黒鯛も良かったですが「まだか」という地魚が白身の旨みで楽しめました。串揚げはご主人のご自慢のようで野菜に拘っているとのことでした。軽くあっさりしていて美味しかったです。その他、馬刺しやサラダとかいただきました。出し巻き卵はお勧めです。ただし、連休で生の鰯がなく残念でした。
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食事中に外を屋台が通りました。
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外に出ると2つの町会がエールの交換を行っていました。
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浜松まつりは毎年5月3日から5日に開催される市民祭りです。そのメインは昼の凧揚げ合戦と夜の練りと御殿屋台引き回しです。
凧揚げ合戦の起源は江戸時代に全国で広く行われた長男誕生を祝う端午の節句の初凧行事だそうです(浜松には室町時代の城主の長男誕生を縁起とする伝説がありますが、伝説に過ぎないようです)。明治時代に全国的に初凧が廃れていく中、浜松では町ごとの消防組の対抗行事として凧揚げが盛んになっていったそうです。この時から合戦の合図にラッパが使われるようになったという記録があるそうです。
練りは凧揚げの後男たちが酒をふるまう長男誕生の家を練り歩いたことから、御殿屋台引き回しは凧揚げの帰りの男たちを芸者衆が屋台で迎えたことが起源と言われています。
戦後、「浜松まつり」として市の観光の目玉として発展してきたものだそうです。100万人から150万人の人で賑わう浜松の連休中の一大イベントとなっています。

さて、御殿屋台の引き回しのパレード会場に向かいます。途中でいくつかの町会の練りにあいました。長男誕生の家の方や役員さんたちでしょうか提灯や御幣を持った人を先頭にして、旗や幟、ラッパや太鼓の鳴り物、町内会参加者が練り歩きます。
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呼子とラッパの音が独特です。Youtubeに雰囲気が良く出ているビデオがありました。



さて各町会が工夫を凝らした屋台です。でも、奇をてらった屋台はなかったようです。いくつかご紹介します。
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最後の屋台は暗闇の向こうに消えていきました。
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ホテルからメールをもらうまで浜松まつりのことを知らなかった私たちはラッキーだったねと楽しい気分でホテルに帰りました。



[2016.05.03]

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by AT_fushigi | 2016-06-26 14:25 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族小旅行2016年05月-諏訪・木曽路・遠州-第二日目ー馬籠宿


馬籠です。急に人の姿が見えてきたので無料駐車場の案内に沿って山側の道を上ります。人気の観光地とあって駐車場はほぼ一杯でしたが何とか停めることができました。
駐車場からすぐのところに展望台があります。正面に恵那山が見えます。
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展望台から旧街道を下り馬籠宿に入ります。その途中に高札場があります。「高札場とは、幕府や領主が決めた法度(はっと)や掟書(おきてがき)などを木の板札に書き、人目のひくように高く掲げておく場所のことです。」(国土省関東地方整備局 横浜国道事務所)
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現在の中山道を横切ると宿場町です。1895年(明治28年)と1915年(大正4年)の2回の火災により古い建物は全て焼失し、現在の街道筋はその後再建したものです。
妻籠より多くの観光客が訪れていました。街道筋は急こう配の狭い道で、雨の日は怖いと思いました。
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写真は宿場のほぼ中央で右に藤村記念館、左に観光案内所があります。島崎藤村の生家は馬籠宿の本陣でしたが、1895年の火災で焼失し、その跡に1947年建てられたのが藤村記念館です。日本初の文学館だそうです。有料なので外から伺っただけですが、藤村の資料6,000点を有し、終焉の地、神奈川県大磯町の書斎も復元してあり、「一巡すると藤村の生涯をたどることが出来ます。」(藤村記念館HP)だそうです。
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上の写真にもありますが、少し下ったところに民宿、馬籠茶屋があります。妻籠の松代屋同様外国人に人気のようです。この後、2組の外国人のグループがキャリーバックを引きながらこの急な坂を上ってくるのに会いました。

人が多くてエンタテイメントパークのようです。道の途中には女の子の喜びそうな雑貨屋さんとか甘味処があります。若くない私は妻籠の方が好きです。
馬籠で目立ったのは植物です。江戸の下町のように軒下に様々な花が咲いていました。
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私たちは宿場の上の方の駐車場に止めたので急な坂を下って宿の入口の桝形に着きました。妻籠同様ですが坂がきついです。その桝形に沿って水車があります。この水車は中津川市が進める「中津川小水力発電」の一つで第一号機と二号機の2つあり、計0.5kWの能力があるようです。桝形にあるのが第一号機で、啓発を目的とし、照明や展示物、ディスプレイなどに使っているそうです。中に入ると発電機が見えるように置いてあり、いくつかの電球が着いたりつかなかったりしています。
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桝形を過ぎるとまた現在の中山道にぶつかります。ここがバスで来る人の入口となっているようです(上の入口に停まるばすもあるようです)。お土産屋さんなどでにぎわっていました。
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ここから、駐車場まで上ります。この後、天気の崩れが予報されていたので、浜松に向かいます。

by AT_fushigi | 2016-06-25 16:19 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族小旅行2016年05月-諏訪・木曽路・遠州-第二日目ー妻籠散策


いわゆる街道筋なので行は右、帰りは左の見学でもよかったのですが、狭い道の事、両側を見ながら歩いたので帰りは道を外れて散策しました。
桝形を上ったところで街道は左に直角に曲がるのですが直進の上り道があり進むことにしました。
まもなく小学校が見えてきました。旧妻籠小学校です。懐かしい木造校舎です。私の卒業した小学校も木造でした。理科室や図書館などはコンクリートの建物になっていましたが学級教室は木造でした。廊下や教室は雑巾がけをしていたのを思い出しました。
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懐かしい、どこの小学校にもあった二宮金次郎さんもいらっしゃいました。
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傍に沿革の碑が立っていて、「明治6年 光徳寺の観音堂に和智埜学校」として開校したそうです。「平成9年 閉校」とのことです。1873年から1997年まで125年の歴史のある学校でした。
側のプールは残っており、まだ現役のようでした。
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妻籠観光協会のWEB SITEに学校の内部が紹介されていました。興味ある方はこちらからどうぞ。

今でも手入れされている校舎に沿った庭園を見ながら奥へ進むと鳥居があります。和智埜(わちの)神社です。先の観光協会WEB SITEによれば「語源は、ワは輪や環など、チは土地、ノは山裾の傾斜地」だそうです。実際、急な階段を上ったところにありました。
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数十段(数えていません)の階段を上ると神社です。男性の観光客と地元の子供連れの親子が居ただけで静かでした。
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室町幕府の天正年間(1573-1593年)に創立されたとのことです。現本殿は明治11年に改築されたものだそうです。
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境内の一角にたくさんの祠が祀られています。観光協会WEB SITEによれば「明治40年、小社統合合祀の通達により妻籠地区全体からここに集められたものです。全部で19の神社が並んでいます。」とのことです。写真も拝借しました。
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左側に道があり大黒様が祀られていましたので、お参りしました。先ほどの旧妻籠小学校の道を挟んだ光徳寺には恵比須様がいらっしゃるとのことでした。
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旧学校まで降りて、光徳寺脇の道を進むと旧小学校のグランドがあり今でも町内運動会が開かれているそうです。さらに進むとまもなく県天然記念物のギンモクセイがあります。開花は9月下旬頃から10月初旬頃ということでその頃はにぎわうのだそうですが今は人が少ないです。
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先ほど参拝した和智埜神社の神官を務めた矢崎家のお庭にあって、樹齢450年くらいだそうです。
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この後、プラプラと歩くと宿場町の西の端に出ました。高札場や口留番所跡をみて駐車場に戻りました。
馬籠に向かいます。


[2016.05.03]

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by AT_fushigi | 2016-06-25 11:58 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族小旅行2016年05月-諏訪・木曽路・遠州-第二日目ー妻籠宿


朝ゆっくり温泉に浸かって出ました。浜松に向かう予定をいろいろ話しながら出発しました。
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中部地方は夕方から夜にかけての大雨が予測されていました。当初は「伊良湖で夕日」の予定だったのですが曇りか雨であろうと中止しました。話しているうちに日本酒「中乗」さんへの交差点を通り過ぎてしまい、さらに、寝覚めの床も通り過ぎてしまいました。家族にとっては美味しい日本酒を逃したのが残念ですが戻ろうとは誰も言いませんでした。
最初に停まったのは妻籠宿です。
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妻籠宿(つまごじゅく)は、中山道六十九次42番目の宿場です。
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(泊まった福島宿と次に行った馬籠宿も。地図は太田宿中山道会館から引用させていただきました。出典はわかりません。)
案内にあるように国の重要伝統的建造物群保存地区で、最初の選定地(1976年)の一つに選ばれたそうです。
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田んぼに囲まれた豪農の家でしょうか。懐かしさがあります。
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街道に上がる脇道の途中にこのような立て看板がありました。
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旧中山道です。昼前なのでまだ人が少ないです。
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趣のある街道筋を進むと道の脇に大きな釜が転がして置いてありました。五右衛門風呂にしては小さいかなと一瞬思った大きさです。
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転がっている釜の上部には札が置いてあって「この大釜は味噌作りに大豆を煮たものです」「中に入らないでください。」とありました。
暫くすると本陣です。入場料がいるようなので外から見学です。
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街道筋の端に来たように思ったのは桝形でした。妻籠観光局のHPに「宿場は、幕府により防塞施設としても造られており、敵の侵入を阻むために道を直角に折り曲げて、いわゆる「桝形」を設けていました。」上記の案内看板の地図でもわかりますが、Google Earthで見てみます。この曲がったところは地図の「桝形」と書いた方に降りてまた昇るようにできており騎馬や歩兵の進みを緩め、上から攻撃できるようになっているのです。また、短い辺は急な登りとなっていて馬も足を緩めたでしょう。
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角の家です。右が短い辺の急な登りです。
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この桝形の道沿いに「田立のこより馬」の実演販売を行っていました。女性の話にみんな耳を傾けていました。
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隣が宿屋「松代屋」でお蕎麦を食べられるようです。早速中に入ります。
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中に入ると三和土になっいて、玄関間の左が調理場で女性が右の広間との間を忙しく行き来しています。
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壁には妻籠で撮られた勝新太郎の映画「座頭市」の写真が飾ってあります。何作目のシーンでしょうか。
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待つ間ご主人が来て時間つぶしに話をしてくれました。「松代屋」は妻籠宿で今でも営業している唯一の宿だそうです。最近は外国人が殆どだそうです。古い宿でテレビもなく、部屋は襖で仕切られただけなので日本人には避けられているとか。しかし、しっとりとした夕焼けから夜の街を楽しむためにと泊まってみたいと思いました。眼下に大きな鯉のいる渡り廊下に布団が干してありました。
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お蕎麦が来てご主人は他の卓に行きました。お蕎麦は普通でした。
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この後、妻籠宿の端まで行って戻ります。
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[2016.05.03]

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by AT_fushigi | 2016-06-19 03:12 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族小旅行2016年05月-諏訪・木曽路・遠州-第二日目ーお宿の朝食


朝気持ち良く目が覚めました。
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食事は8時から夕食と同じ2階のレストランです。朝食も美味しそうです。
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ご飯はお櫃ですが、夕食同様お漬物などがビュッフェ形式でした。暖かいものは出し巻き卵と朴葉味噌でした。いくらでもご飯が食べられそうなおかずでした。
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チェックアウトの11時まで温泉時間にしました。家族が撮ってきた写真。誰もいなかったとのことです。
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[2016.05.03]

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by AT_fushigi | 2016-06-04 12:12 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族小旅行2016年05月-諏訪・木曽路・遠州-第一日目ー木曽福島・おん宿蔦屋


宿泊は木曽福島です。「おん宿・蔦屋」をBooking.comで予約していました。
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車を預けて、お茶をいただいて一服、受付を済ませ部屋へ。受付や案内などスタッフの対応は非常に良かったです。
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5階の部屋です。部屋の設備は古く、また、目が行き届いているかというと気になるところもありました。平日料金から考えると、まあこんなものだろうというのがみんなの意見でした。
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宿の真ん前に「七笑」の酒蔵があり、早速訪れ、仕入れました。
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お茶とお菓子を楽しんでしばらくすると電話があって夕食です。
夕食は2階の畳の大部屋でセッティングはテーブルでした。子供連れの家族は別のコーナーがあるようでした。見えた宿泊客は女性のグループとカップルがほとんどでした。女性に人気の宿なのでしょう。

メニューです。
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食前酒に梅酒、先付、前菜にお造りです。先付の南蛮漬けもっと食べたかったです。お造りは信州サーモンで初めていただきましたがあっさりした川魚系の味でした。野菜は香りがあり美味しかったです。
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桜海老の大根餅のお椀、豚肉のトマト鍋。鯛のポワレ、牛ほほ肉の煮込みはフレンチです。姫人参などの野菜がうれしいです。
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メニューの裏に「妻籠宿おごっつお」というのがあって部屋の一角に茶碗蒸しや天婦羅、漬物が並んでいます。たっぷりいただきました。
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お酒類はまずビールをいただき、地酒「七笑」と「中乗」のサンプラーをいただきました。
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最後に(途中で火を点けてくれた)お釜からご飯を頂きお腹も満足しました。
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デザートは1階のバーでいただきました。チャップリンの「街の灯」を流していました。大好きな映画なので目の手術のためのお金を渡すシーンからENDINGまで観てしまいました。
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部屋で少し休んで温泉へ。温泉は1階です。室内と露天風呂があります。とても狭く5人位が心地よく入れるサイズでしょう。その時は4人でしたがゆったり浸かりました。
初めから露天風呂へ行きました。外は真っ暗。ボーとした明りの中、川のせせらぎの音が聞こえるだけです、山の中の静寂に包まれてリラックスできました。残念ながら星は見えませんでした。
食事の間に敷かれていた布団に包まれてすぐ寝てしまいました。


[2016.05.02]

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by AT_fushigi | 2016-05-22 15:07 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族小旅行2016年05月-諏訪・木曽路・遠州-第一日目ー諏訪大社四社まいり・下社秋宮と春宮


「四社まいり」の後半、下社(しもしゃ)に向かいます。諏訪湖の北にあり秋宮(あきみや)と春宮(はるみや)があります。
秋宮には8月から1月に、春宮には2月から7月に祭神が祀られます。5月なので春宮に御霊代(依り代)が鎮座されています。
なお、古代より遷座は旧暦の1月1日(朔日)と7月1日(朔日)に行われてきたが、現在は新暦の2月1日と8月1日に行われるとのことです。
まず、秋宮。中山道と甲州街道の分岐点から鳥居脇の坂を上ると無料駐車場です。
鳥居から入ると神楽殿、幣拝殿と続きます。幣拝殿は4本の御柱で囲まれています。
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駐車場から境内に入ると手水があります。よく見ると「御神湯」とあり「熱いのでお気を付けください」とあります。この付近は温泉が出る地帯で地下水をくみ上げた手水は温泉水なのでしょう。
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「根入の杉」と言われる樹齢八百年の杉の木です。
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青銅製では日本一と言われる狛犬を両脇に従え、太いしめ縄が正面にある神楽殿です。
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神楽殿を回ると幣拝殿です。幣殿と拝殿が一体となった二重楼門造り、左右は片拝殿というそうです。
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秋宮の参道の階段には式年造営と御柱大祭のパネルがあり、盛大な行事の詳細が分かります。下社の里曳きは12日後です。
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春宮に向かいます。秋宮の正面の中山道を下り、鳥居をくぐって長い参道を上ると、太鼓橋が道の中央にあり、そのわきを通って次の鳥居の下付近に無料駐車場があります。この橋は下馬橋と言い、室町時代の建立で下を御手洗川が流れています。
鳥居を入ります。
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基本的に秋宮と同じ構造です。まず、神楽殿。狛犬はありません。
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幣拝殿です。
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拝殿の周りの御柱が立つところは抜いた跡がありました。
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春宮の境内にある子安社には光る金属製のものが奉納されています。楽な出産をお願いするための底のない杓子です。安産勺といい社務所にあります。
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春宮の西に砥川という川が流れており、どんな大水にも流れなかったという浮嶋社があります。その向こうに「万治の石仏(まんじのせきぶつ)」があります。春宮の一の鳥居を作った石工が作ったということです。
そのユニークな造作は岡本太郎が絶賛したといわれています。私はアユタヤの石仏を思い出しました。そばにあったお参りの仕方に従ってお参りしました。
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四社まいりでスッキリして宿に向かいます。
四社まいり、ドライブ地図です。
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[2016.05.02]

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by AT_fushigi | 2016-05-21 16:06 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族小旅行2016年05月-諏訪・木曽路・遠州-第一日目ー諏訪大社四社まいり・上社前宮


本宮の駐車場から前宮に向かいます。一の鳥居の下に駐車スペースを見つけ止めました。
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ここから拝殿まで結構急な上り坂です。二の鳥居の階段にはすでに御柱が上る板床が引かれていました。周りの灯篭などは養生の木枠が嵌められています。
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この鳥居は近づくと金属製であることが分かりました。遠目には千社札に見えたのは寄進者の名前でした。
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上がったところに明日の祭りで柱を担ぐ人たちでしょう。手順を確認していました。
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しばらく上ると拝殿が見えてきました。
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拝殿の横に御柱を立てる穴が掘ってありました。
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前宮を後にし、遅いお昼は市内のお蕎麦屋さんでいただきました。道の反対側の駐車場に車を止めることができました。
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--- 「更科」
--- 長野県諏訪市末広1-7
午後2時を回っていて、田舎そばしかありませんでした。ちょうど一人1枚づつ分残っていました。
そばは石臼挽きぐるみだと思うのですが香りは抑えられていました。また、麺は細く柔らかさも程よいです。最近やたらと硬いお蕎麦が増えているのでほっとします。
甘めのつゆでしたが、ちょうど良い塩梅でした。一瞬でいただきました。蕎麦湯は濃さもよくトロリとして好みでした。

お腹も程よくなり、下社に向かいます。

by AT_fushigi | 2016-05-12 22:13 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)