2020年  海外出張-喜怒哀楽-

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[お知らせ]
中国赴任、日本中国での手続きなど書いてみました。中国赴任体験記
中国駐在中の生活や食事などいろいろを徒然なるままに書いてみました。中国滞在記
個人事業主(コンサルタント)の確定申告のいろいろを書いてみます。コンサルタント奮闘記
[連載完了3つ]
[報告予定]
家族旅行2020年07月-日光一宮二寺、東照宮
家族旅行2020年03月-桜の松江、出雲大社、足立美術館
中国出張2019年10月ー武漢・深圳ー気になる香港から帰国
家族旅行2019年10月-カナダ・オンタリオ・ケベック・紅葉ドライブ
欧州出張2019年09月-アイルランド・ダブリンー週末旅行・ニューグレンジツアー
家族旅行2019年04月-イタリアも10連休・リビエラ、トスカーナ
家族旅行2018年05月-オアフ島・ハワイ島ドライブ旅行、火山噴火、マウナケアの夕日
家族旅行2017年12月-南イタリア旅行・シチリア・プーリア・アマルフィ

==== 最近の短信 =================================
[2020.08.30] ご無沙汰していました。実はある業界のWEB雑誌に連載記事を書いていたのですが、慣れないことで大幅に時間を取られてしまいました。実名投稿なので直接メールでコメントいただくのですが、それで余計張り切ってしまうのです。お金をいただけるのですが、金額は「お金ではないところにモティベーションがある」と言っておきましょう。でもWEB雑誌の広告収入を類推して大変だなあと思っています。
カナダ・トロントの娘に小包を送ったのですが1週間以上かかってもまだ日本にあるようです。5月に送った時は届くのにひと月掛かったので気持ちを長く持つようにしています。
[2020.05.31] 通常勤務となった。久しぶりのオフィスは周りに人がいるという安心感みたいなものを感じた。しかし、周囲の雑音が無いのでテレワークの方が仕事がはかどっていたようにも思う。通勤電車は以前より空いていて、マスクをしていない人も車両内に一人いるかいないか。明日(6月1日)から混むのだろうし暑くなるのでマスクをする人も減っていくのだろう、きっと自分もそれに慣れていくのだと思いながら車窓を眺めていた。
[2020.05.23] 完全在勤が始まってふた月半。やっとテレワークが終わる。月曜日に宣言解除が出れば火曜日から出勤だ。私はデスクワーク中心なので週2、3回の出勤から始めるという。テレワーク中は仕事に集中できたのだが、残業が無いのに働く時間は長かった。やれやれ。
[2020.04.26] 完全在勤が始まってひと月。会社のオフィスで仕事するより集中しているような気がする。雑音がないし、会議も減った。ZOOMのセキュリティー問題でテレ会議が抑制されているようだ。でも、平日でも長時間働くこともあるし、休日でも働くことがあったので少し律する必要があると感じている。ひと月で街に出たのは4回、とにかく外出しないので曜日はカレンダーで確認しないと分からないこともあった。庭もいじるところが無くなった。最近は階段で踏み台昇降運動している。これは、健康にもよさそうだ。早い感染拡大収束を、終息を望んでいる。
[2020.03.27] 今日午後、部署全体でのテレ会議というかテレ通達。いくつものアクセスコードを使っているようで数十人の全員に繋がるまでに15分以上かかった。ついに、来週月曜3月30日から当分完全な在宅勤務。出社するものは上司と部門長の事前承認が必要となった。私はPCで仕事ができるので良いがあの人はどうするのだろうという人もいる。
[2020.03.11] ついに来た。明日からテレワーク。出勤は週2回。通勤時の感染防止。
時差出勤は2月中旬から推奨されていた。出勤前(子供が赤ちゃんの時買った5分くらいかかる体温計を使っている)、出勤時と午後3時に検温、APPで報告。入り口などにアルコールがあり、会社支給マスク着用。ドアにはティッシュの箱がテープで留めてあってそのペーパーを使ってノブを回す。日に何回か消毒のスプレーが職場に撒かれる。出張禁止、来客許可制、会議は3人以下、ランチも3人以下で向かい合ってはいけない(弁当が増え、5分遅いとお弁当屋さんで売り切れも)。
このおかげでZOOMを知ったし、電話会議の便利さも分かった。これがあればテレワーク可能だと思っていたら来たーという感じ。
効果あるのかどうか分からないがするしかない。早く終息してほしい。

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出張・旅行記録
     2007年-2012年2013年-2017年、 2018年-   
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■ 思い出  California滞在記
以下ほぼ休眠状態
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準備中: 中国出張2019年10月ー武漢・深圳(気になる香港から帰国)

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準備中: 欧州出張2019年09月-アイルランド・ダブリンー週末旅行・ニューグレンジ・ツアー

UP未 : 家族旅行2018年05月-ハワイ・オアフドライブ旅行、火山噴火近づけず、マウナケアの夕日

   第二日目-オスロ・駅で荷物を預けて周遊券購入
   第二日目-オスロ・ムンク美術館
   第二日目-オスロ・国立美術館
   第二日目-オスロ・王宮、近衛兵交代
   第二日目-オスロからベルゲンへ
   第二日目-ベルゲン・ブリッゲン
   第二日目-ベルゲン・フロイエン山
   第二日目-ベルゲン・最高のシーフードレストラン、ENHJORNINGEN
   第三日目-ベルゲン・朝
   第三日目-フィヨルドクルーズ・チケットなど
   第三日目-フィヨルドクルーズ・ベルゲン-ヴォス-グドヴァンゲン
   第三日目-フィヨルドクルーズ・クルージング
   第三日目-アウルランド・ステガスタイン(展望台)
   第三日目-アウルランド村散策
   第四日目-フラム鉄道
   第四日目-ベルゲン鉄道でベルゲンへ
   第四日目-ベルゲン市内再び散歩
   第四日目-ベルゲン-オスロ-ヨーテボリ
   第五・六日目-ヨーテボリ散策・演奏会
   第七日目-ヨーテボリ美術館
   第七日目-ヨーテボリ・ハーガ(HAGA)歴史地区
   第七日目-ヨーテボリ・旧市街
   第七日目-ヨーテボリ・埠頭
   第八日目-ヨーテボリ・最高のシーフードレストラン
   第九日目-帰国


   第一日目-上海へ、困った中国航空事情
   第二日目-(I) 上海浦東新区・高層ビル
   第二日目-(II) 東方明珠・外灘観光隧道・外灘
   第二日目-(III) 豫園老街、上海老飯店
   第三日目-(I) 上海・南翔饅頭店
   第三日目-(II) 上海・豫園
   第三日目-(III) 上海・フランス租界・静安寺・南京西路
   第四日目-(I) 上海・朱家角古鎮(I)
   第四日目-(II) 上海・朱家角古鎮(II)
   第四日目-(III) 上海・浦東・外灘夜
   第五日目-上海から厦門へ
   第六日目-(I)福建土楼ー出発
   第六日目-(II)福建土楼ードライブ
   第六日目-(III)福建土楼ー客家土楼とは
   第六日目-(IV)福建土楼ー和貴楼・昼食
   第六日目-(V)福建土楼ー雲水謡
   第六日目-(VI)福建土楼ー懐遠楼
   第六日目-(VII)福建土楼ー塔下村
   第六日目-(VIII)福建土楼ー裕昌楼
   第六日目-(IX)福建土楼ー田螺坑土楼群(I)
   第六日目-(X)福建土楼ー田螺坑土楼群(II)
   第六日目-(IX)福建土楼ー田螺坑土楼群(III)
   第七日目-(I)コロンス島/鼓浪屿へ出発
   第七日目-(II)コロンス島/鼓浪屿-北部散歩、八卦楼など
   第七日目-(II)コロンス島/鼓浪屿-番婆楼、三一堂など

   計画・準備
   帰国報告

   準備・変更
   第一日目-スペインへ出発
   第一日目-スペイン到着
   第二日目-マドリッド-コルドバAVEの旅
   第二日目-コルドバ・メスキータ
   第二日目-コルドバ・メスキータ、モスク
   第二日目-コルドバ・メスキータ、カテドラル
   第二日目-コルドバ・花の小路
   第二日目-グラナダ・アルハンブラ宮殿(I)
   第二日目-グラナダ・アルハンブラ宮殿(II)、カルロス5世宮殿、アルカサバ
   第二日目-グラナダ・アルハンブラ宮殿(III)、ナスル朝宮殿(I)・メスアール宮
   第二日目-グラナダ・アルハンブラ宮殿(IV)、ナスル朝宮殿(II)・コマレス宮
   第二日目-グラナダ・アルハンブラ宮殿(V)、ナスル朝宮殿(III)・ライオン宮

海外出張
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# by AT_fushigi | 2020-12-31 13:44 | ご挨拶・予定 | Comments(0)

国内出張2019年11月-第三日目ー後白河天皇陵、法住寺


平家の後ろ盾を得た後白河上皇は、院政を行う場所を法住寺としました。広大な敷地を得て北殿上御所、北殿下御所、南殿の三御所を建て、1163年蓮華王院・三十三間堂が平清盛の寄進で造営されました。しかし平家が衰退し、1183年木曾義仲の軍勢によって火がかけられ(法住寺合戦)、法皇は逃亡しました。1192年の法皇の崩御により、焼失した法住寺殿の敷地にあらたに法華堂(方形堂)がつくられ、法皇陵となりました。
1590年頃、法住寺は秀吉が大仏を建立するために造営した「方広寺」の寺域に含まれることになりましたが、江戸時代には妙法院の門跡となり御陵を守ってきました。明治になり、御陵と妙法院門跡法親王の墓所が宮内省の管轄となり分離されました。

まず、後白河天皇の御陵に向かいます。法住寺門に向かって左手に御陵に通じる細い道があります。
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入り口に開門時間等の表示がありました。平日の午前9時から午後4時半に開いているようです。
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突き当りに宮内庁のどなたのお墓があるかの表示があります。後白河天皇と7人の天皇家ゆかりの親王のお墓があると言うことです。
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曲がると、後白河天皇の法華堂です。紅葉にはもう少しでしょうか。
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御陵の門塀です。この奥にお堂があるはずです。訪れる人も少なく静かなたたずまいです。
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少し下がって、背を伸ばして撮ると奥のお堂の屋根が写っていました。
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元に戻って法住寺に入ります。

お不動様が有名なようです。
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後白河天皇は守護神としてお祈りし、大石良雄も討ち入り成功祈願したとあります。
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お不動様はこちらにおられるようです。
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お墓の方に行くと御陵と親王のお墓がありました。
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正面やや右奥のお堂に後白河天皇が葬られているはずです。先ほど訪れた門も左に見えます。
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親王どなたかの墓石です。
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少し奥まで行って見ました。ここからは6つのお墓が見えます。もう一つはお堂の向こうにあるそうです。見逃しましたが御陵へのアプローチから見えるそうです。
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影からお分かりのように大分日が陰ってきました。次へ急ぎます
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[2019.11.19]


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# by AT_fushigi | 2020-09-06 22:10 | 出張・旅行 | Comments(1)

国内出張2019年11月-第三日目ー方広寺のこと、太閤塀・南大門


京都に大仏様がいらっしゃったのです。
大仏と言えば奈良東大寺です。東大寺の大仏は永禄10年(1567年)に松永久秀と三好三人衆軍の戦いの最中に焼失したのです。1585年関白となった豊臣秀吉は大仏を京都に建立することを計画します。1587年に聚楽第が完成し、1588年に大仏殿に着工します。場所は三十三間堂の北側で東からの交通の要所であった渋谷街道(現在の京都府道116号)に挟まれた広大な地区です。
その「方広寺」は大仏殿と三十三間堂、後白河天皇 法住寺陵を取り込んだ南に長い大きなお寺でした。大仏殿は1595年にほぼ完成します。最初は金銅製の予定でしたが漆膠製となりましたが、東大寺の大仏様より大きかったと言われています。しかし、翌年大地震で倒壊して、1597年秀吉が没してしまいます。
秀頼が金銅製で大仏再建を目指し、1614年ほぼ完成します。開眼供養直前で、有名な「国家安康」「君臣豊楽」が鐘楼に刻まれていた問題が起きます。そして、翌年夏の陣が起こり徳川家康により豊臣家は滅ぼされてしまいます。
1667年に地震により大仏は破損し、銅は寛永通宝に鋳造されてしまったそうです。その後、木造の仏像で再建されますが、最終的には昭和48年に焼失してしまいます。
「洛中洛外図屏風」舟木本の右隻の右下部に方広寺、大仏殿、鐘楼、三十三間堂が描かれています。また、右上部には秀吉が葬られた東山の阿弥陀ヶ峰山頂の報国廟が描かれています。
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「方広寺」大仏殿の跡地は遺構調査の後埋められた「大仏殿跡緑地公園」になっています。平成9(1997)年の発掘調査で現在の「京都国立博物館平成知新館」付近で大仏殿あとの石垣や南門の遺構が見つかりました。また、博物館西の道路沿いに石塁が残されています。現在の方広寺には問題となった鐘と鐘楼が残っています。方広寺南の秀吉を祀る報国神社は打ち捨てられ荒れるに任されていた報国廟を明治13(1880)年に社殿を造営し移したのでした。
先にも記したように三十三間堂は後白河天皇 法住寺陵とともに方広寺に取り込まれます。大仏殿から南のこの一帯までが方広寺となりその土壁(太閤塀)や南大門が現在でも残っています。
Google mapに描くとこういう感じでしょうか。この方広寺関連を全部回りたかったのですが急に東京に帰ることになったことと予定していなかった「養源院」を訪れたことで時間切れとなってしまいました。
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三十三間堂の西塀の外をぐるり回って南に出ました。「太閤塀」です。
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塀に沿って歩くと南大門に着きます。狭い道に面しており、写真を撮り難い状況でした。後で見ると門全体が上手く取れていないのでGooleのストリートビューから借りてきました。
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ここも屋根ですね。まず、門の側面。
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隅には亀がいます。
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門を中に入ると左は三十三間堂の東塀です。右手にお寺が並んでいます。後白河天皇陵を訪ねます。



# by AT_fushigi | 2020-09-06 16:04 | 出張・旅行 | Comments(0)

国内出張2019年11月-第三日目ー三十三間堂


京都国立博物館の南門を出ると目の前の信号を渡った先に三十三間堂の案内が見えます。
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三十三間堂はWiKiによれば「正式名称は蓮華王院本堂。同じ京都市東山区にある天台宗妙法院の境外仏堂であり、同院が所有・管理している。元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂。本尊は千手観音で、蓮華王院の名称は千手観音の別称「蓮華王」に由来する」。
三十三間堂のHPによれば「久寿2年(1155)、第77代後白河天皇は、上皇として「院政」を行いました。三十三間堂は、その御所に造営されました」。「80年後に焼失」し「文永3年(1266)に再建され」、「室町期・足利第六代将軍義教により本格的な修復が行なわれます」。
太閤秀吉は「大仏殿方広寺を三十三間堂の北隣に造営し、お堂や後白河上皇の御陵をも、その境内に取り込んで土塀を築いたのです」。通し矢は後ほど。

拝観料600円を払って中に入ります。
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まずは、外からお堂をぐるり見ることにしました。正面である左手(西)から時計回りです。
白砂利の敷き詰められた中庭の石畳を進むと池のあるお庭があります。
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お庭はお堂の正面口から見えるようになっていました。正面口の向こうには「千手観音坐像」が安置されているはずですが外からうかがうことはできませんでした。
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ぐるりです。正面、南面、裏面です。その長さに建物の端から撮るしかありません。
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やはり、屋根が気になります。
南面の屋根と鬼飾り(鬼瓦)。
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屋根の四隅の3つの鬼飾り。当たり前ですが本格的です。
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隅棟、稚児棟鬼飾り。
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降棟鬼飾り。
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さて、三十三間堂と言えば通し矢です。まず三十三間堂の由来です。単純で33の間(柱と柱の間)があるからです。三十三はお堂のHPによれば「観音菩薩の変化身三十三身」に由来するそうです。さて、その間の幅は正面など広く一定していないが建物の長さは121mだそうです(間の幅の平均は3.6m)。
この長い軒下を利用して「通し矢」が行われました。「その始まりは伝説的で不明ですが、桃山時代には、すでに行なわれたと伝えます」。盛んになるのは江戸時代で、日の入から翌日日の入まで(当時は日の入が一日の始まり)24時間矢を射続ける「大矢数」が人気だったそうです。「最高記録は、貞享3年(1686)4月、紀州・和佐大八郎(試技年齢は18歳という)の総矢13,053本、通し矢8,133本」、つまり6.6秒ごとに矢を放ち、10本に約6本は向こうの的を射たという事になります。
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矢を射ったと思われる裏面の南端。
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ここから、向こうに射ったのでした。
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的側から見た縁の下です。
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この後、北側からお堂に入って見学ですが撮影禁止です。三十三間堂のHPのリンクを張っておきます。
靴を脱いであがりお堂に入ると先のほうまでびっしりと仏像が並んでいます。圧倒されます。
先にも述べましたが、中央に中尊である「千手観音坐像」が安置されています。圧巻の「千体千手観音立像」は10段で各段100体、合計1000体並んでいます(中尊の左右に500体ずつ)。「立像」は寄木造で124体が創建当時のもので876体は鎌倉時代の火災の後再建されたもの、1体が室町時代に造られたものだそうです。そう1001体あるのです。室町時代の1体は補作されたもので南端に近いところに表示があったと思います。そして入れ替えられた1体は中尊の裏に安置してありました。
三十三間堂の千手観音は「十一面四十二臂」の典型と言われ、11のお顔と42本の腕(臂)をお持ちです。42手のうち合掌している2本を除いた40本に法輪や水瓶などをお持ちです(持物というらしいです)。この持物で仏教でいう天地の間にある25の世界(三界二十五有)を救われるのだそうです。ここでも25x40=1000が出てきます。1000は当時数えられる最大数を表していたということです。

    「千手観音坐像」と「千体千手観音立像」(三十三間堂HP)

そして、千手観音といえば眷属である「二十八部衆」。HPの「千体千手観音立像」の写真で観音立像の最前列に並んでいるのが「二十八部衆」です。中尊の周りに四天王、左右に12体ずつ置かれています。それぞれに解説板があり、それを読んでいくのも楽しいです。
実は入ってすぐのところに風神があります。そして、奥に雷神があります。中尊さまに向かって左端に雷神、右端に風神です。鎌倉時代再建時のもので湛慶が作成にかかわったとされています。この風神雷神像は日本最古のもので、ご存知俵屋宗達の「風神雷神図」はこの像に刺激を受けたものとされています。
さて、「風神雷神図」と同じ、「左に雷神、右に風神」ですがこの配置は2018年に行われたものです。以前は左右が逆だったとのことです。いつから入れ替わったかは明確ではないそうですが、調査をし再建時の配置に戻したという事です。

    「風神・雷神と二十八部衆」(三十三間堂HP)

出ると西に門がありましたが良く分かりませんでした。
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さて、南大門などの見学のため三十三間堂の外側を反時計回りに一周することにしました。
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# by AT_fushigi | 2020-09-05 12:11 | 出張・旅行 | Comments(0)