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家族旅行2016年12月-中国上海、厦門ー第七日目-(II)コロンス島/鼓浪屿-番婆楼、三一堂など


ぶらぶら見ながら日光岩に向かいます。
租界という事で西洋風の建物が続きます。
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「片仔癀博物馆」と有ります。薬の博物館という事でしたが入りませんでした。帰国後調べると「片仔癀」というのは肝臓に効く有名な漢方薬で漳州発祥だそうです。日本でも売っているそうです。
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およそ100年前の建物なのですが多くの建物は商店になっているか今でも人が住んでいます。ここも人が住んでいるようです。その向こうにピンクの建物が見えてきました。
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ピンクの建物は「番婆楼」です。1924年に建てられました。フィリピンで成功した華僑がフィリピンに慣れない母のために建てたという事です。名前の由来はそこから来ているようです。当時で一番大きな住居だったとのこと。
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しばらく行くと「三一堂」があります。1936年建設、「三位一体(トリニティ)」と厦門の3つの礼拝堂の共同で建てられた事が名前の由来だそうです。
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所々に最近できたと思われる立派な案内板があります。これによれば「日光岩」は近いようです。
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児童公園というか運動公園というかがあり雰囲気が明るくなりました。
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細い道を進むと優秀児童が載っている掲示板がありました。外の掲示板に掲載するのはこれも中国らしいです。競争社会が小学校から始まっています。女の子が多いように思います。
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掲示板のそばに人民小学校の門がありました。
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「日光岩」入り口まで、もう少しです。
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散歩経路です。
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by AT_fushigi | 2018-06-19 01:31 | 出張・旅行 | Trackback(1) | Comments(0)

家族旅行2016年12月-中国上海、厦門ー第七日目-(II)コロンス島/鼓浪屿-北部散歩、八卦楼など


「三丘田码头」から観光に歩き始めました。特に計画もなく、島も小さいのでぶらぶら歩きの予定です。租界の雰囲気と「鄭成功」関連の観光ができればというつもりです。

大勢の人に押される形で海岸沿いを歩いているとトンネルを見つけました。
「龍山洞(龙山洞)」と有ります。島の西北部へ抜けるトンネルです。Baiduによれば、全長426mで1991年開通したそうです。西側128m、東側270mとそれを結ぶ中間道でトンネルの大きさが違うようです。
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この左側に階段を見つけていたのでトンネルではなく丘を登ることにしました。
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緑が濃い別荘のような西洋風の建物が並んでいて散歩が楽しい地域でした。
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建物を取り壊した場所でしょうか、海の向こうには厦門の町が見えました。
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「船屋」です。1920年に建てられた現存する中で最古の別荘の一つです。アメリカの宣教師John A. Otte(中国名:郁约翰)がデザインしたと言われています。現在はホテルになっています。この日は空き部屋がある様です。
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1844年に設立されたアメリカ領事館跡「美国领事馆旧址」です。当時、アメリカで人気のルネッサンス建築様式でコリント式柱やフランダース式(Flemish Bond)のレンガ積みが特徴です。
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このような別荘の散在する通りを散歩していると斜面に公園がありました。登っていくと石碑がありました。帰国後碑文から調べると「三和宫记摩崖石刻」でした。福建省の水軍提督、王得禄が海賊、蔡牵を破った顛末を記述しているようです。
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石碑のそばを通り、さらに上って丘の上に向かいます。
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登ったところに汇丰银行(香港上海滙豐銀行、HSBC:The Hongkong and Shanghai Banking Corporation Limited)の公館跡「汇丰银行公馆旧址」ありました(遠くに見える丸屋根はオルガン博物館になっている八卦楼です)。香港上海滙豐銀行はアヘン戦争後スコットランド人トーマス・サザーランド(Thomas Sutherland)によって香港に設立されました。ここは清時代の同治十二年(1873年)に厦門に進出した香港上海滙豐銀行の支店長の公館で1920年頃建てられました。
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ここは丘の東端に建てられたので、厦門のダウンタウンが良く見えます。
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さらに奥に進むと汇丰银行の職員アパート跡「汇丰银行职员公寓旧址」があります。
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アパート跡のそばに下に下りる小道があったので学校と思われるそばを通って下りました。日光岩からの景色からここは軍関係の学校か、訓練所か研修所か何かではないかと思います。
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降りると消防署がありました。お昼時のためか人影はありませんでした。
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表に「立入禁止」と書かれた門を中から出ると「鼓新路」でした。この道を行けば「八卦楼(オルガン博物館)」に行けます。写真には無いのですが島のいたるところに案内図があり観光客には大助かりです。また、通りには饅頭の店などが出ており一つづつ頂きました。

オルガン博物館となっている「八卦楼」の入り口の門です。
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門のそばの売り場でチケットを買い中に入ります。20元でした。いくつかの観光名所に入れる100元のチケットもありましたが利用しませんでした。
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「八卦楼」は日本に占領された台湾から移住した林氏が1907年に建てました。その後、日本領事館が管理し、欧米の学校設立に対抗し、1924年に旭瀛書院(旭瀛书院)を開設しました。1945年の終戦後没収され博物館となりました。
「船屋」と同じ土木を学んだアメリカの宣教師John A. Otteにより設計されました。花崗岩で造られた半地下の上に3階建てとなっています。3階は円天井が乗っています。四隅の部屋は赤レンガの外壁で中央はコリント式の柱に白の外壁となっています。赤い丸屋根のある建物は厦門のダウンタウンからも良く見えます。
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内部はオルガン博物館「风琴博物馆」となっています。
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4万平方mという広い敷地の庭散歩を楽しんで南に向かいました。

散歩の軌跡。
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by AT_fushigi | 2018-06-18 01:04 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2016年12月-中国上海、厦門ー第七日目-(I)コロンス島/鼓浪屿へ出発


昨日はちょっと疲れたので朝食はゆっくりな時間になりました。と言ってもコロンス島に行くので9時半にはホテルを出ました。
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今日は一日コロンス島、英語名「Kulangsu」、中国名「鼓浪屿」観光です。
WikipediaやBaiduなどによれば、
コロンス島は小さな島で、周囲6km、面積は1.78平方キロで、2万人余りが生活をしています。厦門との間の海は1kmしかありません。島の名前「鼓浪屿」の由来は、島の西にある「鼓浪岩」呼ばれる岩礁が風雨にさらされ穴が開き洞窟になり、満潮時になると波によって太鼓のような音を発したことに由来するとのことです。私たちの観光した(2017年1月)後、2017年7月に世界遺産に登録されました。
コロンス島は明の末期、英雄「鄭成功(郑成功)」(1624年~1662年)がこの島で反清抵抗軍の調練を行っていたことで知られています。この後、彼は台湾をオランダから解放し独自政権の基礎を作りました。コロンス島には記念する巨大な「成功」像があり、彼が名付けた日光岩も観光地として有名です。鄭成功は母が日本人で長崎平戸生まれで、文楽や歌舞伎の「国性爺合戦」の題材となっています。
また、アヘン戦争後の1842年に結ばれた南京条約で廈門は開港されました。島に万国共同租界が置かれ、各国の領事館が建てられました。英、米、仏、日本、独、西、葡、蘭などの国が領事館だけでなく病院、学校、教会などを建設しました。今でも租界地特有の豪華な洋風建築が島内のあちらこちらで見ることができます。

さて、コロンス島に渡る橋は無くフェリーを使います。フェリーに関しては中国滞在記記事に詳細がありますが、ここには簡単に示します。ところで、2018年6月現在、フェリーのサイトwww.xmferry.comに日本からアクセスできませんでした。一方、英語・中国語並記の公式サイトができたようです。
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新しいサイトで確認しましたが2018年6月現在フェリーに関しては変更がないようです。
2014年から島民(2015年からは教師など許可された島民以外も)と旅行客(島民以外)で明るい時間のフェリーポートが分けられることになりました。旅行客は厦門からは冬季(10月から5月)は午前7:10~午後5:40pm、夏季(6月から9月)は午前7:10~午後6:40の間は「东渡邮轮中心码头」からのフェリーのみ乗船可能です。本土からは「海沧嵩屿码头」も利用できます。
それ以外の夜から明朝までの時間(午後5:50/6:50~午前6:30)は「轮渡码头」の「2号厅」からのフェリーを利用します。ちなみに島民は24時間「轮渡码头」を利用します。ただし、深夜12時以降はチケット売り場が閉まるので船の上でチケットを買うようです(クレジットカードは不可と思われます。)。
コロンス島には2つのフェリーポートがあります。「三丘田码头」と「内厝澳码头」です。どちらも20分程の乗船時間で、20分毎に出発します。島全体を見るのであれば上陸するのはどちらでも構わないと思います。西側は岩礁など自然観光が中心なので必要ない人は「三丘田码头」を利用するといいと思います。
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運賃は往復35元(島民は片道5元)ですが「内厝澳码头」行きは豪華船というのがあって15元追加(計50元)が取られます。チケットは中国人は身分証番号を使ってインターネット購入できますが、外国人はフェリーポートでの窓口のみの購入になります。窓口では外国人はパスポート提示が必要で、当日券のみ発売です。15分前までの購入と10分前までのセキュリティチェックが要求されています。チケットにはパスポート番号が記され、セキュリティチェックで本人確認があります。
BLOGを読むと午前10時に行ったらその日のチケットは売り切れていたとか、午前7時ごろ行って午後のフェリーだったとか観光客の多い時期は大変なようです。朝早く午前6:30までの島民が利用するフェリーに乗るか、島に泊まるか、お金はかかりますがオプショナルツアーを早めに予約するのが良いかもしれません。
私たちは午前9時半少し前にホテルを出て「轮渡码头」のある「轮渡」でバスを乗換え、「东渡邮轮中心码头」に10時半頃に着きました。
チケット売り場の窓口ではほとんど待ちませんでした。
11:10発のフェリーのチケットが購入可能でしたが「内厝澳码头」行は豪華船で50元でした(次の「内厝澳码头」行きの普通線は11:50と表示されていました)。元々の予定通り「三丘田码头」行を35元で購入しました。
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チケットにはしっかり、パスポートナンバーが記載されていますが、小さくてチェックできるのだろうかと思いました。
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トイレを済ませてセキュリティチェックを通ります。駅などと同じで、X線チェックや金属探知機を通りますが空港ほどシビアな感じではありません。
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中に入ると「三丘田码头」行と「内厝澳码头」行で行き先が分かれます。
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先の改札を見ると10:50分の便がボーディング中とありますのでその手前で待ちます。
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時間が来て11:10の便の改札が始まりました。
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桟橋の手前で待たされます。
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フェリーが入ってきました。
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乗船、出発です。
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霞んでいますが厦門のダウンタウンが一望できます。
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「三丘田码头」に到着です。
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さて、コロンス島観光へ出発です。



by AT_fushigi | 2018-06-13 18:19 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2016年12月-中国上海、厦門ー第六日目-(XI)福建土楼-田螺坑土楼群(III)


田螺杭土楼は展望台やトイレなど今回観光した土楼の中で一番整った場所でした。案内板や階段・通路も整備されています。この努力の甲斐もあって土楼の中では知名度が高く多くの観光客が押し寄せるようです。
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一方、住民は普段の生活をしており、土楼の中も生活感漂っています。土楼の外では芋、キノコなどを乾燥したり、ソーセージがぶら下がったりしていました。
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ここでも修繕のためか土が盛ってありました
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各部屋列毎だと思うのですが電力計が並んでいましたが違和感を持ちました。
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微笑ましかったのは中庭でお母さんが子供の散髪しているところでした。
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夕暮れが来たので帰ります。上の展望台目指して上ります。
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坂の途中で見た夕暮れの中の土楼は静かでちょっと寂しさを感じました。
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展望台でドライバーが待っていました。
帰路はほとんど寝ていました。3時間以上かかってホテルに戻りました。
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疲れていたこともあり、夕食はホテルの前の麵屋さんで済ませました。麵と饅頭をいただきました。
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土楼観光の軌跡です。厦門から南請県までと平和県から厦門までの経路は分かりません。ドライバーが片道120km位と言っていました。
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ホテルに戻るとお風呂に入ってバタンキューでした。



by AT_fushigi | 2018-06-12 03:38 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2016年12月-中国上海、厦門ー第六日目-(X)福建土楼-田螺坑土楼群(II)


土楼を順に見学しました。
和昌楼→瑞雲楼→歩雲楼→振昌楼→文昌楼の順です。途中、「観景台」(展望台)というところに寄りました。
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「和昌楼」
1796年最初の歩雲楼が建てられると、直ぐに余剰資金で建てられた。3階建ての円楼で各層22、66の部屋があります。各層は2本の階段でつながれています。
入り口
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入ったところ。
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奥に廟があり、3階には洗濯物がぐるり干してありました。
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和昌楼のわきに「観景台」と書かれた建物があり行ってみました。
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しかし、中に入ることはできず(結婚式に出ているのでしょうか)、土地はあまり高くなく、失望しました。
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「瑞雲楼」
1936年建築、3階建ての円楼で各層26、計78部屋で構成されています。
入り口。
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入ったところ。
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生活感満載です。
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「歩雲楼」
1796年に最初に建てられ、1936年匪賊に襲われ全焼、1953年再建されました。3階建ての方楼で各層26、計78部屋で構成されています。
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入り口。
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入ったところ。
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ここで結婚式があったらしく奥の廟の周りにはエレクトーンなどが並び、たくさんの椅子が並んでいます。
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「振昌楼」
1930年建てられました。3階建ての方楼で各層26、計78部屋で構成されています。
入り口
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入ったところ。
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曲面の空を切り取る屋根を撮るのは楽しいです。スマホカメラだったのが悔しかったです。
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「文昌楼」
1966年建てられました。3階建ての楕円楼で各層32、計96部屋で構成されています。
入り口。
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楕円なので正面が平らになっています。
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5つの土楼を回りましたが、丁寧に回って1時間15分かかりました。ここでは上階には上りませんでした。あまりに生活感に溢れていたのと比較的小ぶりな土楼で中庭から全体が見ることできたからです。



by AT_fushigi | 2018-06-12 00:04 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2016年12月-中国上海、厦門ー第六日目-(IX)福建土楼-田螺坑土楼群(I)


さてメインイベント、田螺坑土楼群を訪れます。
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車が止まって、案内されたのが撮影ポイント。山の中腹にポツンと土楼が固まって建っているのが分かります。一番右の土楼の上の山腹に入り口の展望台が見えています。
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位置をGooglemapで示します。
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木造の展望台となっています。
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再び車に乗って、入り口に着きました。チケットを持って降りたのですが一度もチェックされませんでした。人が少なかったのでよく知ったガイドの車から降りた事を確認されていたからでしょうか。
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ここは展望台になっていて少し下がると2段の展望テラスがあります。ここからの景色が有名です。赤い天幕が気になります。
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Baidu百科などによれば、田螺坑土楼群は黄氏一族の住居です。5つの土楼で構成されていて、方形の土楼(方楼):歩雲楼(步云楼)を中心に3つの円形の土楼(円楼):和昌楼、振昌楼、端雲楼(瑞云楼)と楕円の土楼:文昌楼が囲んでいます。「梅の花」とも「四菜一湯(四菜一汤)」(4つの料理と1つのスープ)とも言われています。
清時代、嘉慶(嘉庆)元年(1796年)に最初に歩雲楼(步云楼)が建てられました。資金が余ったので続けて和昌楼が建てられました。残りは20世紀に入って、1930年に振昌楼、1936年端雲楼(瑞云楼)、1966年文昌楼建てられました。最初に建てられた歩雲楼(步云楼)は1936年に火災にあい1953年に再建されたそうです。
展望テラスに案内板がありました。ちなみに土楼には何カ所かにトイレがあることが表示されています。
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展望テラスで撮影などをしていると、後から中国人の一団が来ましたが写真を撮って去っていきました。バスツアーの人たちでしょう。
テラスの右側に土楼に下りる道があります。
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10分もかからずに土楼に着きました。
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降りて最初の和昌楼の前に人が集まっています。展望テラスから見えた赤い天幕や飾りも鮮やかです。
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結婚式でした。黄家と鄭家の結婚式でした。
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もう料理の振舞いも終わって片づけているようでした。失礼して中を見ることにしました。



by AT_fushigi | 2018-06-11 16:32 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2016年12月-中国上海、厦門ー第六日目-(VIII)福建土楼-裕昌楼


10分のドライブで「裕昌楼」です。
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現存する円楼として最古、最大だそうです。
1368年ごろ(元末期から明時代)建てられました。建物は5層で高さ18.2m、面積2289平方m。縦一列の部屋が単位で54列、部屋数は270あります。壁の厚さは底部で1.8mだそうです。
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中に入ると廟があります。観音が祀ってあります。
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「裕昌楼」を有名にしているのは柱が傾いていることです。3層と4層が時計方向に5層は反時計回りに傾いています。最大15度傾いているとのことです。これは施工ミスのようです。3層の傾いた柱を4層5層で修正していったように見えます。そして、幾度かの地震に会いながらも600年以上倒れることなく建っています。
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600年の歴史は使われている木にも表れています。
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ここでもお土産屋はありましたが、質素な売り方でした。
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外に出ると、異様に大きな壁がその規模を感じさせます。
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ふと気が付くと補修用でしょうか、4つの土のお山が置いてあります。その内2つはふるいにかけた土とそれをこねた物もありました。壁の材料だともいます。
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by AT_fushigi | 2018-06-11 00:27 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2016年12月-中国上海、厦門ー第六日目-(VII)福建土楼ー塔下村


塔下村に向かいます。
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途中で「河坑土楼」のそばを通りました。ドライバーが寄らなくて良いのかという仕草をしたのですが、首を横に振りました。
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チケットオフィスでチケットを買います。「塔下村」「裕昌楼」「田螺坑土楼」のセットで一人100元でした。
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「塔下村」です。川沿いの村で特徴ある石橋が架かっています。良い感じです。橋の向かって右側の袂の下だけが車が通れます。
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「塔下村」は明代宣德元年(1426年)に南に逃れてきた客家の張氏によって荒谷に造られた山深い村です。初期に選定された中国の美しい村15選の一つだという事で、「闽南の周庄」と言われ浙江州の水郷の建築様式の建物が建っているそうです。現在300戸の住居があるそうです。
石橋に上ります。上流方向を見ると対面通行なので渋滞しています。実は少し前にマイクロバスやトラックが通って行ったのです。中国人はこういう一見どうするのかなという場面でも折り合いをつけて解消します。
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下流側車道と対岸側は風情があります。奥に「塔下村」の名前の由来の塔が見えます。
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塔に向かうと形ばかりのお土産屋がありました。特に声をかけられることもなく進みます。
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何本もの塔がそびえている場所に来ました。
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塔は石龍旗杆(石龙旗杆)と呼ばれ、約10mの高さで22本立っているそうです。龍が天に上る姿が刻んであります。張氏も客家の伝統として教育に熱心で、清時代の乾隆から光绪の間に一族から14人が科挙で合格しました。それを記念して14本の塔が建てられました。その後も機会あるごとに塔を増やしたようです。塔は半円状の池の弧に沿って建てられ、直径の辺には張氏の赤い壁の祖廟が建てられています。
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塔から村を見た景色です。
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川まで降りたところで「徳昌楼」という方形の土楼がありました。
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中を覗いてみると、まさに観光化されていないリアルな土楼生活を垣間見ることができました。
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by AT_fushigi | 2018-06-10 01:31 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2016年12月-中国上海、厦門ー第六日目-(VI)福建土楼ー懐遠楼(怀远楼)


数分で懐遠楼(怀远楼)です。
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堂々とした土楼です。広い駐車場がありバスによるツアー客が多くいます。
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4年かけて清時代の宣统元年(1909年)に完成しました。面積は1384.7平方メートル,4层で高さは1 4.5mだそうです。土楼は1階から天井までの上下の(ここでは4層の)部屋1列が一単位です。「懐遠楼」は34列,136部屋あります。
側に行くと要塞という感じです。
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客家土楼の特徴である一つしかない入り口に向かいます。入り口の上に「懐遠楼」の文字があります。
この土楼も「和貴楼」と同じ氏の、簡(简)一族が住んでいます。「懐遠楼」の由来はここから遠く離れた簡氏の出身地、河北「懐」楊を思うということと簡氏の子孫への高尚な大志を告示したものだそうです。
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入り口は混んでいました。入り口は石でしっかり造られていました。
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入ると正面に廟がありました。
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廟に入ると仏像が祀ってありました。
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階段そばに座っていたおばあちゃんに一人5元払って上階に上りました。円形の住居を見たかったのです。
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今でも人が住んでいます。2階に上がると土楼の住居空間の構造がよくわかります。中央に廟があります。1階はリビングルームでその前にドーナツ状の屋根がありそこが台所・洗い場になっています。2階は窓がなく倉庫、3階と4階が寝室などになっています。1階から4階まで縦方向の部屋が単位となっていて基本的に1家族が住んでいます。大家族になると2列になったりするとのことです。
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何か干してあると思って近づいたらお土産屋でした。
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三階からの景色です。
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最上階からの景色です。中央、その左、右です。
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窓から外を覗いてみました。結構高いです。入り口前の広場が石畳なのは昔からなのでしょうか。門か何か構造物があったようにも思えます。
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by AT_fushigi | 2018-06-09 12:26 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2016年12月-中国上海、厦門ー第六日目-(V)福建土楼ー雲水謡(云水谣)



昼食後、車で数分の「雲水謡(云水谣)」古鎮に移動です。
雲水謡古鎮は中国でも有名な美しい山村です。長教渓という山に囲まれた川の流れに沿って都へ通じる古道にある村です。
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雲水謡古鎮は中国でも有名な美しい山村です。長教渓という山に囲まれた川の流れに沿って都へ通じる古道にある村です。
2006年に上映された映画「雲水謡(云水谣)」で有名になった村だそうです。主人公は陳秋水と王碧雲といい名前に「雲」「水」が使われています。王碧雲はビビン・スーが演じたそうです。
1940年代に台湾で出会った二人は恋に落ちますが、1947年に起こった台湾2.28事件(本省人と外省人(国民党と台湾に逃れてきた人)の衝突)で陳秋水は中国本土に渡ってしまいます。二人は会うことがかなわず60年の歳月が流れて...というストーリーだそうです。この二人が恋する場面の撮影が「雲水謡(云水谣)」で行われたそうです。ポスターの背景にここの水車が写っています。
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駐車場のすぐそばに石碑があり(国家AAAAA級景区とあります)、緑色の川が流れています。対岸に大きな樹があり、その下に水車が見えます。
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橋渡るとお店が並んでいます。
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大きな樹に向かいます。樹齢千年(中国的?)のガジュマルだそうです。
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その側に木橋があり、その上から古鎮を見ることができます。
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橋の先に水車があります。映画で使われた水車です。
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水車小屋から水辺に下りると川を渡る石段があります。
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渡ると対岸のガジュマルと水車小屋が幻想的に見えます。カメラが故障でスマホしかないのが残念でした。
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駐車場に戻ると側に土楼のホテルがありました。「徳風楼」。ホテルの中にレストランもあるようです。よく見ると食堂+宿もいくつかありました。
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by AT_fushigi | 2018-06-06 16:16 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)