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欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第三日目-オスティア・アンティカ(I)


仕事は日曜日から始まるので土曜日のこの日だけが週末旅行のチャンスです。

同僚が任せると言ってきたので、前日夜、レセプションで飲んだ美味しいワインに酔った頭で日帰りドライブの計画を立てました。「チヴィタバニョーレッジョ」は決めていました。絶景ポイントからは午後が美しいということなので午前中の観光先を調べました。
調べ始めると滞在先の近くの「オスティア・アンティカ」を見つけ眠いこともありここに決めました。

Wikipediaによれば、ローマ古代都市(後に植民地)「オスティア」は紀元前4世紀には記録に残っている城塞都市で、地中海への軍事・防衛拠点だったそうです。今は内陸になっていますが当時の城壁東側は海に面していたそうです。
その後、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスによりローマ海軍の拠点が他所へ移り、商業都市として栄え2世紀にピークを迎えます。しかし、テベレ川の堆積土で海岸線が沖に進むにつれ港湾商業都市としての機能が失われ衰退していきます。その後、富裕層の居住区として再興します。
しかし、ローマ帝国の衰退で4世紀をピークに人々は離れ、9世紀、「オスティアの海戦」のあったサラセン人侵略時に無人の都市となったという事です。
現在、発掘されているのは居住地区として栄えた「オスティア」の遺構です。

ローマ市内から電車でも行けるそうで、地図で見るとローマ=リード線のオスティア・アンティカ駅から歩いて10分くらいだそうです。ポンペイより近場で保存も良く、あまり人もいない穴場だと思います。

さて、門の前に駐車し入ります。門の前には15世紀ごろに造られたユリウス2世要塞があります。
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途中にパネルがありました。
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門から城塞入り口のローマ門まで相当距離があります。実は、長い道沿いに駐車場がありました。

チケット売り場です。
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月曜日休園、入場は8:30-18:00で、19:00には閉園するとあります。入場料は一般大人12ユーロでした。
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(拡大)
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ローマ門(Porta Romana)のミネルヴァ(Minerva)女神像です。
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向こうにある青色の像はCarin Gruddaによるもので遺跡内に16点展示されているとのことです。

門からメインストリートに入り進みます。通り名はデクマーノ・マッシモ(Decumano Massimo)。

しばらくすると展望台が見えます。ネプチューン浴場(Terme di Nettuno)が上から眺めることができます。
登ると眼下に見事なネプチューンのモザイクがありました。
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展望台から左に広がる広い壁に囲まれたところがネプチューン浴場のジムだそうです。
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行って見ました。こっちに入ってくる人は少ない。
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ジムを抜けて、消防舎の横を通り、さらに進むと左に高い木と広場が見えてきました。
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同業組合広場(Piazzale delle Corporazioni)です。ここに商業拠点だったオスティアには地中海各地から交易品が届き、それらの品物ごとの商人組合があったそうです。
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広場の向こうに円形劇場が見えます
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すり鉢状の円形劇場(Teatro)は舞台の横から入ります。半円の舞台の裏の役者は行きかった通路が見えます。
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舞台の背後はから同業組合広場を見た眺めです。
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写真右に奇妙な顔の石像がありました。表情から役者の顔でしょうか。
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観客席のてっぺんからの眺めです。
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数千人入場できたというすり鉢状の観客席を上ります。
正面、左右です。
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今は通りぬけできませんが、観客の出入り口です。
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さらに、デクマーノ・マッシモ(Decumano Massimo)を奥に進みます。
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by AT_fushigi | 2018-11-24 15:28 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第三日目-チビタベッキアからチヴィタ・ディ・バニョーレッジョ(II)


チヴィタの入り口です。アーチの両側に向かい合うライオン。門の上はライオンの頭と何かを掴んでいる鳥のようです。
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門を入ると村のメインストリート。手入れされた植物が配置された可愛い建物が続きます。長い間放置されていたという事なので、多くは修復されたのでしょう。
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目立つ聖母マリアの祠です。周りは新しいですが中の絵は古そうです。
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間もなく、広場に出ます。デュオモ広場とあり、正面に教会が見えてきます。デュオモは地震で崩壊したと聞きました。
教会の中に入ろうとしましたが、何か儀式を行っていたので遠慮しました。
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さらに、建物、路地、祠などを観ながら、先に進みます。つい、写真に撮りたくなる風景が多かったです。
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さて、村の端に来ました。坂になっています。そこからの眺めがこの村の運命を暗示させます。
チヴィタは「死にゆく町」(il paese che muore)と呼ばれ、周りの岩の風化が進行し崩壊中だという事です。
その原因は写真に見られます。白い山肌は地震や川の浸食で崩れたもので、凝灰岩という事です。山頂に地層が見えます。この付近は凝灰岩の上に海か川によって運ばれ沈殿した泥が蓄積され地層となった岩盤ができ、隆起したものだそうです。
チヴィタはその地層岩盤の上に造られた町です。地震や川の浸食により凝灰岩が露出し、雨などで水気を含みやすい凝灰岩が風化で崩れていきます。そして、支えを失った上部の地層も崩れていくという連鎖の結果、町は周辺から崩壊していっているのです。
写真のわずかに残った地層がチヴィタの運命を示しているという事です。地層がなくなって白いとんがった山もありますね。着いて駐車場からとった写真を見ると地層岩盤の上に村があり、地層岩盤の下は白い岩になっているのが分かります。
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さて、チヴィタには道が一本ですので来た道を戻ります。
チヴィタでは多くの猫が悠々と歩いています。自動車が無いので危険はなく猫天国です。
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広場に戻ったころ、教会が赤くなっていました。
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とても気持ち良かったので、しばらく夕方の時間を楽しむため広場に面したカフェのテーブルに納まりワインを頼みました。
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ちょうど、儀式が終わったらしく教会から人々が出てきました。人々が去った後、司祭さんが残った町の人と話していました。
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しばらくすると、北の空の雲が濃いピンクとなりました。大好きな時間です。
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旅先でのまったりした時間を楽しみたいのですが、明日のことを思い意を決して立ち上がりました。
広場から入り口の門の方向です。西の空はまだ橙色の明るさが残っていました。
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お土産などを買って門に向かうとしっかりブルーモーメントです。崩れかけている城壁が空と良いコンビです。
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門を出ると満月に近い月が出ていました。
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これから向かうバニョーレッジョ方向は名残の夕焼けでした。真っ黒な中、橋に沿った灯が幻想的でした。
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橋の中ほどで振り返ってみました。月と天空の城です。
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帰路で山の中でGPSが正しく働かず、最初は気が付かず曲がるところを間違えるなどして時間がかかってしまいました。原因不明です。
午後10時を過ぎてホテルに着いたのでホテルで食事をしました。
ホタテとオヒョウはとても美味しかったです。
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結構疲れたので、シャワーを浴びて爆睡でした。




by AT_fushigi | 2018-11-11 14:10 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第三日目-チビタベッキアからチヴィタ・ディ・バニョーレッジョ(I)


オスティア・アンティカを後にしてチビタベッキア経由でチヴィタ・ディ・バニョーレッジョへ。
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既に予定より1時間半遅れているのでチビタベッキアは深く追わないことにし、ミケランジェロ要塞周辺で我慢しました。
車をミケランジェロ要塞付近に停め、港に入ります。
チビタベッキアは古い港です。Wikipediaによれば2世紀の初めにトラヤヌス帝によって整備されました。日本との関わりが深く、1615年に慶長遣欧使節団の支倉常長らがチヴィタヴェッキアに上陸したとのことです。また、19世紀に建てられた日本二十六聖人を記念した日本聖殉教者教会があるそうですが今回はパスしました。
現在のチビタベッキアは漁港でもあり海上輸送の要所でもあるが、大型クルーズ船が寄港できるローマ近郊の港として有名です。港には多くの船がありましたがやはり大型クルーズ船が目立ちます。
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遠くに昔の港の遺跡のようなものが見えました。
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ミケランジェロ要塞です。
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時間が無いので、近くのマクドナルドで昼食を済ませ、本命のチビタ・ディ・バニョーレッジョに向かいます。
途中で水道を見つけ、見てみました。どれくらい古いのかは分かりません。
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バニョーレッジョはトスカーナに多い丘の上の城塞都市で、坂を一気に登り城門を通り抜けて中心部を通って東の端に来ると目当てのチヴィタ村あるいはチヴィタ・ディ・バニョーレッジョ(Civita di Bagnoregio)に繋がる橋にたどり着きます。
もう少し橋に近い駐車場にも行けますが、絶景ポイントの近くの駐車場に停めました。
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駐車場の角からその姿が現れました。天空都市ラピュタのモデルとなったと言われています。そこへは1965年に造られた300mの細い橋のみでアクセスが可能となっています。その橋の上を多くの観光客が歩いています。
チビタの町は度重なる地震で崩れ、1764年の大地震で唯一の道路も崩れ、人々が離れていったそうです。20人ほどの村でとなりましたが、1990年頃から修復が始まり、現在観光地として復活しました。
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さらに進むとカフェがありその先に展望台があります。橋が正面に見える絶景です。
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展望台から側の階段を下りていくと道路に出ます。しばらく下るとチケット売り場があります。
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一人5ユーロです。オーディオガイド6ユーロもあるようですが借りませんでした。
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チビタは目の前です。
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さあ、橋を渡りましょう。橋の袂です。
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歩いていると村から自動車がやってくるではありませんか。レッドクロス、救急車だったようです。一切の車は通れないと聞いていましたが特別仕立ての救急車は別なのでしょう。
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村に近づくと橋の勾配もきつくなります。結構ハアハアと休んでおられる方もおられました。
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さて、橋も終わり、村の入り口へ急坂の道を上ります。
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上がって振り返ればバニョーレッジョの旧市街の向こうに日が沈みかけています。
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by AT_fushigi | 2018-11-10 15:26 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)