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欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第一、二日目-真夜中のローマ到着


毎年9月にヨーロッパで開催される学会。展示会への出張です。昨年はスウェーデン・ヨーテボリでした。今年はイタリア・ローマです。

会場はレオナルド・ダ・ヴィンチ - フィウミチーノ空港近くで、ローマ市内まで30分以上かかる場所です。同僚や同業者の大部分は市内に宿泊していましたが、私は30分も通うのは嫌なので会場近くにホテルを取りました。ただし、交通手段がほとんどないのでレンタカーを借りることにしました。

ローマへはフランクフルト乗換のルフトハンザです。問題は深夜にローマに着くことです。そこで、到着後は空港のホテルに泊まり、翌日レンタカーで移動することにしました。

羽田のラウンジではいつものようにきつねうどんとサンドイッチです。
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ルフトハンザのエコノミー機内食はレベルは高いほうです。
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さて、30分遅れでローマに到着。閑散とした到着ロビーを突き抜け、案内板に従い2階に上がり通路をキャリーを引いて進みます。疲れていたので遠く感じました。予約していたヒルトンでベッドに入ったのは午前1時過ぎでした。シャワーを浴びてバタンキューで寝ました。

二日目の金曜日はワークショップです。レンタカーを借りて会場に行きました。夜遅くのレセプションまでありましたが早々に引き上げました。レセプションでは美味しいモンタルチーニなどイタリアワインをいただきました。

翌日の土曜日は唯一の休日なのでドライブを予定していました。ナショナルジオグラフィックでチビタ・バニョーレッジョの記事を読んでいたので迷うことなくここに行くことに決めていました。




by AT_fushigi | 2019-01-13 18:11 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第九、十日目-帰国


帰国です。いつも帰国時に不安があるのがレンタカーの給油です。レンタカーはフルにして返却が原則です。フルにしていないと人件費・サービス料を含めた高いガソリン代を払うことになります。HERTZでは借りる時に指定すればフルまでのガソリン代は実費というオプションもあります。借りる時にオプション指定してフルで返すというのが最もリスクが低く安いと思います。
給油に関しては、支払方法がいくつかあり、日本のクレジットカードが使えるかの心配も含め毎回ドキドキします。英語圏なら言葉で問題ないのですがイタリア語での対応は不安があります。
日本のクレジットカード払いだと受け付けない機械が多くオフィス払いが確実です。なので、毎回、グーグルマップのストリートビューを見て無人給油だけのようなところは避け、オフィスの雰囲気を見てガソリンスタンドを決めます。
今回は一番近い2つのガソリンスタンドは給油機が1,2台くらいでオフィスも小さく避けました(下のストリートビュー参照)。良く見ると精算機が見えますが恐らく日本のクレジットカードは使えないでしょう(ちなみに現金は給油前に入金するのでフルは難しいです)。
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売店が付いているようなスタンドを探しました。売店があればクレジットカードは使えるからです。
ガソリンスタンドでは車を止めたら給油機の番号を確認し、オフィスに行って「Japanese Credit Card」と言いながらクレジットカードを見せて番号と「フル」と言います。英語の番号と「full」はどこでも通じます。ここでヨーロッパでは二通りの対応を経験しました。一つは簡単で、そして最も多いケースですが、車に戻り給油してオフィスでクレジットカード払いという方法です。もう一つは40Lのように多めにお金を払い、給油が終わってからクレジットカードで返金してもらう方法です。
なお、高速のサービスエリアでは、利用者が多いためでしょうか、まず給油し前方のゲート(出口)で番号を言って支払うという経験もあります。
まあ、これも旅の楽しみですがレンタカー返却の給油は時間に余裕を持つようにしています。

無事、レンタカーを返却し、チェックイン・セキュリティを通ってラウンジでホッとします。朝食をしっかり頂いたので「朝ワイン」を楽しみました。モッツァレラチーズが結んでありました。
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フランクフルト空港のラウンジではいつものようにヴァイツェンビアとミートローフ。
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機内食は普通ですが、ANAと同等でしょうか。エコノミーなので贅沢は言えませんが、他社比較すれば良いほうだと思います。
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ローマは30年前、5年前来ているので3回目です。チヴィタ・ディ・バニョーレッジョとオスティア・アンティカは初めての訪問でした。ただ、美術館巡りができなかったのが心残りです。




by AT_fushigi | 2019-01-13 14:07 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第八日目-ローマの夕暮れ観光とディナー


最終日です。仕事が終わって日本人同業者グループで打ち上げのディナーです。
私以外は駅そばのホテルという事で市内のレストラン、午後7時に現地集合となりました。私はホテルからシャトルバスでマルケッルス劇場前まで行き、お店に向かいます。バスを降りたのは日も落ちかけた午後6時20分ごろでした。
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実はお店に行く前の「夕焼けのローマ観光と」と食事が終わった後の「夜のローマ観光」を計画していました。シャトルバス停とレストランの位置からカンピドーリョの丘、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂からフォロ・ロマーノ、コロッセオというルートです。夜という事もありスマホカメラ使用です。
まず、カンピドーリョ(Campidoglio)の丘に上る階段があります。
カンピドーリョはローマの7つの丘でも一番高い丘で、ローマ神の最高神であったユピテルやユノーの神殿がありローマ時代の中心でした。現在は市庁舎があり、その裏はフォロ・ロマーノ遺跡です。
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階段を上がるとミケランジェロが設計したカンピドリオ広場です。中央にあるのがマルクス・アウレリウス像ですが、花嫁が記念写真を撮っていました。
夕日に染まっているのがローマ市庁舎(セナトリオ宮)です。右側がカピトリーノ美術館 (Musei Capitolini) です。午後7時半まで開館しているとのことですが、時間が無いので、パスです。
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階段下の獅子のおしりの向こうにアラコエリ広場(Piazza d'Aracoeli)です。
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カンピドーリョの階段を降りると、別の階段があります。アラコエリの聖マリア大聖堂(Basilica di Santa Maria in Ara coeli)です。時間の関係で、ここは階段下から西日に輝くファサードを写真に収めるだけにしました。
この教会は6世紀ごろに起源があるようですが13世紀に大改修されたそうです。階段は124段で14世紀にペスト撲滅の記念に造られたそうです。
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階段を過ぎると古代ローマの住宅跡の遺跡があります。教会の階段下に一部埋められたようです。アーチの屋根のある空間に商売あるいはレストランの絵がありました。
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ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂です。私は1925年に建てられたこの建造物はローマに似つかわしくないと思っていますので写真だけ。
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ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂を通り過ぎると、ヴァレンティーニ宮殿(Palazzo Valentini)とトラヤヌスの記念柱(Colonna Traiana)が見えてきます。
ヴァレンティーニ宮殿は教皇Pio Vの甥であるCardinal Michele Bonelliによって1585年に建てられたそうです。1873年以来のローマ県庁として使用されています。宮殿の名前は 1827年に宮殿を購入したプロイセンの銀行家兼総領事のヴァンセンツォ・ヴァレンティニ(Vincenzo Valentini)によります。
トラヤヌスの記念柱は西暦113年に完成した、ローマ皇帝トラヤヌスのダキア戦争での勝利を記念したモニュメントです。「ローマとダキアの間の戦争(101年 - 102年、105年 - 106年)を叙事詩的に描いたフリーズ(レリーフ)が円柱の表面に螺旋状に描かれている(Wikipedia)」そうです。
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フォロ・ロマーノ(Foro Romano)です。フォロ・ロマーノはローマの政治の中心地として紀元前6世紀ごろから整備され、カエサルによって計画され、現在見ることができる形になったと言われています。西ローマ帝国が滅びてから荒廃し、土の下に埋もれましたが19世紀になって発掘が始まりました。
何回か訪れていますが夕方の暗いときに来るのは初めてです(明るく写っていますが、結構暗いのです、さすがデジタルカメラ)。上から見るためか、期待していたせいか、意外に情緒を感じませんでした。
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コロッセオ(Colosseo)です。夕方、多くの観光客が家族写真を撮ったり、カップルなどが物思いにたたずんだりしていました。
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コロッセオそばのコンスタンティヌスの凱旋門(Arco di Costantino)です。
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あっという間に約束の7時になったので、申し訳ないと思いながらレストランに向かいます。
途中、フォリ・インペリアリ通りで西に飛んでいく飛行機雲を見つけました。
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レストランは人気のレストランのようです。日本人慣れしているのが良いのか悪いのか。でも、定番のイタリアンをたくさんいただきましたが、美味しかったです。ワインとともに友人たち(同業者)と楽しい食事でした。写真を撮る暇もなく料理やワインが出てワイワイ楽しみました。
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午後9時半ごろお開きになって、私だけ方向が違うので別れました。私のお目当ては夜のコロッセオ。コロッセオ駅の真上にある崖の上からの見学です。駅からだと東(駅を出て左)へ進むと階段があります。レストランからは坂を下り、また上ってニコーラ・サルヴィ通りに出ます。
思っていたほど観光客も多くなく絶景を楽しめました(工事の壁とかが邪魔ですが)。
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夕方来た道を戻ります。
フォロ・ロマーノ。
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トラヤヌスの記念柱。
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ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂
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カンピドーリョ。
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ホテルのシャトルバスのピックアップ場所であるマルケッルス劇場前のバス停から、間もなく来た10:15発の最終バスでホテルに戻りました。

Google mapで足跡を。
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by AT_fushigi | 2019-01-06 17:13 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第三日目-オスティア・アンティカ(II)


メインストリートであるデクマーノ・マッシモ(Decumano Massimo)を進むと目立つ建造物があります。神殿カピトリウムです。ユピテル、ユノ、ミネルウァを祀る神殿だそうです。
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デクマーノ・マッシモを挟んで反対側がフォーラム(Foro)です。ここは神殿やバジリカに囲まれ、彫像が建つ石で覆われていた広場とのことですが、今は草ぼうぼうで何もありません。
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しばらくメインストリートを西に向かうと三叉路があります。左へ行くとかつては海岸に出るマリーナ門の方向です。
右の方向に向かうガイドツアーの人たちがいたので追うように進みました。
ヘラクレス神殿です。それらしい彫像がありました。
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ガイドツァーはミトラ浴場の方向に行きましたが私たちは手前の屋根のある部屋で水補給休憩を取りました。
その後、ミトラ浴場をちらっと見て南下しました。
七賢人浴場では床のモザイクが素晴らしかったです。
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一部荒れていましたがいずれ修復されるでしょう。
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この壁画は海の幸が描かれているのでしょうか。現在は内陸となってしまったオスティアですが、昔は河口の町で北は川、西は海岸で港町でした。
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さらに進むと戦車騎兵の壁画がありました。
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小さな通りをメインストリートに出て三差路に戻り、そのまま北へ向かいました。
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間もなく休憩所に着きトイレ休憩です。

正午を過ぎていたので、メインのチヴィタ・ディ・バニョーレッジョの道のりを考え急ぐことにしました。
当時の町の賑わいを想像することができる「ディアナの家」です。8つの商店が表に並んでいた2階以上の建物です。
お店の天井は円形で壁は漆喰・フレスコで彩色されていたようです。
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内部の部屋の床は白黒のモザイク(写真では分かりにくいですが)、壁は彩色された構造になっていたようです。
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こちらは、ご想像の通りだと思いますが確認できていません。ただ、側にいたガーファンクル似の青年がきっとそうだよと言ってくれただけです。
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一番奥にはミトラの祭壇がありました。右下の小さく写っている頭部像はワインの神ディオニソスだそうです。
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祭壇の前室です。祭壇の部屋もそうですが、血なまぐさい儀式のために床は幾何学模様の石畳であり中央には血あるいは水を流す排水溝が掘られています。
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もっと見学したいところですが、今日のメインが控えているのでここで移動です。ローマからポンペイに行くのも良いですがオスティカも負けないくらいの遺跡です。また、市内から電車ですぐです。ただ、発掘・整備途中でもあり観光地化されていませんが、逆に、そこに価値があります。
今度機会があったら1日かけて見学したいと思います。また、後で行くようにシーフードのレストランが多くある地域でもあるのです。

地図です。ベースとなる地図はチケット売り場で5ユーロで売っていた案内地図です。詳しく見たい方はダブルクリックして拡大して見てください。
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公式ホームページは下記です。
http://www.ostia-antica.org/




by AT_fushigi | 2018-12-09 15:48 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第三日目-オスティア・アンティカ(I)


仕事は日曜日から始まるので土曜日のこの日だけが週末旅行のチャンスです。

同僚が任せると言ってきたので、前日夜、レセプションで飲んだ美味しいワインに酔った頭で日帰りドライブの計画を立てました。「チヴィタバニョーレッジョ」は決めていました。絶景ポイントからは午後が美しいということなので午前中の観光先を調べました。
調べ始めると滞在先の近くの「オスティア・アンティカ」を見つけ眠いこともありここに決めました。

Wikipediaによれば、ローマ古代都市(後に植民地)「オスティア」は紀元前4世紀には記録に残っている城塞都市で、地中海への軍事・防衛拠点だったそうです。今は内陸になっていますが当時の城壁東側は海に面していたそうです。
その後、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスによりローマ海軍の拠点が他所へ移り、商業都市として栄え2世紀にピークを迎えます。しかし、テベレ川の堆積土で海岸線が沖に進むにつれ港湾商業都市としての機能が失われ衰退していきます。その後、富裕層の居住区として再興します。
しかし、ローマ帝国の衰退で4世紀をピークに人々は離れ、9世紀、「オスティアの海戦」のあったサラセン人侵略時に無人の都市となったという事です。
現在、発掘されているのは居住地区として栄えた「オスティア」の遺構です。

ローマ市内から電車でも行けるそうで、地図で見るとローマ=リード線のオスティア・アンティカ駅から歩いて10分くらいだそうです。ポンペイより近場で保存も良く、あまり人もいない穴場だと思います。

さて、門の前に駐車し入ります。門の前には15世紀ごろに造られたユリウス2世要塞があります。
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途中にパネルがありました。
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門から城塞入り口のローマ門まで相当距離があります。実は、長い道沿いに駐車場がありました。

チケット売り場です。
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月曜日休園、入場は8:30-18:00で、19:00には閉園するとあります。入場料は一般大人12ユーロでした。
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(拡大)
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ローマ門(Porta Romana)のミネルヴァ(Minerva)女神像です。
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向こうにある青色の像はCarin Gruddaによるもので遺跡内に16点展示されているとのことです。

門からメインストリートに入り進みます。通り名はデクマーノ・マッシモ(Decumano Massimo)。

しばらくすると展望台が見えます。ネプチューン浴場(Terme di Nettuno)が上から眺めることができます。
登ると眼下に見事なネプチューンのモザイクがありました。
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展望台から左に広がる広い壁に囲まれたところがネプチューン浴場のジムだそうです。
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行って見ました。こっちに入ってくる人は少ない。
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ジムを抜けて、消防舎の横を通り、さらに進むと左に高い木と広場が見えてきました。
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同業組合広場(Piazzale delle Corporazioni)です。ここに商業拠点だったオスティアには地中海各地から交易品が届き、それらの品物ごとの商人組合があったそうです。
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広場の向こうに円形劇場が見えます
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すり鉢状の円形劇場(Teatro)は舞台の横から入ります。半円の舞台の裏の役者は行きかった通路が見えます。
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舞台の背後はから同業組合広場を見た眺めです。
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写真右に奇妙な顔の石像がありました。表情から役者の顔でしょうか。
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観客席のてっぺんからの眺めです。
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数千人入場できたというすり鉢状の観客席を上ります。
正面、左右です。
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今は通りぬけできませんが、観客の出入り口です。
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さらに、デクマーノ・マッシモ(Decumano Massimo)を奥に進みます。
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by AT_fushigi | 2018-11-24 15:28 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第三日目-チビタベッキアからチヴィタ・ディ・バニョーレッジョ(II)


チヴィタの入り口です。アーチの両側に向かい合うライオン。門の上はライオンの頭と何かを掴んでいる鳥のようです。
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門を入ると村のメインストリート。手入れされた植物が配置された可愛い建物が続きます。長い間放置されていたという事なので、多くは修復されたのでしょう。
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目立つ聖母マリアの祠です。周りは新しいですが中の絵は古そうです。
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間もなく、広場に出ます。デュオモ広場とあり、正面に教会が見えてきます。デュオモは地震で崩壊したと聞きました。
教会の中に入ろうとしましたが、何か儀式を行っていたので遠慮しました。
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さらに、建物、路地、祠などを観ながら、先に進みます。つい、写真に撮りたくなる風景が多かったです。
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さて、村の端に来ました。坂になっています。そこからの眺めがこの村の運命を暗示させます。
チヴィタは「死にゆく町」(il paese che muore)と呼ばれ、周りの岩の風化が進行し崩壊中だという事です。
その原因は写真に見られます。白い山肌は地震や川の浸食で崩れたもので、凝灰岩という事です。山頂に地層が見えます。この付近は凝灰岩の上に海か川によって運ばれ沈殿した泥が蓄積され地層となった岩盤ができ、隆起したものだそうです。
チヴィタはその地層岩盤の上に造られた町です。地震や川の浸食により凝灰岩が露出し、雨などで水気を含みやすい凝灰岩が風化で崩れていきます。そして、支えを失った上部の地層も崩れていくという連鎖の結果、町は周辺から崩壊していっているのです。
写真のわずかに残った地層がチヴィタの運命を示しているという事です。地層がなくなって白いとんがった山もありますね。着いて駐車場からとった写真を見ると地層岩盤の上に村があり、地層岩盤の下は白い岩になっているのが分かります。
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さて、チヴィタには道が一本ですので来た道を戻ります。
チヴィタでは多くの猫が悠々と歩いています。自動車が無いので危険はなく猫天国です。
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広場に戻ったころ、教会が赤くなっていました。
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とても気持ち良かったので、しばらく夕方の時間を楽しむため広場に面したカフェのテーブルに納まりワインを頼みました。
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ちょうど、儀式が終わったらしく教会から人々が出てきました。人々が去った後、司祭さんが残った町の人と話していました。
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しばらくすると、北の空の雲が濃いピンクとなりました。大好きな時間です。
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旅先でのまったりした時間を楽しみたいのですが、明日のことを思い意を決して立ち上がりました。
広場から入り口の門の方向です。西の空はまだ橙色の明るさが残っていました。
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お土産などを買って門に向かうとしっかりブルーモーメントです。崩れかけている城壁が空と良いコンビです。
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門を出ると満月に近い月が出ていました。
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これから向かうバニョーレッジョ方向は名残の夕焼けでした。真っ黒な中、橋に沿った灯が幻想的でした。
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橋の中ほどで振り返ってみました。月と天空の城です。
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帰路で山の中でGPSが正しく働かず、最初は気が付かず曲がるところを間違えるなどして時間がかかってしまいました。原因不明です。
午後10時を過ぎてホテルに着いたのでホテルで食事をしました。
ホタテとオヒョウはとても美味しかったです。
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結構疲れたので、シャワーを浴びて爆睡でした。




by AT_fushigi | 2018-11-11 14:10 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第三日目-チビタベッキアからチヴィタ・ディ・バニョーレッジョ(I)


オスティア・アンティカを後にしてチビタベッキア経由でチヴィタ・ディ・バニョーレッジョへ。
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既に予定より1時間半遅れているのでチビタベッキアは深く追わないことにし、ミケランジェロ要塞周辺で我慢しました。
車をミケランジェロ要塞付近に停め、港に入ります。
チビタベッキアは古い港です。Wikipediaによれば2世紀の初めにトラヤヌス帝によって整備されました。日本との関わりが深く、1615年に慶長遣欧使節団の支倉常長らがチヴィタヴェッキアに上陸したとのことです。また、19世紀に建てられた日本二十六聖人を記念した日本聖殉教者教会があるそうですが今回はパスしました。
現在のチビタベッキアは漁港でもあり海上輸送の要所でもあるが、大型クルーズ船が寄港できるローマ近郊の港として有名です。港には多くの船がありましたがやはり大型クルーズ船が目立ちます。
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遠くに昔の港の遺跡のようなものが見えました。
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ミケランジェロ要塞です。
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時間が無いので、近くのマクドナルドで昼食を済ませ、本命のチビタ・ディ・バニョーレッジョに向かいます。
途中で水道を見つけ、見てみました。どれくらい古いのかは分かりません。
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バニョーレッジョはトスカーナに多い丘の上の城塞都市で、坂を一気に登り城門を通り抜けて中心部を通って東の端に来ると目当てのチヴィタ村あるいはチヴィタ・ディ・バニョーレッジョ(Civita di Bagnoregio)に繋がる橋にたどり着きます。
もう少し橋に近い駐車場にも行けますが、絶景ポイントの近くの駐車場に停めました。
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駐車場の角からその姿が現れました。天空都市ラピュタのモデルとなったと言われています。そこへは1965年に造られた300mの細い橋のみでアクセスが可能となっています。その橋の上を多くの観光客が歩いています。
チビタの町は度重なる地震で崩れ、1764年の大地震で唯一の道路も崩れ、人々が離れていったそうです。20人ほどの村でとなりましたが、1990年頃から修復が始まり、現在観光地として復活しました。
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さらに進むとカフェがありその先に展望台があります。橋が正面に見える絶景です。
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展望台から側の階段を下りていくと道路に出ます。しばらく下るとチケット売り場があります。
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一人5ユーロです。オーディオガイド6ユーロもあるようですが借りませんでした。
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チビタは目の前です。
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さあ、橋を渡りましょう。橋の袂です。
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歩いていると村から自動車がやってくるではありませんか。レッドクロス、救急車だったようです。一切の車は通れないと聞いていましたが特別仕立ての救急車は別なのでしょう。
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村に近づくと橋の勾配もきつくなります。結構ハアハアと休んでおられる方もおられました。
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さて、橋も終わり、村の入り口へ急坂の道を上ります。
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上がって振り返ればバニョーレッジョの旧市街の向こうに日が沈みかけています。
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by AT_fushigi | 2018-11-10 15:26 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第六、七日目-港でシーフードを楽しむ


六日目は一日仕事で夕食もホテルでピザとワインを深夜までやっているバーでいただきました。
七日目は、仕事の後、同僚と二人で夕食に出かけました。
車があるので海の方に出かけてシーフードを楽しむことにしました。
ホテルのレセプションで海に近くカジュアルでフレッシュなシーフードと指定して紹介してもらいました。開店と同時ぐらいに行きたいというと予約は不要と思うが念のためと予約してくれました。後で、TripAdvisorで見るとこの地域には多くのレストランやホテルがあります。
「Osteria del Peshe Mimmo」
--- Address: V.le Traiano, 95/a Darsena, 00054, Fiumicino, Italia
--- Phone: +39 06 658 1748
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夕日に向かって走り、港に着いたら陽は沈んでいました。
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お店の道路の反対側が駐車場なので止めました。駐車場から店を撮りました。
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カジュアルなお店です。
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日の入りが遅い夏には夕日がお店から見えるでしょう。今日は沈んでいますが港の良い眺めです。道路に向いたウィンドウの向こうに外のテーブル席もあります。夏は気持ちが良い出そうか、眩しいでしょうか。
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プロセッコを貰いメニューを見ます。美味しそうな料理が並んでいます。
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でも結局定番となってしまいました。
- 生ガキ、タコとポテト
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- シーフードのフェットゥチーニ(二人でシェア、写真は少し食べています)
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- 手長エビのロースト(写真は同僚におすそ分け後)
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同僚のメインはスズキのローストでした。
ワインはお薦めを聞いてサルディニアの白ワイン(16EUR)です。
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どれも美味しかったし、特に濃厚なスキャンピのソースのフェットゥチーニは最高でした。量も結構あり、日本人の同僚はパスタのところで「もうお腹いっぱい」と言っていましたが完食しました。
私はもう少し前菜を頼めば良かったかなという、腹八分目な量でした。
満足してホテルに戻りました。



by AT_fushigi | 2018-09-30 00:34 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(1)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第四、五日目-カラカラ浴場レセプション


第四日目は一日仕事でした。遅くホテルに戻って遅い夕食を食べました。ピザとワインです。
第五日目は、カラカラ浴場でレセプションです。同僚数人とホテルのシャトルバスで市内まで行き、そこから25分歩きました。7時開催ですがぎりぎりに到着しました。

Wikipediaによれば「212年から216年にかけて、カラカラ帝の治世に造営された。構成は225mの長さに185mの幅、おおよその高さは38.5mほどで、あちらこちらに2,000から3,000の浴槽を設置できた。」という広大な浴場です。

まずは地下遺構に案内されました。
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最初に入ったのがミトラ神殿です。
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ミトラ教(あるいはミトラス教)の『ミトラ』はサンスクリット語で『契約』という意味で、太陽神を祭る密儀宗教である。ペルシャからヘレニズム時代(紀元前323年-西暦30年)に地中海に伝わってきたものと考えられている(ペルシャではゾロアスター教によって衰退させられた)。ローマへは紀元前67年にローマの英雄ポンペイウスがアナトリア半島南東のキリキアの海賊を掃討したことがきっけと考えられている。キリキアの海賊はミトラ神の聖牛供儀を行っており、聖牛供儀を記述したローマの叙事詩などから1世紀から4世紀にかけてローマ帝国で広まったと考えられている。特に軍の下級兵士に広く支持されていた。コンモドゥス帝(在位180年-192年)はミトラス教に儀式に参加した初めての皇帝とされている。ミトラ教は太陽神の密教であり、ローマ帝国に広まっていたナタリス・インウィクティ(太陽神の誕生を祝う祭)を利用し、『ミトラ教のナタリス・インウィクティ』と呼んで勢力を拡大していった。ミトラ教の多くのレリーフが残っているが表には牡牛を屠るミトラ神が、裏には太陽神と食卓を共にするミトラ神が彫られている。ミトラ教はキリスト教の広がりとともに4世紀から衰退していく。
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ミトラ教が布教に利用したローマの「太陽神の誕生を祝う日」(=冬至)がユリウス暦12月25日でした。これに対抗し、布教するためにキリスト教もこの日を利用し、紆余曲折があった後、クリスマスになったのです。2-3世紀以前のミトラ教の強さが分かります。
この神殿は地下にあります。高さは6,7mはあるでしょうか。長さは20mくらいのかまぼこ型の空間です。アーチ形の柱が並んでいます。
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壁の一角にミトラ神の偶像画がありました。青い地球のようなものを抱えているように見えますが、教義から考えて太陽ではないでしょうか。
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柱の間には信者が座る椅子のような空間があります。そして上から液体が降り注ぐような溝があります。聖牛供儀に使われたものと考えます。
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誰かが説明しているようなのですが人が多くて説明が聞こえません。上記は私の知識と細切れに聞こえた説明から推測したものです。

さて、数十メートルのトンネルを通って地上に出ました。もう日も暮れてマジックアワーになっていました。そして厚い雲が覆っていくのが分かりました。
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この後、レセプションがあり、と言っても行事は無く参加者が勝手にワインと会話を楽しむ会でした。

8時半頃にお開きとなりました。ライトアップされた遺構が美しいです。
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中に入れるようです。
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中もライトアップされています。入ると広場がありました。
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広場の右奥に通路ああったので行って見ました。
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ドームの向こうに大きな壁が見えます。並行して通路があるようです。人のシルエットがきれいに浮かび上がっています。
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行き止まりです。
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戻ってもう一つの通路に行って見ます。
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先ほどの壁です。
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外に出ると他の遺構もライトアップされています。
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ホテルの帰りのシャトルバスの時間も迫っているので待ち合わせ場所に急ぎます。
途中もライトアップされた遺構がありました。
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ワインとカナッペだけのレセプションだったのでお腹が減っています。レストランに行くのも面倒でワインとピザで済ませました。大きなピザだったのでお腹いっぱいになりました。
ホテルの部屋に戻り入浴を済ませると間もなく雨が降り出しました。



by AT_fushigi | 2018-09-26 01:33 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマ、チビタ・バニョーレッジョ



毎年開催されるヨーロッパの国際学会・展示会です。仕事の都合で前週からローマに入りました。
土曜日は同僚とドライブしラピュタのモデルとなった天空の村、チヴィタ・ディ・バニョーレッジョまで行ってきました。

第一日目 東京・羽田(HND) --(LH717)--> フランクフルト --(LH242)--> ローマ泊
第二ー八日目 ローマ泊
第九日目 ローマ --(LH233)--> フランクフルト --(LH716)
第十日目               --> 東京・成田

[2018.09.20~29]

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by AT_fushigi | 2018-09-25 23:32 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)