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欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第三日目-オスティア・アンティカ(II)


メインストリートであるデクマーノ・マッシモ(Decumano Massimo)を進むと目立つ建造物があります。神殿カピトリウムです。ユピテル、ユノ、ミネルウァを祀る神殿だそうです。
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デクマーノ・マッシモを挟んで反対側がフォーラム(Foro)です。ここは神殿やバジリカに囲まれ、彫像が建つ石で覆われていた広場とのことですが、今は草ぼうぼうで何もありません。
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しばらくメインストリートを西に向かうと三叉路があります。左へ行くとかつては海岸に出るマリーナ門の方向です。
右の方向に向かうガイドツアーの人たちがいたので追うように進みました。
ヘラクレス神殿です。それらしい彫像がありました。
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ガイドツァーはミトラ浴場の方向に行きましたが私たちは手前の屋根のある部屋で水補給休憩を取りました。
その後、ミトラ浴場をちらっと見て南下しました。
七賢人浴場では床のモザイクが素晴らしかったです。
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一部荒れていましたがいずれ修復されるでしょう。
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この壁画は海の幸が描かれているのでしょうか。現在は内陸となってしまったオスティアですが、昔は河口の町で北は川、西は海岸で港町でした。
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さらに進むと戦車騎兵の壁画がありました。
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小さな通りをメインストリートに出て三差路に戻り、そのまま北へ向かいました。
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間もなく休憩所に着きトイレ休憩です。

正午を過ぎていたので、メインのチヴィタ・ディ・バニョーレッジョの道のりを考え急ぐことにしました。
当時の町の賑わいを想像することができる「ディアナの家」です。8つの商店が表に並んでいた2階以上の建物です。
お店の天井は円形で壁は漆喰・フレスコで彩色されていたようです。
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内部の部屋の床は白黒のモザイク(写真では分かりにくいですが)、壁は彩色された構造になっていたようです。
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こちらは、ご想像の通りだと思いますが確認できていません。ただ、側にいたガーファンクル似の青年がきっとそうだよと言ってくれただけです。
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一番奥にはミトラの祭壇がありました。右下の小さく写っている頭部像はワインの神ディオニソスだそうです。
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祭壇の前室です。祭壇の部屋もそうですが、血なまぐさい儀式のために床は幾何学模様の石畳であり中央には血あるいは水を流す排水溝が掘られています。
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もっと見学したいところですが、今日のメインが控えているのでここで移動です。ローマからポンペイに行くのも良いですがオスティカも負けないくらいの遺跡です。また、市内から電車ですぐです。ただ、発掘・整備途中でもあり観光地化されていませんが、逆に、そこに価値があります。
今度機会があったら1日かけて見学したいと思います。また、後で行くようにシーフードのレストランが多くある地域でもあるのです。

地図です。ベースとなる地図はチケット売り場で5ユーロで売っていた案内地図です。詳しく見たい方はダブルクリックして拡大して見てください。
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公式ホームページは下記です。
http://www.ostia-antica.org/




by AT_fushigi | 2018-12-09 15:48 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第三日目-オスティア・アンティカ(I)


仕事は日曜日から始まるので土曜日のこの日だけが週末旅行のチャンスです。

同僚が任せると言ってきたので、前日夜、レセプションで飲んだ美味しいワインに酔った頭で日帰りドライブの計画を立てました。「チヴィタバニョーレッジョ」は決めていました。絶景ポイントからは午後が美しいということなので午前中の観光先を調べました。
調べ始めると滞在先の近くの「オスティア・アンティカ」を見つけ眠いこともありここに決めました。

Wikipediaによれば、ローマ古代都市(後に植民地)「オスティア」は紀元前4世紀には記録に残っている城塞都市で、地中海への軍事・防衛拠点だったそうです。今は内陸になっていますが当時の城壁東側は海に面していたそうです。
その後、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスによりローマ海軍の拠点が他所へ移り、商業都市として栄え2世紀にピークを迎えます。しかし、テベレ川の堆積土で海岸線が沖に進むにつれ港湾商業都市としての機能が失われ衰退していきます。その後、富裕層の居住区として再興します。
しかし、ローマ帝国の衰退で4世紀をピークに人々は離れ、9世紀、「オスティアの海戦」のあったサラセン人侵略時に無人の都市となったという事です。
現在、発掘されているのは居住地区として栄えた「オスティア」の遺構です。

ローマ市内から電車でも行けるそうで、地図で見るとローマ=リード線のオスティア・アンティカ駅から歩いて10分くらいだそうです。ポンペイより近場で保存も良く、あまり人もいない穴場だと思います。

さて、門の前に駐車し入ります。門の前には15世紀ごろに造られたユリウス2世要塞があります。
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途中にパネルがありました。
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門から城塞入り口のローマ門まで相当距離があります。実は、長い道沿いに駐車場がありました。

チケット売り場です。
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月曜日休園、入場は8:30-18:00で、19:00には閉園するとあります。入場料は一般大人12ユーロでした。
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(拡大)
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ローマ門(Porta Romana)のミネルヴァ(Minerva)女神像です。
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向こうにある青色の像はCarin Gruddaによるもので遺跡内に16点展示されているとのことです。

門からメインストリートに入り進みます。通り名はデクマーノ・マッシモ(Decumano Massimo)。

しばらくすると展望台が見えます。ネプチューン浴場(Terme di Nettuno)が上から眺めることができます。
登ると眼下に見事なネプチューンのモザイクがありました。
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展望台から左に広がる広い壁に囲まれたところがネプチューン浴場のジムだそうです。
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行って見ました。こっちに入ってくる人は少ない。
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ジムを抜けて、消防舎の横を通り、さらに進むと左に高い木と広場が見えてきました。
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同業組合広場(Piazzale delle Corporazioni)です。ここに商業拠点だったオスティアには地中海各地から交易品が届き、それらの品物ごとの商人組合があったそうです。
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広場の向こうに円形劇場が見えます
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すり鉢状の円形劇場(Teatro)は舞台の横から入ります。半円の舞台の裏の役者は行きかった通路が見えます。
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舞台の背後はから同業組合広場を見た眺めです。
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写真右に奇妙な顔の石像がありました。表情から役者の顔でしょうか。
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観客席のてっぺんからの眺めです。
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数千人入場できたというすり鉢状の観客席を上ります。
正面、左右です。
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今は通りぬけできませんが、観客の出入り口です。
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さらに、デクマーノ・マッシモ(Decumano Massimo)を奥に進みます。
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by AT_fushigi | 2018-11-24 15:28 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(2)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第三日目-チビタベッキアからチヴィタ・ディ・バニョーレッジョ(II)


チヴィタの入り口です。アーチの両側に向かい合うライオン。門の上はライオンの頭と何かを掴んでいる鳥のようです。
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門を入ると村のメインストリート。手入れされた植物が配置された可愛い建物が続きます。長い間放置されていたという事なので、多くは修復されたのでしょう。
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目立つ聖母マリアの祠です。周りは新しいですが中の絵は古そうです。
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間もなく、広場に出ます。デュオモ広場とあり、正面に教会が見えてきます。デュオモは地震で崩壊したと聞きました。
教会の中に入ろうとしましたが、何か儀式を行っていたので遠慮しました。
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さらに、建物、路地、祠などを観ながら、先に進みます。つい、写真に撮りたくなる風景が多かったです。
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さて、村の端に来ました。坂になっています。そこからの眺めがこの村の運命を暗示させます。
チヴィタは「死にゆく町」(il paese che muore)と呼ばれ、周りの岩の風化が進行し崩壊中だという事です。
その原因は写真に見られます。白い山肌は地震や川の浸食で崩れたもので、凝灰岩という事です。山頂に地層が見えます。この付近は凝灰岩の上に海か川によって運ばれ沈殿した泥が蓄積され地層となった岩盤ができ、隆起したものだそうです。
チヴィタはその地層岩盤の上に造られた町です。地震や川の浸食により凝灰岩が露出し、雨などで水気を含みやすい凝灰岩が風化で崩れていきます。そして、支えを失った上部の地層も崩れていくという連鎖の結果、町は周辺から崩壊していっているのです。
写真のわずかに残った地層がチヴィタの運命を示しているという事です。地層がなくなって白いとんがった山もありますね。着いて駐車場からとった写真を見ると地層岩盤の上に村があり、地層岩盤の下は白い岩になっているのが分かります。
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さて、チヴィタには道が一本ですので来た道を戻ります。
チヴィタでは多くの猫が悠々と歩いています。自動車が無いので危険はなく猫天国です。
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広場に戻ったころ、教会が赤くなっていました。
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とても気持ち良かったので、しばらく夕方の時間を楽しむため広場に面したカフェのテーブルに納まりワインを頼みました。
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ちょうど、儀式が終わったらしく教会から人々が出てきました。人々が去った後、司祭さんが残った町の人と話していました。
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しばらくすると、北の空の雲が濃いピンクとなりました。大好きな時間です。
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旅先でのまったりした時間を楽しみたいのですが、明日のことを思い意を決して立ち上がりました。
広場から入り口の門の方向です。西の空はまだ橙色の明るさが残っていました。
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お土産などを買って門に向かうとしっかりブルーモーメントです。崩れかけている城壁が空と良いコンビです。
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門を出ると満月に近い月が出ていました。
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これから向かうバニョーレッジョ方向は名残の夕焼けでした。真っ黒な中、橋に沿った灯が幻想的でした。
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橋の中ほどで振り返ってみました。月と天空の城です。
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帰路で山の中でGPSが正しく働かず、最初は気が付かず曲がるところを間違えるなどして時間がかかってしまいました。原因不明です。
午後10時を過ぎてホテルに着いたのでホテルで食事をしました。
ホタテとオヒョウはとても美味しかったです。
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結構疲れたので、シャワーを浴びて爆睡でした。




by AT_fushigi | 2018-11-11 14:10 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2018年09月-イタリア・ローマー第三日目-チビタベッキアからチヴィタ・ディ・バニョーレッジョ(I)


オスティア・アンティカを後にしてチビタベッキア経由でチヴィタ・ディ・バニョーレッジョへ。
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既に予定より1時間半遅れているのでチビタベッキアは深く追わないことにし、ミケランジェロ要塞周辺で我慢しました。
車をミケランジェロ要塞付近に停め、港に入ります。
チビタベッキアは古い港です。Wikipediaによれば2世紀の初めにトラヤヌス帝によって整備されました。日本との関わりが深く、1615年に慶長遣欧使節団の支倉常長らがチヴィタヴェッキアに上陸したとのことです。また、19世紀に建てられた日本二十六聖人を記念した日本聖殉教者教会があるそうですが今回はパスしました。
現在のチビタベッキアは漁港でもあり海上輸送の要所でもあるが、大型クルーズ船が寄港できるローマ近郊の港として有名です。港には多くの船がありましたがやはり大型クルーズ船が目立ちます。
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遠くに昔の港の遺跡のようなものが見えました。
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ミケランジェロ要塞です。
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時間が無いので、近くのマクドナルドで昼食を済ませ、本命のチビタ・ディ・バニョーレッジョに向かいます。
途中で水道を見つけ、見てみました。どれくらい古いのかは分かりません。
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バニョーレッジョはトスカーナに多い丘の上の城塞都市で、坂を一気に登り城門を通り抜けて中心部を通って東の端に来ると目当てのチヴィタ村あるいはチヴィタ・ディ・バニョーレッジョ(Civita di Bagnoregio)に繋がる橋にたどり着きます。
もう少し橋に近い駐車場にも行けますが、絶景ポイントの近くの駐車場に停めました。
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駐車場の角からその姿が現れました。天空都市ラピュタのモデルとなったと言われています。そこへは1965年に造られた300mの細い橋のみでアクセスが可能となっています。その橋の上を多くの観光客が歩いています。
チビタの町は度重なる地震で崩れ、1764年の大地震で唯一の道路も崩れ、人々が離れていったそうです。20人ほどの村でとなりましたが、1990年頃から修復が始まり、現在観光地として復活しました。
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さらに進むとカフェがありその先に展望台があります。橋が正面に見える絶景です。
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展望台から側の階段を下りていくと道路に出ます。しばらく下るとチケット売り場があります。
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一人5ユーロです。オーディオガイド6ユーロもあるようですが借りませんでした。
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チビタは目の前です。
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さあ、橋を渡りましょう。橋の袂です。
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歩いていると村から自動車がやってくるではありませんか。レッドクロス、救急車だったようです。一切の車は通れないと聞いていましたが特別仕立ての救急車は別なのでしょう。
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村に近づくと橋の勾配もきつくなります。結構ハアハアと休んでおられる方もおられました。
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さて、橋も終わり、村の入り口へ急坂の道を上ります。
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上がって振り返ればバニョーレッジョの旧市街の向こうに日が沈みかけています。
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by AT_fushigi | 2018-11-10 15:26 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

家族旅行2016年12月-中国上海、厦門ー第七日目-(I)コロンス島/鼓浪屿へ出発


昨日はちょっと疲れたので朝食はゆっくりな時間になりました。と言ってもコロンス島に行くので9時半にはホテルを出ました。
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今日は一日コロンス島、英語名「Kulangsu」、中国名「鼓浪屿」観光です。
WikipediaやBaiduなどによれば、
コロンス島は小さな島で、周囲6km、面積は1.78平方キロで、2万人余りが生活をしています。厦門との間の海は1kmしかありません。島の名前「鼓浪屿」の由来は、島の西にある「鼓浪岩」呼ばれる岩礁が風雨にさらされ穴が開き洞窟になり、満潮時になると波によって太鼓のような音を発したことに由来するとのことです。私たちの観光した(2017年1月)後、2017年7月に世界遺産に登録されました。
コロンス島は明の末期、英雄「鄭成功(郑成功)」(1624年~1662年)がこの島で反清抵抗軍の調練を行っていたことで知られています。この後、彼は台湾をオランダから解放し独自政権の基礎を作りました。コロンス島には記念する巨大な「成功」像があり、彼が名付けた日光岩も観光地として有名です。鄭成功は母が日本人で長崎平戸生まれで、文楽や歌舞伎の「国性爺合戦」の題材となっています。
また、アヘン戦争後の1842年に結ばれた南京条約で廈門は開港されました。島に万国共同租界が置かれ、各国の領事館が建てられました。英、米、仏、日本、独、西、葡、蘭などの国が領事館だけでなく病院、学校、教会などを建設しました。今でも租界地特有の豪華な洋風建築が島内のあちらこちらで見ることができます。

さて、コロンス島に渡る橋は無くフェリーを使います。フェリーに関しては中国滞在記記事に詳細がありますが、ここには簡単に示します。ところで、2018年6月現在、フェリーのサイトwww.xmferry.comに日本からアクセスできませんでした。一方、英語・中国語並記の公式サイトができたようです。
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新しいサイトで確認しましたが2018年6月現在フェリーに関しては変更がないようです。
2014年から島民(2015年からは教師など許可された島民以外も)と旅行客(島民以外)で明るい時間のフェリーポートが分けられることになりました。旅行客は厦門からは冬季(10月から5月)は午前7:10~午後5:40pm、夏季(6月から9月)は午前7:10~午後6:40の間は「东渡邮轮中心码头」からのフェリーのみ乗船可能です。本土からは「海沧嵩屿码头」も利用できます。
それ以外の夜から明朝までの時間(午後5:50/6:50~午前6:30)は「轮渡码头」の「2号厅」からのフェリーを利用します。ちなみに島民は24時間「轮渡码头」を利用します。ただし、深夜12時以降はチケット売り場が閉まるので船の上でチケットを買うようです(クレジットカードは不可と思われます。)。
コロンス島には2つのフェリーポートがあります。「三丘田码头」と「内厝澳码头」です。どちらも20分程の乗船時間で、20分毎に出発します。島全体を見るのであれば上陸するのはどちらでも構わないと思います。西側は岩礁など自然観光が中心なので必要ない人は「三丘田码头」を利用するといいと思います。
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運賃は往復35元(島民は片道5元)ですが「内厝澳码头」行きは豪華船というのがあって15元追加(計50元)が取られます。チケットは中国人は身分証番号を使ってインターネット購入できますが、外国人はフェリーポートでの窓口のみの購入になります。窓口では外国人はパスポート提示が必要で、当日券のみ発売です。15分前までの購入と10分前までのセキュリティチェックが要求されています。チケットにはパスポート番号が記され、セキュリティチェックで本人確認があります。
BLOGを読むと午前10時に行ったらその日のチケットは売り切れていたとか、午前7時ごろ行って午後のフェリーだったとか観光客の多い時期は大変なようです。朝早く午前6:30までの島民が利用するフェリーに乗るか、島に泊まるか、お金はかかりますがオプショナルツアーを早めに予約するのが良いかもしれません。
私たちは午前9時半少し前にホテルを出て「轮渡码头」のある「轮渡」でバスを乗換え、「东渡邮轮中心码头」に10時半頃に着きました。
チケット売り場の窓口ではほとんど待ちませんでした。
11:10発のフェリーのチケットが購入可能でしたが「内厝澳码头」行は豪華船で50元でした(次の「内厝澳码头」行きの普通線は11:50と表示されていました)。元々の予定通り「三丘田码头」行を35元で購入しました。
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チケットにはしっかり、パスポートナンバーが記載されていますが、小さくてチェックできるのだろうかと思いました。
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トイレを済ませてセキュリティチェックを通ります。駅などと同じで、X線チェックや金属探知機を通りますが空港ほどシビアな感じではありません。
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中に入ると「三丘田码头」行と「内厝澳码头」行で行き先が分かれます。
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先の改札を見ると10:50分の便がボーディング中とありますのでその手前で待ちます。
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時間が来て11:10の便の改札が始まりました。
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桟橋の手前で待たされます。
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フェリーが入ってきました。
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乗船、出発です。
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霞んでいますが厦門のダウンタウンが一望できます。
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「三丘田码头」に到着です。
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さて、コロンス島観光へ出発です。



by AT_fushigi | 2018-06-13 18:19 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2017年09月-第七日目-ヨーテボリ・埠頭



(Note) ヨーテボリはWikipediaの表記ですがGooglemapはイェーテボリであり、Wikipediaによれば他にイエテボリ、エーテボリという表記があるとのことです。発音を聞くと私には「イェーテーリァ」に聞こえます。

ヨーテボリはフィヨルドに造られた港湾要塞都市であり、埠頭は重要な建造物です。両岸に多くの倉庫やクレーンが並んでいます。
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上の写真の埠頭が1844年に造られた現存する最古の埠頭、Stenpirenです。そこにスウェーデンの彫刻家Carl MillesによるモニュメントDelawaremonumentetが置かれています。その向こうに大型客船、さらに向こうに細長い湾をまたぐ橋があります。
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国営のカジノ「CASINO COSMOPOL」の裏です。奥に見えるのがディナー会場の「Kajskjul 8」です。岸壁(kaj skjul)NO.8という事でしょうか。
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この辺りは「Packhuskajen」というようです。倉庫埠頭と言う意味でしょうか。港湾歴史公園になっているようです。
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海軍の船の展示場みたいです。
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広場で人だかりが。クラッシックカーの自慢会のようです。さすがボルボの本社のあるヨーテボリ、ボルボのクラッシックカーです。
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さて、午後7時になったので会場「Kajskjul 8」へ。
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ショーがあったりしてましたがやはり同業の参加者による会話が楽しいディナーでした。
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by AT_fushigi | 2018-06-02 11:20 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2017年09月-第七日目-ヨーテボリ・旧市街



(Note) ヨーテボリはWikipediaの表記ですがGooglemapはイェーテボリであり、Wikipediaによれば他にイエテボリ、エーテボリという表記があるとのことです。発音を聞くと私には「イェーテーリァ」に聞こえます。

ヨーテボリ旧市街を訪れます。
バルト海を制覇したスウェーデン最盛期の国王、グスタフ2世(1594年 - 1632年)によって北海へのアクセスのために開かれた要塞都市です。1624年にお堀が掘られ、1676年13個のジグザグ形状の要塞を持つ高い城壁が建設されました(しかし、1802年にロシアとの戦争に負け要塞が解体されたという事です)。
Wikipediaに下記の1705年に作られたヨーテボリの地図が掲載されています。
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この地図の南北をひっくり返し、現在の地図を並べてみます。
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さらに城壁や運河、道路を書いてみました。周辺の運河は城塞のお堀であることが分かります。ハーガ(HAGA)の山の上の要塞SKANSEN KRONANも載っています。
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ハーガから海岸に出て運河を渡るとすぐにThe Carolus Rexという唯一残った要塞があります。内部見学もできるようですが午後5時を過ぎていたためか既にしまっていました。
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旧市街のカテドラルに向かいます。
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建物が狭い道路を挟んで立て込んでいる旧市街の真ん中あたりに広い公園がありヨーテボリのカテドラルがあります。
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中に入ってみました。
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祭壇です。
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パイプオルガン。
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内装は新しく改装されたばかりのようにきれいです。古くから伝わる、最近修復されたイエスの物語やイコンやが壁に飾ってありました。
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カテドラルを出てその裏の道を北西に向かいます。
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カテドラルの裏に半人半魚人のブロンズ像があります。なかなか存在感があります。
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城塞内にあった運河に出ると歩行者専用の橋があり、その向こうにハンザ同盟の商人たちによって17世紀に建てられたドイツ教会(Tyska Kyrkan)があります。
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運河沿いにヨーテボリ市立博物館(旧スウェーデン東インド会社)が見えます。ヨーテボリの歴史が展示されており、ヴァイキング船(Äskekärrsskeppet)の展示があるそうです。
   -- 開館時間:10am~5pm (水曜日は~8pm)
   -- 休館日:月曜日 (その他クリスマスなど下記HPで要確認)
   -- HP: http://goteborgsstadsmuseum.se/en/visit-museum
   -- 入場料:60クローナ@2018年
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反対側の岸にも大きな建物が続きます。
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そのまま進むと緑青屋根に赤いレンガの兵器庫(Kronhuset)があります。ヨーテボリ旧市街で現存する最古の建物だそうです。中庭にはカフェなどがあります。
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駅のほうに向かいます。
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大通りを地下道で渡ります。
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ドーム型のターミナル駅です。実は右手を回ったところが正面玄関のようです。1858年開業の駅舎で見なかったのは残念。
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中は改装されて最新です。
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時刻表を見ると国鉄のSJ以外にもノルウェー国鉄NSBなど多くの鉄道会社が乗り入れているようです。
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駅舎のメインホールに各路線を金色で示した地図の額が飾ってありました。
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ホームに出ると様々な列車を見ることができました。
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先ほどの大通りを戻り、ヨーテボリを開いたグスタフ2世(1594年 - 1632年)の銅像があるグスタフ アドルフ広場に移動しました。
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市立博物館に入れなかったのは残念ですが、主な所は回ることができました。大体1時間強でした。午後7時からの学会ディナーに向けて海岸に向かいます。
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by AT_fushigi | 2018-06-01 19:43 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2017年09月-第七日目-ヨーテボリ・ハーガ(HAGA)歴史地区



(Note) ヨーテボリはWikipediaの表記ですがGooglemapはイェーテボリであり、Wikipediaによれば他にイエテボリ、エーテボリという表記があるとのことです。発音を聞くと私には「イェーテーリァ」に聞こえます。

美術館を出てハーガ(HAGA)地区に向かいます。
路面電車の上下線の間に歩道があります。マークがほほえましい。
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ハーガ地区の入り口です。
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ハーガ地区は旧市街(城塞都市)の郊外にできた労働者向けの集合住宅の町です。17世紀に計画・造成された町です。HAGAとは「囲み地」という「Hage」が由来だそうです。
当時木造住宅は防災上二階建てしか許されていませんでした。そこで、一階は石造りとし二、三階を木造とした「群庁舎様式(landshövdingehus)」の建物が多く建てられました。
現在は当時の街並みを残す歴史地区となっています。今でも住宅街ではありますがHaga Nygata通りは小物などを売る店やオシャレなレストランとして活用され、新しい観光名所となっています。
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一階が一階は石造り上階を木造とした三階建ての建物が並びます。
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Haga Nygataの標識。下の六角形のマークは歴史景観地区と書かれています。
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カフェや小物を売る商店が並んでいます。木造だけの二階建ての建物もあります。
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途中に地図がありました。地図の上部にSKANSEN KRONANという1600年代に建造された山の上の要塞があります。ガイドブックでは市街地を一望できるとありますがGooglemapでは上り口がHaga Nygataとは反対側なので行かないことにしました。
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ハーガ地区は思ったほどのところではありませんでしたが、これから開発されていくと思います。

ハーガ地区から海岸(?)に出ました。大きな倉庫があり、Googlemapによれば「Lagerhuset」というレストランがあるようです。函館や横浜のように倉庫街はこれからの観光スポットになっていくのでしょうか。
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旧市街に向かいます。海岸からカテドラルの尖塔が見えます。
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運河沿いに進みます。
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by AT_fushigi | 2018-06-01 12:22 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2017年09月-第五・六日目-ヨーテボリ散策・演奏会



(Note) ヨーテボリはWikipediaの表記ですがGooglemapはイェーテボリであり、Wikipediaによれば他にイエテボリ、エーテボリという表記があるとのことです。発音を聞くと私には「イェーテボーリァ」に聞こえます。

ホテルは学会・展示会場(World Trade Centre Gothenburg)の近くです。小さいですが居心地の良いホテルでした。
-- Hotell Onyxen
-- Address: Sten Sturegatan 23, Centrum, 412 52 Gothenburg, Sweden
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朝食は入り口の横のカフェで取ります。
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出張第六日目に学会主催のコンサートがありました。
会場近くの劇場と美術館とともにヨータプラッツェン(Götaplatsen)という広場を囲むようにあるコンサートホールでした。広場にはポセイドン像がありました。
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市立劇場。
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美術館(Fine Art Musium)。
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コンサートホール。
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ヨーテボリ交響楽団団員によるカルテットです(写真では3人に見えますが4人が演奏しています)。
  フィリップ・グラス (弦楽四重奏2番)
  エドヴァルド・ハーゲルップ・グリーグ (弦楽四重奏1番より)
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午後6時から1時間の演奏会が終わり周辺を散策しました。
目の前の通りをみると図書館に明かりがついていました。
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ちょっと覗いてみました。
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講演会か集会が開催中でした。
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古いが壮大な街並みを見ながらホテルに帰りました。
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途中のショーウィンドウで世界の「蛇の目」ミシンのディスプレイを見ました。
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会場のトレードセンターが見えてきました。
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会場近くまで行くと市内電車の停留所がありました。
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午後8時でもまだ暗くなっていない中、ホテルに戻りレストランで食事をとり、部屋に戻りました。


by AT_fushigi | 2018-05-30 14:50 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)

欧州出張2017年09月-第三日目-ベルゲン・朝



朝6時半に起きて行動開始です。ホテルの窓から見る港は薄い朝靄の中です。今日は午前8時43分発の列車に乗ってフィヨルドクルーズを楽しみます。
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朝の散歩にでかけました。
ブリッゲン。
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朝の港は静かです。
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ホテルの方向も静まり返っています。
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ホテルと隣のビルの間に今日から始まる自転車レースの垂れ幕がかかっていました。
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ホテル「Scandic Strand」に戻って朝食です。ヨーロッパの普通の朝食ですがスモークサーモンが美味しかったです。さすが本場です。
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キャリーは駅で預けて身軽にフィヨルドクルーズに出かけるため洗面用具や着替えをナップザックに分けて出発です。


by AT_fushigi | 2017-11-24 14:34 | 出張・旅行 | Trackback | Comments(0)